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未来を売る男②

第4章: 未来の商人たち

古川の冷徹な目線が、亮の胸に圧し掛かる。部屋の静寂が、彼の言葉に包まれ、亮はその言葉がどれほど重いものかを感じ取った。

「あなたが探し求めている答えは、私が持っています。」古川はゆっくりと話し、視線を外すことなく続けた。「そして、それはただの答えに過ぎません。私が扱っているのは、答えではなく、未来そのものです。」

亮は、自分がこの男の前に立っている理由を再確認した。彼が抱えている疑問、その一つ一つが、今この瞬間に解き明かされようとしている。しかし、その答えは、決して単純ではないことを、亮はすでに理解しつつあった。

「未来商人。」古川はその言葉を口にすると、意味深に微笑んだ。「私たちは、未来の情報を集め、それを商業化している。未来を知ること。それが、私たちの力であり、利益となる。」

亮の脳裏には、すぐに疑問が湧き上がった。未来の情報、とは一体何を指しているのか。未来を知るとは、どれほどの力を持つことになるのか。それが金銭に変えられるということは、ただの商売ではない。人類の未来を売買するという、まるで神の領域に足を踏み入れるような行為だ。

「あなたが言っていることは、つまり…未来の出来事を盗むということですか?」亮は言葉を選ぶように慎重に口を開いた。

古川は、ほんの一瞬の沈黙の後、静かに頷いた。その表情には、まったく迷いが見えなかった。「はい。私たち『未来商人』は、未来の出来事を一部、あるいは全て把握し、それを取引している。誰もが欲しがる情報を、売る。それが私たちのビジネスだ。」

亮は、言葉が出なかった。未来の出来事を知ることが、どれほどの力を持つか。その知識は、経済の動向、政治の行方、個人の命運に至るまで、あらゆる面で圧倒的な支配力を持つことになるだろう。そしてその情報が金銭に変わるということは、誰もがその情報を欲しがり、それを手に入れた者が勝者となることを意味していた。

「でも、それにはリスクが伴う。」古川の言葉が続く。「未来を知ることは、ただの予測ではない。時に、過去を修正しようとする者たちもいる。知った未来を変えようとする力が働くことがある。それが、私たちが抱える問題だ。」

亮は、その言葉を噛みしめるように聞いた。未来を知ることが、必ずしも良い結果を生むとは限らない。未来の出来事を予知し、それを操作することで、逆に歴史を歪め、破壊的な影響を与える可能性があることを古川は示唆していた。

「私たちは、そのリスクを理解し、管理している。」古川は続けて言った。「だが、完璧にコントロールできるわけではない。未来を手に入れることには、必ずリスクがつきまとう。だが、それを乗り越えて商売を続けている者たちこそが、成功者なのだ。」

亮は、ますますそのシステムの危険性に気づき始めていた。知っていることが、必ずしも良い結果を生むとは限らない。その知識が、無知の中で平穏を保っていた世界を揺るがす力となることもある。未来を知ることで、過去が歪められ、現実が狂い始める。その破壊的な力は、もはや人間の手に余るものだ。

「そして、あなたもその一員だ。」亮は、ようやく口を開いた。「『ノヴァマート』を通じて、あなたは私たちに未来を売っている。その代償として、あなた自身はどうなる?」

古川は一瞬だけ、考え込んだような素振りを見せたが、すぐにその顔に冷徹な表情を戻した。「私はビジネスマンだ。結果がすべてだ。売る者と買う者がいれば、それが商売というものだ。私にとって、未来を売ることは、一つの価値ある商品を提供することに過ぎない。」

亮は、彼の言葉が冷徹でありながら、確信に満ちていることに気づいた。その冷酷さは、彼が抱える深い哲学とともに形成されたものだった。未来を手に入れる力を持つこと。それが商売であり、何も恐れるべきことではないという考え方。だが、その考え方が人類全体を巻き込む危険を孕んでいることを、亮は理解していた。

「でも、もしその商売が崩れたら?」亮は、思わず尋ねた。「あなたが売っている未来が、もう誰にも手に入れられなくなったら?」

古川は静かに笑みを浮かべた。その目には、暗い光が宿っていた。「それは、あなたが決めることではない。」

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