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嘘で建てた家

あらすじ

家づくりに妥協を許さない斎藤夫妻は、理想を追求する中でカリスマ的建築家ジェラルドと出会う。彼の提案に夢を膨らませるも、工事中に次第に不信感が募り、やがて彼が詐欺師であることが発覚する。絶望の中で地域の助けを得て、夫妻は自らの手で家を完成させることを決意。多くの人々の支援を受けながら、理想を超える温かい家を築き上げる。

家は夫妻と地域の絆を象徴するものとなり、彼らはその経験をもとに他の人々の家づくりを支援するようになる。最後には、自分たちの夢と地域の絆が詰まった家が完成し、希望に満ちた新たな生活が始まる。

第一章: こだわりの二人

住宅展示場の応接スペース。白いテーブルの上には、最新のCADで作成された設計図が広げられている。細かい寸法や色分けされたゾーニングがプロの手によるものであることを物語っていた。しかし、それを前にした斎藤亮太の表情は険しかった。

彼の目は玄関周りの寸法に釘付けだ。その隣で妻の由香は、自分のスケッチブックを開き、鮮やかな青いペンでリビングの配色案を描き込んでいる。まるでその空間に命を吹き込むかのように、ひと筆ひと筆が慎重だ。

やがて亮太が口を開いた。
「この玄関の幅、たった2センチ狭いですね。」
静かだが鋭い指摘。建築士は一瞬戸惑い、次の瞬間には愛想笑いを浮かべる。

「2センチ…そうですね、多少の誤差ということで許容範囲内かと…」
その言葉を最後まで聞かず、由香が顔を上げた。

「誤差?それって私たちの家が完璧じゃなくてもいいってことですか?」
彼女の瞳には確固たる意思が宿り、建築士は言葉に詰まった。由香の視線は、どんな正論をも跳ね返すような強さを持っている。

亮太も黙っていない。図面を指差しながら、さらに追及する。
「このリビングの窓枠も、提案された幅より1.5センチ広がっていますよね。このせいで、日当たりのシミュレーションが変わるんじゃないですか?」
彼の言葉に建築士は汗を拭うような仕草を見せた。プロフェッショナルとしてプライドを持っている彼も、この夫妻の細かさには手を焼いている様子だった。

これで三度目の打ち合わせだが、進展はなかった。斎藤夫妻は妥協を許さない。
「お客様のおっしゃることはよく理解しております。ただ、現実問題として、すべてのご要望を叶えることは非常に難しい場合がございます…」
建築士は深々と頭を下げる。

由香はスケッチブックを閉じ、俯いた。その手元には鮮やかな色のリビング案が描かれていたが、もはや実現しないかもしれないという諦めが漂っていた。亮太も疲れた表情を見せたが、口を真一文字に結んで何も言わなかった。

住宅展示場を後にした夫妻は、夜の街を歩いていた。イルミネーションが光る街路樹の下、由香がぽつりと呟く。
「私たち、やっぱり間違ってるのかな。」
声は小さく、どこか迷いを含んでいる。何度も断られ、拒絶されるたびに、理想がただのわがままなのではないかと疑問が湧いてくる。

亮太は歩みを止め、由香の手を握り返した。彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
「いいや。」
そう断言した亮太の声には、迷いがなかった。

「これは一生に一度の家なんだ。妥協なんてする必要はない。」
その言葉に、由香は少しだけ微笑んだ。彼の手の温もりが、ほんの少しの勇気を与えてくれる。それでも、心の奥底に残る不安は完全には消えなかった。

帰宅後、由香は机に向かい、再びスケッチブックを開いた。リビングのデザインを見つめるうちに、彼女の中でくすぶっていた感情が顔を出す。
「私たちが理想を追い求めるのって、自己満足なのかな…。それとも…。」
考えを巡らせながらペンを握る手が止まる。そこに描かれているのは、彼女がずっと温めていた「夢」そのものだった。

一方で亮太は、リビングのソファに腰を下ろしながら、設計図のコピーをじっと見つめていた。建築士とのやりとりを思い返すうちに、ふと呟く。
「どうすれば、俺たちの想いを伝えられるんだろう。」

夫妻にとって家を建てることは、単なるプロジェクトではない。二人がこれまで育ててきた価値観や夢を形にする、人生の集大成とも言える挑戦だった。だが、それを理解し、一緒に実現してくれる人はどこにいるのだろうか――そんな疑問が二人の心に重くのしかかっていた。

それでも亮太は決して諦めなかった。翌朝、彼はまた新しい建築事務所を探し始める。そして、その日がやってくる。ジェラルドとの運命的な出会いの日が。

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