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夢が描く現実②

現実になる物語 - 第2部

拓也は自分の物語が現実に影響を及ぼしていることを確信するようになった。それは最初、偶然の一致と思えるような些細な出来事から始まった。

彼が執筆した短編小説の中で、「雨の日に女性が落とした赤い傘」が描かれた翌日、本当に駅前でその場面に遭遇したのだ。

「偶然だよな、こんなの」

そう自分に言い聞かせながらも、心のどこかに薄ら寒い感覚が広がった。だが、それは怖れというよりも、奇妙な好奇心のようなものだった。

試し書きと最初の喜び
その出来事以来、拓也は密かに「試す」ように執筆を始めた。

カフェでいつも無愛想な店員が、突然自分の大ファンとして話しかけてくる場面を書いてみる。翌日、何気なく寄ったカフェで、まさにその出来事が起きた。

「これが僕の力なのか?」

さらに、商店街の小さな書店が資金難で閉店の危機に陥る話を書いた際、その数日後にその書店が地元の支援を受け、存続するニュースを目にした。そのニュース記事には、「匿名の善意ある市民による寄付」が鍵となったと記されており、彼は不思議な胸の高鳴りを感じた。

「僕の物語が、現実を変えている…」

それに気づいたとき、彼の胸には新しい使命感が芽生えていた。彼は自分の筆が誰かの人生を照らす灯火になれると信じ、物語を綴ることに一層の情熱を注ぐようになった。

「僕の物語が、人を幸せにする。」

そう自分に言い聞かせるたび、ペンを握る手は力強く、目の前の白い原稿用紙が未来への扉のように感じられた。

力の影響と葛藤
だが、その喜びの日々は長くは続かなかった。

拓也がある日、純粋な興味から「悲劇」を書いてしまったのだ。それは、親友である直哉と些細な行き違いからすれ違ってしまう物語だった。

「最後は誤解が解けて仲直りする話だから、大丈夫だろう」

軽い気持ちで綴ったその内容。しかし翌日、本当に直哉と些細な誤解から口論になり、予想外に感情的な言い争いに発展した。

「これも、僕のせいなのか…?」

彼が書いた誤解の解決方法を実行しようとしたが、現実の直哉は小説のキャラクターのように簡単に心を開くわけではなかった。仲直りの機会を模索しながらも、気まずい日々が続いた。自分が書いた物語が現実の人間関係に影響を与える。その事実が、喜びから重い枷へと変わり始めていた。

さらに試練は続く。

拓也はある時、社会問題をテーマにした短編小説を書いた。それは、大企業の不正を告発する若手社員の物語だった。だがその数日後、その内容と酷似した事件がニュースで報じられた。さらに、告発者が失意の中で会社を辞めるという悲劇的な結末まで、彼の書いた通りになってしまったのだ。

「まさか、僕の物語がこんな形で…?」

罪悪感が拓也を襲った。これまで「希望や幸福を与えるため」と信じていた執筆が、思いもよらない代償を生む。彼は筆を取るのが怖くなり、原稿用紙を前にしても一文字も書けなくなった。

そしてある日、拓也は気づいた。

「これは偶然なんかじゃない。僕が手にした力には、重い責任が伴うんだ。」

喜びと希望、恐れと罪悪感。様々な感情が渦巻く中で、彼は一つの問いと向き合う。

「この力を、僕はどう使うべきなのか?」

その問いへの答えを探す旅が、彼の中で新たな物語の始まりを告げていた。

女性の再来
ある静かな夜、拓也の部屋にふいに現れたのは、夢の中で何度も出会った白いローブの女性だった。

月明かりが窓から差し込み、彼女の姿を淡く浮かび上がらせている。白いローブは風もないのに揺れ、その存在が現実のものではないことを示していた。

「あなたは迷っていますね」

女性の声は優しくも、どこか厳かだった。部屋の中に響くその音色は、直接耳で聞くというより、心に直接届くような感覚を伴っていた。

拓也は疲れ切った表情で問いかけた。

「この力が本当に僕のものだとしたら…どうして僕にこんな責任を負わせるんですか?」

「それはあなたが選んだ道だからです。あなたが書き続けたいと思う限り、この力はあなたに宿り続けます」

女性はそう言うと、穏やかな微笑みを浮かべた。その微笑みにはどこか悟りを得た者の静かな慈愛があったが、同時に彼に新たな覚悟を求めているようにも見えた。

「でも、この力が誰かを傷つけるなら、いっそ消えてほしい…」

拓也の声は震えていた。これまでに感じた罪悪感や恐れが、言葉となって彼の口からこぼれ落ちる。

女性はゆっくりと首を横に振った。

「力そのものに善悪はありません。それをどう使うかは、あなた自身が決めること。あなたの物語で救われた人々がいることを忘れてはいけません」

その言葉に、拓也の頭の中では自分が書いてきた物語が次々と巡った。涙ながらに感謝の手紙を送ってくれた読者の顔、物語をきっかけに夢を再び追い始めた人々――彼が手にした筆が、誰かの人生に与えた光の数々が思い出される。

だが同時に、彼が書いたことで引き起こされた痛みや混乱もまた、彼の胸を締めつけた。

「でも、また誰かを傷つけてしまったら?」

拓也の問いかけに、女性は静かに目を閉じた。そして、次に口を開いたとき、その声にはいつも以上に深みがあった。

「傷つけることを恐れるのは自然なことです。でも、その恐れに縛られて何も書かない選択をすることが、あなたの望む未来ですか?」

女性の目は拓也を見据えたまま、まるでその心の奥底を覗き込むようだった。その問いかけは、単なる言葉ではなく、彼の中に答えを探す旅を強いるような重みを持っていた。

拓也は答えられなかった。心の中に渦巻く葛藤を整理するには、まだ時間が必要だったのだ。

「あなたの物語が誰かに届く限り、それは現実に影響を与えるでしょう。だからこそ、その一文字一文字に想いを込めなさい。それが、あなたがこの力を得た意味です」

女性はそう告げると、静かに後ずさりし、やがて薄い霧のように消えていった。

新たな決意
翌朝、拓也は久しぶりに机に向かった。ペンを握る手は震えていたが、女性の言葉が脳裏に蘇り、心の奥底に静かな決意が灯っていた。

「もう一度だけ、書いてみよう」

彼が書き始めたのは、以前のような壮大な物語ではなく、小さな奇跡の話だった。たとえば、困っている人がさりげない優しさに救われる物語。あるいは、忘れかけた夢に気づき、再び一歩を踏み出す人物の話。

「もし僕の物語が現実になるなら、誰かの背中を押すものであってほしい」

拓也はこれまで以上に慎重に言葉を選びながら執筆を続けた。誰かを変えるのではなく、心にそっと触れるような物語を――それが彼の新たな目標となった。

その日、彼の中で一つの答えが生まれていた。

「物語には力がある。その力を信じて、僕は書き続ける。それが僕に与えられた使命なら」

ペンを走らせるたび、彼の心には一筋の光が差し込むようだった。それはまだ確固たるものではなかったが、彼を再び前へ進ませるには十分だった。

そして、その一文字一文字が未来への物語を形作り始めていた――かつてないほど静かで、確かな決意とともに。

現実になる物語 - 最終章

安全な物語
拓也は「力」を持っていることの責任を感じ、慎重に言葉を紡ぎ続けていた。彼の物語は、日常の些細な出来事に優しさを見いだし、誰かの心をそっと癒すようなものだった。

けれど、その裏では心の葛藤が絶え間なく続いていた。物語を書くたびに、誰かにどんな影響を与えているのか、拓也はそれを確かめる術を持たず、ただ恐れていた。

夜ごとに彼を襲う問い――「これで本当にいいのか?」
答えの見えない問いに疲れ果て、彼の筆は次第に重くなっていった。

壊れゆく信念
ある夜、拓也は静まり返った部屋で、一枚の原稿用紙を前にじっと考え込んでいた。机の上のランプの光が彼の疲れた顔を浮かび上がらせる。

「僕は…間違っているのかもしれない。」

手元の原稿は中途半端に途切れ、彼の手は震えていた。ペン先が紙を擦る音も止まり、重苦しい沈黙が部屋を支配した。

そのとき、ふと耳元に声が響いた。

「逃げてはいけません。」

振り返ると、そこには白いローブの女性が立っていた。以前と同じ優雅な佇まいだが、その目には深い悲しみが宿っていた。

「どうしてまた…」

拓也が声を震わせると、彼女は静かに近づき、机の上の原稿を手に取った。

「あなたが書くべきものを書いていないからです。」

その一言に、拓也の胸に鋭い痛みが走った。

「でも…僕が間違えれば、世界を壊してしまうかもしれないんだ!」

拓也の叫びにも似た声に、女性は穏やかな口調で答えた。

「壊れるのは、あなたが恐れに負けるときです。」

禁忌の物語
彼女の言葉が心に響いた瞬間、拓也の中で何かが変わった。迷いを押し殺すように、彼は一気にペンを走らせ始めた。

紡ぎ出される物語は、これまでの安全な日常ではなかった。破壊と再生、絶望の中に宿る希望を描き出す「壮絶な世界の終わり」だった。

「もしもこれが現実になるなら…僕は、それを受け入れるしかない。」

拓也はそう思いながら、最後の一文を書き上げた。

世界の崩壊
物語を書き終えた瞬間、部屋が一瞬暗闇に包まれた。続いて、轟音とともに地面が揺れ、窓の外の景色が大きく変わっていく。

赤黒い空、崩れ落ちるビル、逃げ惑う人々。すべてが彼の描いた「終末」の情景そのものだった。

「まさか…本当に…?」

呆然と立ち尽くす拓也の前に、白いローブの女性が現れる。

「あなたが望んだ世界です。」

その冷静な声に、拓也は震えた。

「違う!こんなことを望んだんじゃない!」

女性は悲しそうに首を振った。

「あなたの筆に宿る力は、嘘をつきません。すべて、あなたの心の中にあったものです。」

拓也は膝をつき、崩れゆく世界を見つめた。

「…どうすればいいんだ?」

最後の選択
その時、女性が手を差し出した。

「もう一度、物語を書きなさい。それが、世界を取り戻す唯一の方法です。」

彼は震える手でペンを取り、原稿用紙に向き直った。これまで感じたことのない重圧が彼を襲う。

「本当に…これでいいのか?」

深呼吸をして、彼は最後の一文を書き始めた。

「世界は再び静けさを取り戻し、人々は穏やかに笑い合う。」

その瞬間、周囲の崩壊が止まり、ゆっくりと景色が元に戻り始めた。

終章
拓也が目を覚ましたとき、いつもの部屋だった。机の上には書きかけの原稿と転がるペンがあるだけだった。

彼は静かに目を閉じ、震える手を握りしめた。

「僕は、この力と共に生きていくしかないんだな。」

その日から、彼は迷いながらも「本当に伝えたい物語」を書くことを決意した。それがどんな結果を生むのか――それを受け入れる覚悟を持ちながら。

夢の城 - 最後の贖い

拓也の目覚めと恐れ
拓也は目を覚ましたが、胸の中に刺さったような違和感は消えなかった。白いローブの女性の冷たい眼差し、崩れ落ちる世界、そして彼が書いた言葉が現実に与える恐るべき力。そのすべてが鮮明に蘇り、彼を縛り付けていた。夢で感じた無力感と恐怖が、現実でも彼を侵食していた。

「ただの夢であれば、どれほど救われただろうか……」
彼はそう思わずにいられなかったが、頭では理解していた。夢ではない、この感覚は現実そのものなのだと。

現実に侵食する物語
その日から、奇妙な出来事が次々と拓也を襲い始めた。電車の中で見かけた男性は、彼がかつて書いた短編の登場人物そのものだった。男は物語のセリフをそのまま口にし、まるで現実世界に物語が侵入してきたかのようだった。

さらに奇妙だったのは、自宅の窓から見える光景が、以前執筆した「ある都市の終焉」を描いた小説の舞台そのままになっていることだった。廃墟と化した建物、空に広がる不気味な赤い光。現実がまるで彼の筆の跡をなぞるように変化していくのだ。

だが、もっと恐ろしいのは、彼が最近書き始めた新作の物語が、次々と「未完」のまま止まってしまうことだった。どれだけ書こうとしても、結末が描けない。それどころか、完成していたはずの物語の最後のページが白紙になっていく現象が起きていた。

ペンを握る恐怖
拓也は机に向かい、ペンを握り締める。しかし、その手は震え、インクが紙に落ちるたび、何か見えないものが阻むかのように言葉を失った。彼の頭の中には、夢で聞いた一文がこだましていた。

「あなたの物語が世界を創る。」

それが幻想であってほしいと願ったが、現実の奇妙な変化がその可能性を否定していた。拓也は夢で書いたという原稿を改めて取り出し、ページをめくる。その最後のページには、不気味なまでに鮮明な言葉が刻まれていた。

「物語の崩壊は、世界の崩壊。」

彼の脳裏に浮かぶのは、夢の中の城。あの城が、今の彼の運命を象徴しているような気がしてならなかった。

再び夢の城へ
ある夜、疲れ果てた拓也は再び夢の世界へと引き込まれる。だが、以前と違い、城はほとんど崩壊していた。かつて輝きを放っていた廊下には無数の亀裂が走り、壁には深い裂け目ができていた。

白いローブの女性が再び姿を現すが、その目にはかつての柔和さは消え失せ、冷たさだけが残っていた。

「拓也さん、あなたが選んだ物語の結果です。」

彼女の声は、まるで判決を下す裁判官のように冷徹だった。拓也は震える声で問いかける。

「僕は……何を間違えたんだ?」

女性は何も答えず、一つの扉を指し示した。その扉の向こうに進むよう促す。

罪の記憶と選択の時
拓也が扉を開けると、そこには彼自身の過去の記憶が映し出されていた。初めて物語を書いた日から、挫折しながらも執筆を続けた日々。物語を通じて誰かの心を救うという希望を抱き、自分の力を信じていた頃。

しかし、次に現れたのは、彼が軽率に書いてしまった「崩壊の物語」。その物語の結末が、現実の崩壊を招いているという事実を目の当たりにした。

「これが……僕の罪……」

膝をついた拓也に、女性が再び語りかける。

「あなたの物語の力が恐ろしいのではありません。その力をどう使うかに責任を持たなかったことが、この結果を招いたのです。」

彼はその言葉に耐えきれず、泣き崩れた。だが、彼の心の中に微かな希望の火が残っていることを、彼自身が感じていた。

「もう一度……もう一度だけ、書き直させてください。僕は、物語を通じて希望を紡ぎたいんです。」

女性は静かに頷き、その瞬間、城全体が光に包まれた。

――完――

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