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実体化する幽霊①
あらすじ
廃墟のような大仙館で幽霊の志之と大学生の拓海が出会う。大仙館は忘れ去られた場所であり、志之はそこで孤独に時を過ごしていた。
しかし、拓海の訪問によって館の静寂が破られる。卒業論文のテーマを探していた拓海が幽霊の志之と対面し、二人は館に隠された謎を追い始める。
志之の記憶と過去を探る奇妙な交流が、物語の鍵となる不思議な出会いと共に、館の深い闇を明らかにしていくきっかけとなる。
第1章:黒すぎた餓えた家
浦地の外れに佇むその館は、まるで時の流れに見放されたような姿をしていた。大きく湾曲した屋根には苔が生い茂り、重厚な扉にはかつての繁栄を思わせる彫刻が施されているが、その美しさも風雨に侵食されて色褪せていた。大仙館――その名は周辺の村人たちの間で恐れと敬意を込めて語り継がれている。だが、今やその場所は「調査不可」として地図からも消され、現代人の記憶からも薄れてしまっていた。
そんな館には、一人の幽霊が住んでいた。その名は志之(しゆき)。生前の記憶はほとんど朧げで、何のためにこの館に縛られ続けているのかさえ分からない。ただ一つ、胸の奥に漠然とした「何かを待つ感覚」だけが残っていた。志之の毎日は、冷たく沈黙した館の中で過ごす孤独なものだった。長い時をただ館の窓から外の世界を眺めながら、人々の営みを遠くから見守るだけで、その日々に変化が訪れることはないと思っていた。
そんなある日、突然その静寂を破る音が館に響いた。玄関の古びた扉が軋みを上げ、誰かが中に入ってきたのだ。志之がその気配を感じた瞬間、何十年ぶりかの緊張感が彼を包み込む。「誰だ……?」志之は幽霊ながらも無意識に自問し、音のする方へと引き寄せられるように進んだ。
館を訪れたのは、大学生の**拓海(たくみ)**だった。卒業論文のテーマに悩んでいた彼は、「失われた土地とそこに隠された文化的遺産」という題材に惹かれ、大仙館のことを耳にしてここを訪れたのだ。薄暗い館内で手元の懐中電灯を頼りに、慎重に足を進める拓海。彼の心には、好奇心と少しの恐怖が入り混じっていた。
「ここが大仙館か……。」
彼は古びた壁に触れ、その冷たさに思わず身震いした。館の中には、埃っぽい空気と共に、どこか言いようのない重さが漂っていた。拓海にはその理由が分からなかったが、何か目には見えない存在が自分を見つめているような感覚を覚えた。
志之は、初めて目にする「生きた人間」に驚きつつも、その青年が何をしようとしているのか興味を抱いていた。「こんな場所に、人間が来るとは……。」幽霊である志之は、物理的には拓海と接触できないが、その存在を感じ取ることはできる。何も知らずに館を探る拓海の様子を、志之はどこか懐かしさを覚えながら見守るのだった。
こうして、幽霊と大学生の奇妙な出会いが幕を開ける。拓海は知らない――彼がこの館を訪れたことで、志之の閉ざされた世界が少しずつ動き始めることを。そして、その出会いが、館に秘められた謎と志之の「待ち続けていた何か」を呼び覚ますきっかけになることを。
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