見出し画像

愛を乗せた特急

あらすじ

1955年、イギリス。
若き機関士 エディ は、スコットランド行きの特急 「フライング・スコッツマン」 で、フランス貴族の娘 クラリッサ と出会う。
霧の中で交わした短い会話が、二人の運命を変えていく——。

やがてクラリッサには家の決めた婚約が迫るが、彼女の心はエディに向かっていた。
一方、エディも彼女を忘れられず、仲間たちに背中を押され、ロンドンへと向かう。

「このまま諦めたら、一生後悔するぞ!」

婚約発表の夜、エディはパーティーに飛び込み、クラリッサに愛を告げる。
両親は猛反対するが、祖父が静かに言う。

「鉄道は人を遠ざけるものではない。つなぐものだ——」

クラリッサは勇気を出し、エディと共に生きることを決意する。

数年後——。
エディは新型特急 「ル・ミストラル」 の運転士となり、クラリッサは彼を支えながら世界を旅する夢を追う。

「鉄道は人をつなぐもの——そして、僕たちの愛もまた、レールの上に続いていく。」

第1章 運命のレール

1955年・イギリス、ロンドン
ロンドン・キングズクロス駅のプラットフォームには、朝の冷たい霧が薄く漂っていた。
白い蒸気が足元を包み込み、鉄のレールはうっすらと光を反射している。

人々は朝の列車を待ち、新聞を片手に立ち話をする紳士、トランクを抱えた旅行客、見送りのためにホームに立つ家族連れ——。
その中央に、漆黒のボディに赤いラインを引いた美しい蒸気機関車 「フライング・スコッツマン」 が、堂々と停車していた。

その運転席で、若き機関士 エドワード・"エディ"・カーター は、静かにハンドルを握っていた。
制服の胸元には磨き上げられた銀色のバッジ。
憧れの列車の運転士として、ついに彼はこの場所に立ったのだった。

だが、その誇らしいはずの瞬間に、エディの表情はどこか硬かった。

——彼は、ただひたすらに「機関士」になることだけを夢見て生きてきた。
恋愛など考える暇もなく、機関車の仕組みを学び、長い見習い期間を経て、ようやくこの座に就いた。

車掌の笛が高く鳴り響き、乗客たちが次々と車両に乗り込んでいく。
やがて、一人の女性がプラットフォームを歩いてきた。

クラリッサ・ド・モンフォール——。

ロンドンの朝の霧の中で、彼女の姿はどこか幻想的に見えた。
フランス仕立てのコートに身を包み、端正な顔立ちを持つその女性は、ゆったりとした足取りで一等車へと向かっていた。

エディは、ほんの一瞬、目を奪われた。

彼女が列車に乗り込む際、かすかに風が吹き、クラリッサのスカーフがふわりと舞った。
それを彼女がそっと押さえる仕草すらも、優雅で洗練されていた。

「乗車、完了です」

車掌の合図を受け、エディはハンドルを握り、スロットルをゆっくりと押し上げた。
機関車が大きく息を吐くように蒸気を噴き上げ、車輪が鉄のレールを軋ませながら動き出す。

フライング・スコッツマンは、ロンドンを後にし、スコットランドへと向かっていった——。

霧のスコットランド
列車は順調に北へ進み、イングランドの田園風景を滑るように駆け抜けていた。
エディは蒸気圧を調整しながら、時折窓の外に目をやる。

そして、スコットランドの丘陵地帯に差しかかったときだった。

深い霧が辺りを覆い尽くし、遠くの風景は何も見えなくなった。
視界が白一色に包まれる中、鉄橋を渡る音が鈍く響く。

「見えないな……」

エディはスピードを落とし、慎重に前を見つめた。
すると、前方の信号が黄色に変わり、警笛が鳴らされた。

「一時停車だ」

列車はゆっくりと減速し、霧の中に佇む小さな駅で静かに止まった。

エディは運転席を出て、蒸気の様子を確かめるためにホームへ降り立った。
すると、すぐ近くの窓から、一人の女性の横顔が見えた。

それは、クラリッサだった。

彼女はじっと、霧の向こうを見つめていた。
その横顔には、どこか憂いが宿っていた。

ふと、エディは自分でも理由のわからない衝動に駆られた。
彼女に話しかけるべきだろうか?
しかし、こんな時に、どんな言葉をかければいい?

少し迷った後、エディは静かに声をかけた。

「……霧が晴れたら、見えるものは変わるでしょうか?」

クラリッサは、ゆっくりと彼を見た。
霧の中で、その瞳だけが静かに輝いているように思えた。

そして、彼女は微笑みながら、答えた。

「ええ。でも、晴れるのを待つだけでは何も変わらないわ」

エディはその言葉を噛みしめるように、じっと彼女を見つめた。

「——お待たせしました!」

車掌の合図がかかり、エディははっと我に返る。
彼は再び機関車へ戻り、ハンドルを握った。

列車が再び走り出し、クラリッサの姿は窓の向こうへと消えていった。
しかし、その短い会話は、エディの胸に確かに刻まれていた。

彼はまだ気づいていなかった。
この瞬間が、自分の人生の「レール」を変えてしまったことを——。

ここから先は

6,048字

¥ 300

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?