アダムとイヴと第三の男

序章：楽園の調和と隠された不満

エデンの園は、神が創造した完璧な世界だった。そこでは果実が実り、川が澄みわたり、動物たちが穏やかに共存していた。アダムとイヴは、神に愛された最初の人間として楽園の中央で暮らし、神の意志に従って生活していた。彼らは満たされた日々を送りながらも、与えられた役割が明確に分かれていた。アダムは守護者として力を持ち、イヴは癒しと生命の象徴として、神に創られた。

だが、彼らの生活を静かに見守るもう一人の存在があった。それがエノシュだった。

エノシュの誕生

エノシュはアダムとイヴの後に、楽園の「観察者」として神によって創造された存在だった。彼には特別な役割があった。楽園の調和を記録し、アダムとイヴが果たせなかった部分を補うこと。だが、彼の役割はあくまで「記録者」であり、直接的な力を持つことも、彼自身の望みを叶えることも禁じられていた。

神はエノシュに言った。
「お前の役目は見守り、理解すること。行動するのはアダムとイヴだ。お前は影に留まれ。」

エノシュはその言葉に従い、楽園の端でひっそりと暮らしていた。彼は学びと記録を通して楽園の全てを知り尽くしていたが、次第に孤独に苛まれるようになる。エノシュは、楽園のすべてを理解していながら、それに触れられないという苦しみを抱え続けた。

エノシュの孤独とイヴへの憧れ

エノシュはアダムとイヴを遠くから観察する中で、二人の間に微かな歪みを見出していた。アダムは力強く、イヴにとって頼れる存在であったが、彼の決断はいつも一方的だった。イヴは表面的には満たされていたものの、内心では自分の意思を抑え込む生活に不満を募らせていた。

エノシュはその歪みを見抜きながらも、干渉することはできなかった。だが彼は、イヴが持つ生命力と優しさ、そしてアダムにはない繊細な美しさに惹かれるようになる。彼は観察者としての役割を超えた感情を抑えられなくなり、自問する。
「なぜ私はこの感情を持つのか？　神が私を創ったのは、ただ観察するためだけなのか？」

エノシュにとって、アダムは憧れであり、同時に嫉妬の対象でもあった。彼はアダムが持つ「行動する力」に欠けており、それゆえにイヴの隣に立つことが許されない自分を不公平だと感じ始めていた。

楽園の調和の影で

一方、イヴもまたエノシュの存在に気づき始めていた。彼は常に静かで、アダムのように命令することもなく、ただ彼女を見守っていた。イヴにとって、エノシュは安らぎの象徴となっていった。彼の言葉は少なくとも、そこにはアダムにはない理解の深さがあったからだ。

ある日、イヴはエノシュに話しかけた。
「あなたはいつも静かに見守っているのね。でも、寂しくはないの？」

エノシュは戸惑いながら答える。
「私の役目は見ること、理解すること。それ以上を望むのは罪かもしれない。」

イヴはその言葉に疑問を抱いた。
「それなら、あなたは何のために生きているの？」

この問いは、エノシュの心に突き刺さった。彼は生まれて初めて、自分の存在意義について深く考えた。

神の意志とエノシュの選択

その夜、エノシュは神に問いかける。
「なぜ私を創ったのですか？　私に感情を与えながら、行動する自由を奪うのですか？」

神は静かに答える。
「お前は楽園の均衡を守るための存在だ。だが、それ以上を望むなら、それはお前の選択だ。」

エノシュは神の言葉に戸惑いながらも、その「選択」が何を意味するのかを考え始めた。彼はイヴとの会話を思い出し、自分がただの観察者で終わることに耐えられないと感じた。彼は初めて、自分の意思で動く決断をする。