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メディアの闇 〜崩壊するテレビ帝国~②

第5章:告発の決意

—「私が沈黙すれば、次は誰かが犠牲になる」—

局内での立場が一変したのを、望月結衣は肌で感じていた。

スキャンダル記事が出た翌日から、同僚たちは明らかに態度を変えた。

廊下ですれ違うスタッフたちは、無言で視線をそらすか、ヒソヒソと噂話をする。メイクルームでは、女子アナ仲間たちが彼女を見るなり会話をやめ、冷めた目を向ける。

「……ま、仕方ないよね。」
「自業自得でしょ。」

そんな言葉が背後から聞こえても、結衣は振り返らなかった。

何も悪いことをしていないのに、私だけが悪者にされる。

テレビ局という世界は、表向きは華やかでクリーンなイメージを売りにしているが、その実態は違う。

スキャンダルに巻き込まれた人間は、徹底的に排除される。

どんなに努力しても、一度「汚れた」と判断されれば、もはや画面には映れない。

このままでは、私は終わる。

結衣は、初めて「辞める」ことを真剣に考えた。

「結衣さん、辞めないでください……!」

控室のソファに座っていた結衣の前で、佐伯奏が泣いていた。

「もう無理よ……私がこのまま局に残ったって、何もできない。」

結衣は静かに答えた。

「でも……でも……」

佐伯は言葉を詰まらせ、膝の上で手を握りしめた。

「私……怖いんです。」

結衣は、彼女の震える声をじっと聞いていた。

「西川さんのことだって、誰も本当のことを言おうとしない……でも、あれはただの事故じゃないって、みんな分かってるんです。」

「……そうね。」

「でも、誰も何も言えない。私も、怖くて言えない……」

佐伯は涙を拭いながら、苦しそうに続けた。

「結衣さんが辞めたら、私は……私は、どうすればいいんですか?」

その言葉が、結衣の胸に突き刺さった。

彼女は沈黙したまま、佐伯の涙を見つめた。

「私が沈黙すれば、次は誰かが犠牲になる。」

このまま局を辞めて逃げたとしても、同じことは繰り返される。

西川夏帆のように、誰かが「消される」。

そして、佐伯のような若い女子アナが、また「利用される」。

結衣は静かに目を閉じた。

「……私は、戦うわ。」

「え?」

「このまま黙っていたら、何も変わらないから。」

佐伯は、驚いたように彼女を見つめた。

「……でも、どうするんですか?」

「すべてを話す。あの記者に。」

「……望月結衣?」

週刊誌『週刊トップス』の編集部で、記者の内田啓は意外そうな表情を見せた。

「彼女が、直接話をしたいと言ってるんです。」

後輩記者の三浦隼人が興奮気味に伝える。

「本当に、業界の裏側を暴露する気です。」

内田は、腕を組みながらしばらく考え込んだ。

望月結衣は、単なる人気アナウンサーではない。東都テレビの看板アナの一人だ。彼女が公に口を開けば、業界全体に大きな波紋を広げることになる。

「……面白くなってきたな。」

内田は小さく笑い、すぐに電話を取った。

「もしもし、望月さんですね?」

「……はい。」

電話の向こうから、緊張した彼女の声が聞こえてくる。

「すべて話したいんです。」

内田は、慎重に言葉を選んだ。

「本当に覚悟はありますか? あなたが話せば、この業界で生きていくのは難しくなりますよ。」

「分かっています。」

結衣の声には、迷いがなかった。

「でも、私はもう沈黙したくないんです。」

内田はゆっくりと息を吐き、静かに答えた。

「分かりました。では、直接会いましょう。」

数日後。

都内の小さなカフェの個室。

そこには、望月結衣と内田啓が向かい合って座っていた。

「……本当に、すべて話してくれるんですね?」

内田がノートを広げ、ボイスレコーダーをテーブルに置く。

結衣は小さく頷いた。

「何から話せばいいですか?」

「あなたが経験したことすべてを、順番に。」

彼女は深く息を吸い、ゆっくりと口を開いた。

「東都テレビの女子アナは、単なる報道の仕事だけではありません。政財界やスポンサー企業の『接待要員』として利用されているんです。」

「接待要員……?」

内田の目が鋭く光る。

「私自身は直接的な行為を強要されたことはありません。でも、局内には"暗黙のルール"があるんです。宴席への参加は拒否できない。拒否すれば、干される。 そして……一度その場に呼ばれた女子アナは、そこから抜け出せなくなる。」

結衣は、テーブルの上で震える手を組んだ。

「西川夏帆も、その宴席に呼ばれていました。そして、彼女は……そのことに耐えられなくなったんです。」

「つまり、彼女の死は……」

「"事故"なんかじゃない。」

結衣の目には、確かな怒りの色が宿っていた。

「彼女は、この業界の闇に潰されたんです。」

内田は、ボイスレコーダーを止めた。

そして、ゆっくりと言った。

「……これが記事になれば、あなたは間違いなく業界から追放されますよ。それでもいいんですか?」

結衣は、迷わなかった。

「いいえ。私は、絶対に消えません。」

彼女の声は、決意に満ちていた。

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