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カオスの賭け師②

第三章: 「偶然を操る者」
ベルナールと龍一が向き合うテーブルの上で、サイコロが転がる音が静かな空間に響き渡る。ベルナールの目は鋭く、冷徹な光を湛えていた。まるで、サイコロを転がすその瞬間、結果をすでに掌握しているかのようだ。彼の指先が軽くサイコロを転がすと、サイコロが空中で一瞬光を放ち、静かにテーブルに落ちる。ベルナールの目には、無数の計算が刻まれている。

「さて、速水さん。」ベルナールが挑発的に微笑んだ。「運の力を信じますか?」

その言葉に龍一は微笑み返し、軽く頷いた。彼の目もまた冷静で、すべてを見通しているかのようだ。彼はサイコロを手に取ると、無駄な動きを一切せず、心の中で一瞬だけ深呼吸をしてから、それを軽く振った。

サイコロがテーブルを跳ね、無情にも結果は「9」。それなりに高い数字だが、勝負を決めるには十分ではない。龍一は一瞬だけ、その結果を呑み込むと、ベルナールの顔を見た。ベルナールはにっこりと微笑み、無言で自分のターンを始める。

ベルナールがサイコロを手に取り、目を閉じた。彼の手の中でサイコロが滑る感触を、まるで長年の経験から解き放つかのように感じ取っているかのようだった。そして、サイコロが空中に舞い上がり、光を反射しながらテーブルへと落ちる。ベルナールがその結果を見ると、表情に微塵の揺らぎもなく、サイコロが「12」を示していた。

「文句なしの勝利だ。」ベルナールが勝者として胸を張り、勝ち誇った笑みを浮かべた。「残念だったな、速水さん。これで終わりだ。」

観客たちも思わず息を呑んだが、龍一はその一言でまるで自分のゲームが終わったかのように思われることに、少しも動揺を見せなかった。彼の表情は相変わらず冷静で、まるでこの結果を予期していたかのような落ち着きだ。龍一は一度も視線を外すことなく、サイコロを手に取ると、再び振る準備を整えた。

「いいえ、ゲームはまだ終わっていません。」龍一の声は静かだが、どこか強い意志を感じさせる。

その言葉を聞いたベルナールの目が微かに細められる。彼はそれまでの自信を隠さずにいたが、龍一の冷徹な態度に少しだけ不安を覚えたようだ。しかし、彼はすぐにその気持ちを押し込め、再び手に取ったサイコロを振る姿勢を整える。

次の一投が始まる。龍一の目が瞬き一つせずにサイコロを転がす瞬間、その手元にはまるで時間が止まったかのような静寂が流れる。そして、サイコロがテーブルに落ちると、結果は一瞬にして確定する――それは、「パーフェクトナンバー」だ。サイコロの目は6、6、6――最大値を叩き出した瞬間、部屋全体が静まり返った。

ベルナールは、その驚愕を隠しきれずに目を見開き、顔色が一瞬で変わった。彼の目の前で、あまりにも不可能に近い数字が現れたのだ。

「ありえない……こんな確率……」ベルナールは呆然と呟きながら、サイコロの結果を見つめていた。彼の計算の範囲を超えたこの出来事に、ほんの少しの不安が顔を覗かせる。

龍一はその様子をじっと見ていたが、やがて冷静に口を開いた。

「偶然を信じるのではなく、偶然を作るんですよ。それが真のギャンブラーです。」彼の声は、まるで彼自身がその「偶然」を引き寄せる力を持っているかのように響いた。

その言葉には、どこか圧倒的な自信と、冷徹な計算が感じられた。龍一の「偶然」を作り出す力、それこそが、彼の真の実力だった。ベルナールはその言葉を飲み込みながら、自分の手にしたサイコロをじっと見つめていた。

第四章: 「最後の勝負」
ベルナールとの戦いで見せた冷徹なギャンブルの腕前を振り返りながら、龍一は次の対戦相手、霧島玲奈とのチェスに挑む準備を整えていた。彼女の目は、静かでありながら鋭く、まるで盤上のすべての駒が動く先を一瞬で見抜いているかのようだった。彼女が作り上げる盤面は、極めて精巧で、何重にも張り巡らされた罠のようだった。

チェス盤の上で、玲奈の指先が慎重に駒を動かすたびに、その一手が無言のプレッシャーを龍一にかけてくる。彼女の戦術は完璧に近く、どんな些細なミスでも許されなかった。これまでの勝負とは一線を画すような、繊細で計算された戦いが繰り広げられる。

「あなた、どんな思考をしているの?」玲奈の声が低く、冷ややかに響いた。

龍一はその問いに何も答えず、冷徹な目で彼女を見つめた。彼の脳裏では、数十手先の展開が次々に浮かび上がり、相手の意図を完全に読んでいた。玲奈が仕掛けた罠は、まるで彼を試すかのように巧妙で、いくつもの犠牲を払わせようとしていた。しかし、龍一は一歩も引かずにその罠をひとつひとつ解いていった。

次第に、玲奈は表情に焦りの色を見せ始めた。龍一は少しずつ、しかし確実に彼女の守りを破っていった。まるで彼の指先が盤面を支配しているかのような感覚が漂い、玲奈の表情は次第に硬くなっていった。

「……速水龍一、あなた、本当に人間?」彼女はとうとうその一言を漏らした。龍一が王手をかけると、玲奈はその場にひざをつき、悔しそうに自分のキングを倒した。

「信じられない……こんな方法で私を追い詰めるなんて。」玲奈はもう、勝負の結果を認めるしかなかった。彼女が自信を持っていた全ての計算は、龍一の一手で崩れ去ったのだ。

「あなたの戦術は見事でした。」龍一は淡々と言い、玲奈に軽く頭を下げた。「でも、最後に勝つのはいつも、冷静な方です。」

玲奈はその言葉をどう受け止めたのか、深い意味を含んだ目で龍一を見つめた。しかし、その目に宿っていたのは、ただの敗北感ではなく、どこか悔しさとともに認めた感情が滲んでいた。

その時、部屋の空気が一変した。最後に残ったのは影山修司、カジノの支配者であり「三本爪」のリーダーである男だった。彼の姿は、他の二人とは一線を画していた。彼が座った椅子にすら、威厳と圧倒的な存在感が漂っていた。影山は静かに、しかし重みのある言葉を口にした。

「お前がここまで来たのは大したものだ。」影山の言葉には冷徹な敬意と共に、どこか挑戦的なニュアンスが混じっていた。「だが、次はお前の人生をすべて賭けてもらう。」

龍一は一瞬も迷うことなく、言葉を返した。

「望むところだ。」

その言葉に、影山の目がわずかに鋭くなった。今、彼らの間に流れる空気は、ただのギャンブルではない――それは、命を賭けた究極の勝負となることを予感させていた。

二人の対決は、誰もが想像もしなかった結末を迎えることになる――その先に待ち受けるものが、何なのか、誰にもわからなかった。ただ一つ確かなのは、龍一の「勝利への執念」が、ここでさらに試されることだけだった。

次のゲームが、どんな形で展開するのか。影山が持っている切り札は、どれほど強力なものなのか。それを知る者は、まだ誰もいなかった。

第五章: 「影山の切り札」
カジノの中で、全ての照明が一瞬で消え去った。暗闇が広がり、周囲の空気が静寂に包まれた。龍一は目を凝らし、闇の中にある何も見えない世界に身を置く。彼の周囲には、何も聞こえない静けさだけが広がり、まるで時間そのものが止まったかのような感覚に陥る。

「ゲームはシンプルだ。だが、お前のすべての感覚と運命が試される。」影山修司の低く冷徹な声が、闇の中から響いた。その声には一抹の余裕と共に、完全なる支配者としての威圧感が滲み出ていた。

その瞬間、テーブルに置かれたカードが配られる。龍一は目を閉じ、わずかな感覚を研ぎ澄ませてカードの音を聞き取る。手のひらにはすでにカードがあるが、目に映るものは何一つない。ただ、空気の動きや相手の息づかい、わずかな音の変化から、すべてを読み取らなければならない――まさにギャンブラーの精神が試される場面だ。

影山が選んだのは「ブラインド・ポーカー」だった。目隠しをされた状態でカードを引き、相手の表情や手の動きも見えない状態で勝負を繰り広げるという、極限の心理戦だ。目の前に見えるのはただの暗闇と、自分自身の直感だけ。いかにして相手の意図を読み、勝機を見つけるか――すべてはその一瞬の決断にかかっていた。

「見えない状態で何を賭けるのか、興味があるな。」龍一は淡々とした口調で言った。彼の声には一切の恐れや不安がなく、まるでこの状況がすでに自分の手のひらの中に収まっているかのようだった。

影山は静かに笑みを浮かべた。その笑みの中には、まるで全てを見通しているかのような冷徹な確信があった。「見えるものだけが真実ではない。それがわかる頃には、すでにお前は負けているだろう。」

その言葉には、単なる挑発の意味合いだけでなく、影山の深い自信が込められていた。彼が見据えるのは、このゲームをどう終わらせるかではなく、龍一の内面に潜む弱点をどう引き出すかということだった。視覚を失った状態で、相手の意図や心の動きを察することができるか――その能力が、影山にはあるのだ。

ゲームが始まると、場の空気はますます重く、緊張感が高まった。龍一は、手にしたカードをじっと感じながら、それぞれのカードの質感を確かめ、どのカードが自分に有利で、どのカードが影山に有利なのかを心の中で計算していった。彼にとって、このゲームは視覚だけでなく、全身の感覚を駆使する戦いだ。

「君は、まだ何も知らない。」影山が再び声をかけた。彼の言葉はまるで自信に満ちており、龍一の思考を一瞬でも乱そうとするかのようだった。

龍一は微動だにせず、ただ静かにその言葉に反応する。彼は心の中で「見えるものは見えなくても、感じることはできる。」と呟き、すべてを感覚で捉えようとしていた。たとえ目の前に何も見えなくても、影山の動きやテーブルに触れる空気、微細な音を頼りにして、勝負の流れを読んでいく。

カードをめくることなく、単に手のひらで感じる感覚と記憶だけが頼りとなった。彼が放った一言が響く。「勝つのは、目の前の現実を見せられるものではない。」

影山の冷徹な表情が、龍一の言葉に微かに変化した。彼はほんのわずかな隙を見せ、心の中で何かが揺らいだ。それは彼が抱える、過去の罪や恐怖に対する不安の兆しであったかもしれない。龍一の確信を持った一言に、彼の中で何かが引き起こされたのだ。

そして、ゲームの行く末が動き始めた――。

――続く――

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