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桜ひとひら:10年越しの春

プロローグ: 「落ちこぼれ」

北条さくらは、地方都市の片隅にある偏差値30の底辺高校に通う平凡な女子高生だった。朝礼の最中からざわつく教室、誰も聞いていない授業、黒板に書かれる教師の説明をスマホの画面越しに流し見するクラスメイトたち。誰も勉強に興味がないその空間で、さくらもまた何かを真剣に求めることなく、流されるように日々を過ごしていた。

教師たちは生徒たちを指導するどころか、ただ無事に卒業させることだけを目標にしていた。「お前らの未来は自分次第だ」と言うが、その言葉に中身はなく、進路指導と称して配られる資料には、地元の専門学校やアルバイト情報ばかりが並んでいた。

クラスメイトたちもまた、夢や目標を語ることなく、何となく卒業後の進路を曖昧に描いている。居酒屋のバイトを続けるか、親の仕事を手伝うか、進学するにしても名前を書けば受かるような短大や専門学校。「どうせ私たちにはそれくらいしかない」と、軽く笑い飛ばして未来を諦めている。

さくらもそんな日常に疑問を持たない生徒の一人だった。友達と放課後にカラオケへ行き、SNSに何気ない写真を投稿し、誰かの「いいね」を気にする。将来のことを考えるのが怖いというより、そもそも考える必要がないと思っていた。進路指導の時間に書かされた「10年後の自分」という作文には、「普通に幸せに暮らしている」とだけ書き、提出したことすら忘れていた。

「普通でいい。期待しなければ傷つかない。」
そんな風に、自分の無気力さを正当化していた。

そんなある日の進路指導の授業。進学希望者向けに配られたパンフレットの山の中に、1枚だけ目立つ冊子が混ざっていた。表紙に赤門が大きく写った「東京大学」――日本最高峰の大学と称されるその存在。興味本位で手に取ったさくらは、ページをめくる手を止めた。

「東大?うちの学校から受ける人なんていないよね。」

クラスメイトが笑う声が聞こえたが、さくらは小さな写真の中に収められた赤門に目を奪われていた。その門をくぐる自分を想像することはできなかったが、「日本最高峰」という文字に心がざわついた。

学校の進路案内とは正反対の世界が、その冊子の中に広がっている。研究成果を誇る記事、国際的に活躍する卒業生たち、そして挑戦を求める熱意ある言葉の数々。

その夜、家に帰ってもそのイメージが頭から離れなかった。どうせ自分には関係ない世界だ。そう思いながらも、心のどこかで思った。

「どうせ無理って決めつける前に、私も試せるんじゃないか?」

期待するのが怖かった。笑われるのが怖かった。それでも、今のまま目標もなく生きる自分が、このままでいいのかという疑問が、心に小さな火を灯した。その火はまだ頼りないものだったが、確かに燃えていた。

「変わりたい。」

それがさくらの心に浮かんだ、初めての本音だった。

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