理想の彼・彼女じゃないけど②
第2章:奇妙な友情(失敗談を共有する楽しみ)
健太と優子は、「理想を語る仲間」として妙に気が合い始めた。お見合いという緊張感はどこへやら、今や会うたびに自分たちの理想や恋愛の失敗談を披露し合うのが二人の定番となっていた。
健太:「俺さ、高校のときに、本当に女神みたいな先輩がいたんだよ。色白で清楚で、吹奏楽部でフルート吹いてる姿がもう神々しくてさ。で、ある日勇気出してラブレターを書いたんだ」
優子:「あら、健太さんにしてはロマンチックなエピソードですね。それで?」
健太:「渡した瞬間、『あの…私、君のこと全然知らないんだけど』って言われて、その場で手紙を返されたんだ」
優子:「えぇ…まさかの返却!それ、女神っていうより、ただの冷静な先輩ですよね」
健太は頭をかきながら苦笑いを浮かべる。
健太:「いや、そうなんだけどさ。そのとき俺、すごい前向きに考えたんだよ。『知らないってことは、これから知ってもらえばいいんだ!』って」
優子:「ポジティブですね。それでどうしたんですか?」
健太:「次の日から、吹奏楽部の練習を見学しに行くようになったら、先輩に『ストーカーみたいだからやめて』って言われた」
優子:「それは…健太さんが悪いですね」
優子はクスクス笑いながら、自分の話を始める。
優子:「でも、私も似たようなものですよ。大学時代に、文学サークルで出会った人に手作りのクッキーを渡したことがあるんです」
健太:「おぉ、それはいい感じのアプローチじゃないか!」
優子:「その人、ちょっと影のある感じで、いつも難しい哲学書を読んでたんです。私、絶対に王子様タイプだと思って、クッキーを手渡しながら、『よかったら食べてください』って言ったんですよ」
健太:「うんうん、それで?」
優子:「そしたら、クッキーをじっと見たあとに『俺、甘いもの苦手なんだよね』って言われて、袋ごと返されました」
健太:「うわ、それきついな。でも、その影のある王子様、ただの現実的な男だったんじゃないか?」
優子:「その返し、健太さんの先輩も、ただの現実的な女性ですけどね」
二人は顔を見合わせて大笑いした。
健太:「優子さん、やっぱり俺たち似た者同士だな!」
優子:「そうかもしれませんね。理想ばっかり追いかけて、現実で勝手に撃沈してるあたりが特に」
この日の話題はさらにヒートアップした。
健太:「そういえば、大学の卒業間近に、合コンで『趣味はダーツです』って言ったら、女の子に『地味な趣味だね』って言われて、それ以降、趣味を聞かれるのがトラウマになってるんだよ」
優子:「えっ、ダーツが地味ってひどいですね。私は園芸を趣味だって言ったら、『おばあちゃんみたいだね』って言われたことがありますけど」
健太:「それ、ひどいな!園芸の良さをわかってない奴だな!」
優子:「そうですよね!健太さん、少しわかってきたじゃないですか!」
こうして二人は失敗談を共有しながら、笑いの中に奇妙な連帯感を育んでいった。しかし、その友情が深まれば深まるほど、お互いの理想に対する執着はむしろ強まっていく。
健太:「でもさ、やっぱり俺は女神みたいな人じゃないと無理だと思うんだよな」
優子:「私も、やっぱり影のある王子様がいいんです」
健太:「ふっ、どっちが先に理想を手に入れるか勝負だな!」
優子:「いいですよ。その代わり、負けたら現実を見る覚悟をしてくださいね!」
そんな軽口を叩き合いながらも、二人はどこか本気で自分の理想を信じ続けていた。友情は深まるものの、恋愛関係には程遠い状態が続くのだった。
クライマックス:すれ違う現実
ある日、友人たちが集まった飲み会で、酔った勢いで健太と優子の関係についてツッコミが入った。
友人A:「お前ら、なんだかんだでお似合いなんじゃないの?」
友人B:「そうそう、理想ばっかり語ってるけど、現実にはお互いが一番近いだろ」
健太はビールジョッキを置きながら、すぐに否定した。
健太:「いやいや、優子ちゃんの理想ってさ、王子様なんだぞ?俺なんか全然違うだろ。もっとさ、貴族みたいで、馬とか乗ってそうなやつだろ?」
優子も慌てて応じる。
優子:「そうです!健太さんの理想だって、女神みたいな女性なんですよね?私なんて足元にも及びません」
健太:「まあ…正直、優子ちゃんは女神って感じじゃないけどさ」
優子:「でしょうね」
健太:「でも…なんだか気は合うよな」
優子:「それは、否定しません。でも…それが恋愛かと言われると…」
二人はお互いをチラリと見ながら、微妙な間を持て余していた。友人たちはその様子を見てまた笑い声を上げる。
苗を植える姿と無邪気な笑顔
飲み会の数日後、健太が優子の園芸を手伝うことになった。庭に広げられた土と苗の入ったポットを前に、健太は少し戸惑いながらシャベルを手に取る。
健太:「これ、どうやって植えればいいんだ?俺、こういうの全然やったことないんだけど」
優子:「まず、この苗を穴に入れて、優しく土をかぶせてください。力を入れすぎると根っこが傷つくので注意してくださいね」
優子が丁寧に教える横で、健太は不器用ながらも真剣に苗を植え始めた。額に汗を浮かべながら、時々「こんな感じでいいのか?」と優子に確認する。
健太:「これで大丈夫か?なんか…俺がやると全然上手く見えないんだけど」
優子:「いい感じですよ。あとは、ちゃんと水をあげれば元気に育ちますから」
健太:「へぇ…なんか、不思議と落ち着くな。優子ちゃん、こういうの毎日やってるの?」
優子:「ええ、植物は裏切らないですからね。ちゃんとお世話をすれば応えてくれますし」
健太はその言葉に少し考え込みながら、優子が土をならす姿をじっと見つめた。
「女神っぽさはないけど…なんかこう、妙に落ち着くんだよな」と心の中で呟き、微かに笑みを浮かべた。
その一方で、優子も健太の趣味であるダーツに挑戦することになった。
健太:「ほら、ここに立って、この線を踏まないように投げるんだ。簡単だろ?」
優子:「健太さん、それ、本気で言ってます?私、運動神経ゼロですよ」
健太:「まあまあ、俺がコツを教えるから。まずは投げてみろよ」
優子は健太の手ほどきを受けながら、恐る恐るダーツを構える。そして意を決して投げた一本目は、的の外に派手に外れる。
優子:「ほら、やっぱり無理です!」
健太:「いやいや、初めてにしちゃ上出来だろ!」
優子:「どこがですか!」
その後も何度か挑戦する中、優子が的に少しずつ近づくと、健太は子供のように無邪気に拍手を送った。
健太:「やったじゃん!あと少しで真ん中だぞ!」
優子:「ふふっ、健太さんがこんなに褒めてくれると、なんだか楽しくなってきました」
健太の純粋な笑顔を見た瞬間、優子の心の中でふと温かい感情が広がる。「王子様じゃないけど…こういう無邪気なところも悪くないかも」と、自分でも意外な気持ちに気づいていた。
理想の影を越えて
その夜、二人はいつものように理想について語り合った。しかし、ふとした沈黙の中で、健太がぽつりと呟いた。
健太:「俺たちの理想ってさ、現実にいないんだろうな」
優子:「ええ…もしかしたら、ずっといないかもしれませんね」
健太:「でも、理想じゃないからって悪いわけじゃないよな?」
優子:「…そうですね。それでも、一緒にいて楽しい人なら…」
健太と優子は視線を交わし、照れくさそうに笑い合った。理想にはまだ遠いけれど、少しずつそのすれ違いが重なり合っていくような、そんな予感を二人は感じていた。
エンディング:理想を超えて
夕方の公園、二人は小さなベンチに並んで座っていた。冬の冷たい空気が頬を刺すが、二人の間に漂う空気は妙に穏やかだった。
健太が手の中で缶コーヒーを転がしながら、ふと口を開いた。
「俺さ、最近思うんだけど…理想ってさ、追い求めるのは悪くないけど、結構疲れるんだよな」
優子はその言葉に少し驚いたように目を丸くし、しかしすぐに微笑みながらうなずいた。
「そうですね。理想にこだわるあまり、現実にある楽しさを見逃してたのかも…なんて、最近少し思い始めました」
健太は目の前の木々に目を向けた。冬枯れの枝には葉一つ残っていないけれど、その隙間から覗く空が妙に澄んで見えた。
「俺、気づいたんだよ。理想の女神みたいな人なんて、本当はずっと遠くて手の届かない幻想なんだって。優子ちゃんと話してるうちに、それが分かった気がする」
優子も空を見上げながら、小さく息をついた。
「私もです。王子様みたいな人が現れるのを待つだけじゃ、何も変わらないんですね。でも…」
健太が首をかしげる。
「でも?」
優子は少し頬を赤らめながら、ぎこちなく笑みを浮かべた。
「現実の方が、案外楽しいかもしれないなって思うようになったんです。健太さんと過ごす時間が、特に…」
その言葉に健太は一瞬動きを止めたが、すぐにいつもの調子で笑い飛ばした。
「お、それは褒められてるってことでいいのか?」
「どうでしょうね?」と優子も冗談めかして返す。
少しの間、二人は笑い合った後、ふと健太が真剣な表情で優子を見つめた。
「じゃあさ、優子ちゃん…俺たち、その、友達以上に進んでみるのって、どう思う?」
不意を突かれた優子は驚いた顔をしたが、次第にその表情は和らいでいった。
「…まあ、理想から離れる練習としては、悪くないかもしれませんね」
彼女の答えに健太は目を見開き、そして一瞬で満面の笑みに変わった。
「よっしゃ!じゃあ、まずはお互いの趣味をもっと知るところから始めよう!俺、今度はもっと上手に苗を植えるぞ!」
「私も、もう少しダーツを頑張ってみますね。真ん中を狙う練習、健太さんに付き合ってもらいますから」
そうして二人は、未来の話を笑いながら語り合った。
完璧な理想にはまだ程遠いけれど、お互いを知る楽しさ、そして共有する喜びが、すでに心の中を満たしていた。
冬の寒さを忘れたかのように、二人の笑い声は静かな公園に響いていた。
彼らはついに、「理想」という無形の追いかけっこをやめ、それぞれの現実に踏み出す一歩を見つけたのだった。
彼らの物語はまだ始まったばかり。理想と現実の間で揺れながらも、二人の奇妙な歩みは新しい道を切り拓いていく。
――完――