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恋のバッターボックス
プロローグ: 初球は見逃し三振
高校2年生の田中美優(たなか みゆう)は、どこにでもいるような平凡な女の子だった。背が高すぎるわけでも、特別かわいいわけでもない。目立つことは嫌いで、クラスの中でもあまり目立たない存在だった。恋愛経験もゼロ。心の中では何度も片想いをしたけれど、告白なんて考えたこともない。毎日、相手を遠くから見つめることしかできなかった。
美優は自分に恋愛なんて向いていないんだと思っていた。幼いころからの友達が、彼女に「草野球の補欠」なんて冗談交じりに呼んでいたのを聞いて、傷つくこともあったけれど、それが現実だと自分に言い聞かせていた。恋愛の世界には、どうしても自分が入り込めないような壁があった。いつも周りの恋愛ドラマを横目に見ながら、自分がその主役になることを想像するのはただの夢だった。
そんな日々の中で、美優はその思いを心の奥に閉じ込め、何事もなく過ごしていた。しかし、心のどこかで「あの人みたいに、誰かに恋をしてみたい」という憧れを持っていた。それが、運命を変える瞬間になるとは、まだ思っていなかった。
第1章: 初めてのバッターボックス
春の柔らかな陽射しが校舎を包み込むある日、美優は思いがけない瞬間を迎えた。放課後、教室を出ようとしたところ、突然背後から声がかかった。「田中さん、ちょっといい?」振り返ると、そこには野球部のエースで爽やかなイケメン、桐山颯太(きりやま そうた)が立っていた。彼の深い青の目と、いつもどこか自信に満ちた笑顔が、まるで映画のワンシーンのように美優の目に映る。
「実は、クラス委員の仕事で、君が野球部の応援リーダーになったって聞いてさ、練習の時にちょっと協力してほしいんだ。」颯太の言葉に、最初は何のことかピンとこなかった美優。しかし、よくよく考えると、確かに彼女はクラスの委員に選ばれていた。そして、その役目が突然「野球部の応援リーダー」と告げられていたことを思い出す。
心の中で「どうして私なんかが?」と思う一方で、颯太の一言で胸が高鳴るのを感じた。美優はどこか冷静さを保とうとしながらも、目の前で颯太が見せる笑顔にドキドキしている自分を隠せなかった。「こんな私が彼に関わっても、何もいいことないよね…」と、すぐに消極的な気持ちが湧いてきた。
それでも、断ることはできなかった。颯太のお願いだから…と心の中で言い訳をしながらも、美優は渋々「わかりました」と答える。
翌日の放課後、美優は野球部のグラウンドに足を運んだ。初めての応援練習は、少し不安と緊張が混じったものだった。集まったのは野球部のメンバーと、数人の応援団の仲間たち。その中でも、颯太の姿はひときわ目立っていた。彼がピッチングマウンドに立ち、ボールを投げる姿はまさに映画のワンシーンそのもの。力強く、真剣な眼差しでボールを投げる颯太に、美優は思わず見とれてしまった。
その瞬間、心の奥底に何かが灯るのを感じた。颯太が真剣に野球に取り組む姿、その瞳に宿る熱い情熱に、どこか自分の中で長い間眠っていた感情が目を覚ましたのだ。それまでただの片想いだった自分の気持ちが、突然リアルになったような、そんな感覚が美優を包んだ。
「私も、何かがんばってみようかな…」そんな気持ちが芽生え、彼女は改めて自分に問いかけた。これからどう進んでいくのか、どんなことが待ち受けているのか、まだわからない。でも、これが初めてのバッターボックスだと感じた。心の中で、一歩を踏み出した瞬間だった。
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