雲間の光
春の初め、晴れ男の真一
春の初め、晴れ男の真一はいつも通り、穏やかな日差しを楽しんでいた。まだ寒さが残る日々の中で、真一の周りだけは、どこか春の温かさを感じさせる陽気な空気が広がっていた。朝、通学途中で見かける花々も、彼が近づくと鮮やかに咲き、クラスメイトたちは「今日は天気がいいね、真一がいるからかな?」と冗談交じりに言い合っていた。どんな天気予報でも、彼がいる限り、晴れることが予測される。雨の日でも、どこかで太陽の光がこぼれるような、そんな不思議な力を持っていた。
真一自身もそれを特別なことだとは思わなかった。小さな頃から、家族や友達、学校の先生までが彼に言ってきたことだったから、当たり前のように感じていた。「真一がいるから大丈夫」「今日も晴れにしてくれるんだろう?」その言葉が、彼にとっては何も不思議ではなかった。それが彼の存在そのものを意味し、周りの人々に安心感を与えていた。
学校行事や遠足、ピクニックなど、どんなイベントでも、真一が参加することで「天気は絶対に大丈夫!」と誰もが確信していた。彼自身もそれを悪く思うことはなかったし、むしろ喜んでその役目を果たしていた。みんなが笑顔で楽しむために、太陽の光を届ける役目を担っていると思っていたからだ。
だが、そんな日々の中で、一つだけ真一を悩ませる存在が現れた。それは、雨女の由香だった。
雨女の由香
由香は、どんなに天気が良くても、その周りに必ず雲を呼び、雨を降らせてしまう不思議な力を持っていた。真一がよく知っている通り、彼女が近くにいると、すぐに空が曇り始める。最初は、たまたまだろうと思っていた。しかし、繰り返される「偶然」に次第に気づくようになった。由香がいる場所だけが、何故か天気が崩れ、降り続く雨の中で彼女は黙って過ごすことが多かった。
そのせいで、由香は次第に孤立し始めた。友達との約束も、天気が崩れることで流れてしまうことが多く、次第に彼女の周りには誰もいなくなった。最初は冗談で、「雨女だね」とからかわれていたが、そのうちその言葉が本当になってしまい、由香はそれを受け入れるしかなかった。いつしか彼女は、「私がいるから、みんなが楽しめないんだ」と、どこかで自分を責めるようになった。
友達と出かける計画も、最初はワクワクしていたものの、彼女が現れると、必ず天気が崩れてしまう。そして、結局はその約束がキャンセルされてしまうことが増えた。その度に、由香は心の中で「まただ」と呟き、あきらめるしかなかった。彼女の中で、天気を変える力を持つ自分に対して、何度も自分を責めた。
最初は、そんな由香をかわいそうに思いながらも、少しだけ距離を置くようになったクラスメイトたち。その距離は、由香が何度も感じるものだった。そして、次第に彼女は人々の目を避けるようになり、心の中で「私はきっと一人で過ごす運命なんだ」と思い込むようになった。
そのため、由香は人との関わりを最小限にし、自分一人で過ごす時間を大切にするようになった。小さなカフェで読書をすることが好きだったり、雨の日にひっそりと公園のベンチに座り、降りしきる雨を静かに見つめることが、彼女にとって唯一の心の平穏を感じる瞬間だった。
しかし、真一の目にはその姿がどうしても気になって仕方がなかった。彼は晴れ男として、いつも周囲を明るく照らす存在だったが、由香の存在にどうしても引き寄せられてしまう。彼女の沈んだ表情、そして孤独な雰囲気に、どこか胸が痛くなるような感覚を覚えた。それでも、どう接すればいいのか分からず、真一は心の中で自問自答を繰り返していた。
だが、ある日、真一はふとした瞬間に気づく。自分が持つ晴れの力が、由香にとっても、彼女の心を晴らす手助けになれるのではないかと。彼は心の中で、これからどう彼女と向き合っていくべきか、少しずつその答えを見つけようとしていた。それが、二人の不思議な関係の始まりだった。
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