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運命の再会②

第四章: 手のひらに触れる瞬間

数週間が経ち、琴音は友人の頼みで再度病院を訪れることになった。今回は健康診断ではなく、友人が急遽受ける必要のある診察の付き添いだった。そのため、琴音はあまり気負うことなく病院に足を運んだ。しかし、あの日の診察からというもの、どうしても海斗のことが心の片隅で引っかかっていた。

病院の静かな空間に足を踏み入れると、琴音はその広いロビーの中を歩きながら、自分が再び海斗に会うことになるとは思ってもみなかった。診察が終わり、友人が待合室で待っている間、琴音は何となく立ち寄りたくなった診療科の一つに足を運んだ。

その時、海斗が丁度その診療科で勤務していた。琴音が診察室のドアを開けた瞬間、海斗はふと顔を上げ、その視線が琴音に重なった。あの日の診察から数週間が経った今でも、海斗の胸の中にあの「懐かしさ」の感覚が残っていた。その感覚は日に日に強くなり、今やその記憶が不安定なものとして心をかき乱していた。

「またお会いしましたね。」琴音が少し照れくさそうに微笑んだ。今度は、あの時のようにぎこちなくはなかった。お互いに前回の不思議な感覚が記憶に残っていたからだ。

海斗はその微笑みに軽く頷きながらも、ふと胸の中に広がる奇妙な感情に気づく。琴音がその目に映るだけで、心の中に何かが引き寄せられるような感覚があった。けれど、それが一体何なのかを言葉にすることができないでいた。

診察室に案内するために立ち上がった海斗は、琴音に一歩近づいた瞬間、その不思議な直感が突如として鮮明に感じられた。彼は無意識のうちに琴音の手を取った。

その瞬間、琴音は一瞬息を呑んだ。彼の手のひらが自分の手に触れると、何とも言えない温かさと懐かしさが胸の中を駆け巡った。それは、まるで昔から知っていた人のように、自然と心が安心感で満たされていくような、奇妙な心地よさだった。

海斗もまた、琴音の手のひらに触れた瞬間、強烈な懐かしさが心を貫いた。手のひらに伝わるその温もりが、何か深い場所で繋がっているような感覚を呼び起こす。彼はその瞬間、心の中に広がる温かさに思わず目を閉じ、しばらくその感覚に浸った。

そして、海斗はふと自分の内面から湧き上がる記憶に驚いた。それは、幼少期の自分、あの温かな家で過ごした日々の記憶だった。海斗の脳裏に、懐かしい笑顔を浮かべる琴音の姿が一瞬、鮮明に蘇った。彼は無意識にその感覚に引き寄せられ、気づけば彼女の手を握る力が強くなっていた。

琴音はその瞬間、まるで懐かしい匂いを感じるような感覚に包まれた。かつて過ごした日々、どこか遠くの記憶の中で、彼と一緒にいた温かさを思い出したような気がした。その匂い、言葉では表現できないが、まるで「兄の匂い」とでも言うべきものが彼女の心に広がった。胸が熱くなり、涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。

琴音はその感覚に驚きながらも、何故か心が軽くなった。長い間、心の中で重くのしかかっていたものが、海斗の手を握ることで、まるで解き放たれたかのようだった。そして、心の中で一つの確信が生まれる。彼が、もしかしたら「兄」なのではないか、という確信だった。しかし、何も言葉にできないまま、その確信が揺らいでいくのを感じていた。

「……」二人はお互いに、何も言葉を交わすことなく、ただ手を繋いだままで立っていた。時間が止まったような静かな瞬間。海斗もまた、心の中でその感覚を確かめることができないままでいた。彼もまた、「どこかで会ったことがある気がする」と感じていたが、それを言葉にすることができずにいた。

「これで診察は終わりです。」海斗はやっとのことで自分を取り戻し、彼女の手を放した。琴音もその手をそっと引き寄せ、少しだけ寂しさを感じたが、それを言葉にすることはできなかった。

「ありがとうございました。」琴音は微笑みながら、診察室を後にした。しかし、その後ろ姿を見送る海斗の胸の中には、何かが決定的に変わったような感覚が残った。彼は、ただその感覚が何かを解き明かすものであると信じたかった。しかし、確信を持つことはできなかった。

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