見出し画像

恋を挟んだバーガー②

第5章: バーガーの真実

理沙は、出来上がったバーガーをテーブルに置き、静かにその姿を見つめた。周りを見渡せば、他の参加者たちは美月をはじめ、色とりどりの豪華なバーガーを作り上げていた。華やかで洗練されたデザイン、完璧に層を重ねた具材。どれもが目を引く美しさを誇っている。理沙のバーガーは、その中でひときわ目立たない存在だった。

シンプルなバンズに、薄く切ったハム、レタス、トマト。ソースも控えめで、具材の色合いも地味だ。理沙は、これで本当に良かったのだろうか、と自問自答しながら手を動かす。美月のように華やかな飾りつけや豪華な食材を使って、見た目で驚かせることはできなかった。しかし、理沙の心の中には他の何にも負けない自信があった。

「私はこれが本当にやりたかったんだ。」彼女は思った。

彼女が作り上げたバーガーには、これまでの恋愛のすべてが込められていた。甘さ、苦さ、酸っぱさ。どれもが完璧なバランスではなく、少し歪んでいたかもしれない。それでも、それは理沙自身の気持ちを正直に表現するために選ばれた具材だった。

まず、バンズの柔らかさには、過去の恋愛の甘い思い出が込められている。薄くスライスされたハムは、理沙の片思いのような、触れることのない距離感を象徴している。レタスのシャキシャキとした食感には、初恋の青さと若さを感じさせ、トマトの酸味は、失恋の苦しさを表現している。そして、最後にほんの少しだけ加えたマスタードは、理沙が未だ抱え続ける心の中の「酸っぱさ」、傷ついた記憶を象徴している。

どこか不完全で、ぎこちない部分があった。それでも、理沙は心の中で自分に言い聞かせた。「これが私の恋愛だ」と。自分の素直な気持ちを形にしただけだったから、それが一番大事だと思った。

コンテストの審査が始まると、理沙は他の参加者と並んで待っていた。美月のバーガーがどんどん評価される様子を見て、理沙は少しだけ胸が苦しくなった。しかし、すぐにその気持ちを振り払うように、深呼吸をした。今は、自分の作ったものを信じるしかない。

審査員が一つ一つバーガーを手に取って、味を確かめていく。理沙のバーガーが目の前に出されると、審査員たちは少し驚いた表情を見せた。理沙が作ったバーガーは、美月のような完璧さはない。それは、一見して素朴であり、色合いもシンプルだ。だが、その食材が一口食べられるたびに、何か深いものが伝わってきた。

審査員の一人が口にした。「このバーガー、他のものと違って、すごく心に響く味がする。」

もう一人が続けて言った。「見た目はシンプルだけど、食べると、なんだか温かくて、懐かしい気持ちになる。」

理沙の胸が、じわりと熱くなるのを感じた。その言葉が、彼女の心にしっかりと届いた。「これが私の気持ちなんだ」と、改めて実感した瞬間だった。

そして、ついに審査が終わり、結果発表の時間がやってきた。緊張しながらも、理沙は自分の名前を待った。美月の名前が呼ばれたとき、会場が一瞬大きな拍手で包まれたが、理沙は焦ることなく静かに耳を澄ました。自分がどんな結果になっても、この瞬間が大切だと思えたから。

そして、予想外にも、理沙の名前が呼ばれた。

「優秀賞に選ばれたのは、理沙さんの『真実の恋愛バーガー』です!」

会場が一瞬静まり返った後、大きな拍手が沸き起こる。理沙は、驚きと喜びで立ち尽くした。美月が微笑みながら拍手を送ってくれたことに、さらに胸が熱くなった。理沙が作ったバーガーは、他の華やかなものと比べて、決して目を引く美しさはなかったかもしれない。しかし、その中に込められた誠実さと、自分の恋愛観を素直に表現したその心が、審査員の心を打ったのだ。

理沙は、初めて自分の気持ちを形にしたことに、深い満足感を覚えた。完璧ではなくても、自分の本当の気持ちを表現することが、何よりも大切だと気づいたからだ。そして、その気持ちが他の人にも伝わったことが、何より嬉しかった。

彼女の中で、恋愛の真実が少しずつ形を成し始めていた。

ここから先は

6,170字

¥ 200

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?