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未来を選ぶ声②

予知が重荷になる

光太郎が最も恐れていたことが、ついに現実となった。ある日、彼が耳にした声は、それまでのどんな予知よりも重く、深い響きがあった。「三咲は近々、大きな事故に巻き込まれるだろう。」その言葉は、まるで暗い霧に包まれるような不安を光太郎に与え、心の奥底に冷たい震えをもたらした。今まで予知してきた出来事は、どこか避けられる可能性があった。しかし、この予知はまるで運命が確定しているかのように感じられ、光太郎は無力感に襲われた。

光太郎は三咲を守ろうと決心し、何度も声をかけた。彼女に「今日は外に出るのを控えた方がいい」とか、「気をつけて帰ってね」と言ったりして、できる限り警告を発していた。しかし、三咲は明るく「大丈夫だよ、気をつけるから!」と笑って答えるだけで、光太郎の不安はますます募るばかりだった。彼の中で、未来を変えるために何かできるはずだという強迫観念が生まれていった。

そして、その不安が現実となったのは、ある雨の日だった。帰宅途中、三咲は滑りやすくなった歩道で足を取られ、突然転んでしまった。滑った拍子に、頭を強く打ってしまい、その場に倒れ込んだ。光太郎はその瞬間、心臓が止まりそうなほど驚いた。予知していたことが、まさにその瞬間に起こったのだ。しかし、彼が予知したからといって、それを防ぐことができなかった。自分がもっと早く警告をしていれば、もっと効果的に三咲を守れたのではないかと深く悔やんだ。

病院に駆け込んだ光太郎は、三咲が命に別状はないものの、重傷を負ったことを知ると、その悔しさと無力感が心に重くのしかかった。「もし、自分がもっと早く行動していれば、もっと早く注意を促していたら、あの事故を防げたのではないか?」光太郎は自分を責め、どうしてもその事実を受け入れられなかった。彼は予知の力があるにも関わらず、結果的に三咲を守れなかった自分の無力さを痛感した。

その出来事から、光太郎の心には深い疑念が芽生え始めた。予知が本当に彼を「選ばれた者」にしたのだろうか。それとも、彼の行動が何もかも決めてしまうのだろうか?未来を知ることで、他人の運命に干渉していることに対する恐れが、次第に彼を包み込んでいった。彼は他人の自由を奪っているのではないか、そんな思いが浮かび上がるようになった。三咲を助けようとしたことが、結局は彼女に過剰な注意を促し、逆にその行動が彼女を危険にさらす原因となったのではないかと思えてならなかった。

光太郎は、その力を使うことが恐怖でしかなくなり、予知の声が響くたびにその声を無視したくなる自分を感じるようになった。彼は「未来を知ることが怖い」と感じ始め、予知の声が今後も続くことに耐えられなくなるかもしれないという不安に駆られていった。予知を知ることで、未来をどうにか変えようとすればするほど、自分と周囲の人々の自由を制限してしまうのではないか。もし自分の力で、何もかも変えてしまうことが本当に「正しいこと」なのか、光太郎は次第にその力に対して恐れと疑念を抱き続けるようになった。

そして、何も知らない方が幸せだったのではないか、そんなふうに考えることさえあった。自分が未来を知ってしまったために、周囲の人々の運命を変えることに対して負担を感じ、彼の心は重く沈み、どんどんとその力が重荷に感じられるようになった。

希望の声

ある晩、光太郎が部屋で一人悩んでいると、突然、郵便受けに音がした。手紙が届いたのだ。差出人は不明で、ただひとつ、小さな便箋に丁寧に書かれた文字が光太郎の目に留まった。「君の声は未来を決めるものではない。君の行動こそが未来を作る。」

その言葉は、まるで彼が感じていた疑問を全て言い当てるかのように、胸にズンと響いた。光太郎は何度もその手紙を読み返し、言葉が深く心に染み込んでいくのを感じた。予知を通じて未来を変えようとしてきた自分、そしてその力に対する恐れと悩み。手紙に書かれた一文が、彼にとって新たな光をもたらしたような気がした。

「もし君が未来に影響を与えたくないのであれば、その力を使わなければいい。しかし、君の声が未来を変えるのではなく、君の心と行動が変えるのだ。」

その言葉が光太郎の胸に深く残った。予知することで未来を変えようとするのではなく、未来を変えるのは自分自身の心と行動だということに、光太郎はようやく気づいたのだ。彼は、未来を知ることで他人を操作しようとするのではなく、自分がどのように行動するかによって未来を形作ることができるのだと。予知が彼に与えたものは、必ずしも警告や指示ではなく、むしろそれを受けて自分の選択と行動を見つけ出すための「手助け」に過ぎなかったのだ。

光太郎はその夜、目を閉じて深く呼吸をした。少しずつ、彼の心の中で変化が起きていくのを感じた。今までのように「未来を知っているからこそ動かなければならない」という重圧に駆られるのではなく、「未来はどうなるか分からないけれど、今自分ができることは何か?」という問いかけが自然と心に湧き上がってきた。

次の日、光太郎は三咲のことを考えていた。先日、彼が予知した未来が現実となり、三咲を守ることができなかった自分の無力さに苦しんでいたが、もう一度その未来が目の前に浮かび上がると、光太郎は違ったアプローチを取ろうと決意した。未来を変えるために何かをしようとするのではなく、三咲に対して、ただ「気をつけてね」と声をかけること。過度に介入することなく、彼女が自分で気をつけるようにするだけで十分だと思った。

その日、学校帰りに光太郎は三咲を見かけた。彼女は普段通りに歩いていたが、光太郎は軽く手を挙げて、「気をつけて、今日は雨で道が滑りやすいから」と声をかけた。三咲は少し驚いたような顔をしてから、笑顔で「うん、ありがとう」と答えた。そして、ほんの少し注意深く歩きながら、無事に家に帰ることができた。

光太郎はその後、安堵の息を吐きながらも心の中で何かが変わったことを感じた。彼は、予知すること自体が目的ではなく、予知を受け入れて、その後どう行動するかこそが大切だと理解したのだ。三咲は事故に巻き込まれなかっただけでなく、彼女自身が気をつけて行動したことが、未来を変える力になった。そしてそれは、光太郎が他人を助けるために未来を知るのではなく、彼自身が信じる行動を通して未来を形作る力を持っているという証明でもあった。

光太郎は、その日から少しずつ心を軽くし、未来に対する恐れを抱くことなく、一歩一歩、自分の選択と行動で未来を切り開いていくことを決めた。予知を恐れたり、逃げたりするのではなく、その力を自分と周りの人々を助けるために使うことにした。そして、何よりも重要なのは、予知そのものではなく、予知をどう受け止め、それにどう向き合うかだということを彼は理解した。

自分の未来を切り開く

光太郎は次第に、予知の力に縛られることなく、それをただの「警告」として受け入れる術を身につけていった。最初は、その力をどう活かせばいいのか悩み、時には他人の運命を変えようと無意識に奔走することもあった。しかし、日々の経験の中で、彼は一つの重要な教訓を得る。それは、予知された未来に過度に囚われることが、自分自身や周囲の人々をかえって苦しめることになる、というものだった。

予知の声は、もはや単なる命令ではなかった。それは未来に起こり得る出来事を示唆する「ヒント」に過ぎないということを、光太郎は深く理解し始めた。例えば、駅前での事故やクラスメイトの体調不良を予知しても、それを無理に変えようとすることが、他人の選択を奪う結果になるのではないか――そう気づいた彼は、大切なのは予知の内容をどう受け止め、その後どのように行動するかだと心から感じるようになった。

「未来は決して決定されているわけではない。予知はただの道しるべに過ぎない。最終的に未来を形作るのは、自分自身の選択だ。」その思いが、光太郎の心を軽やかにした。予知に囚われることなく、自分が今できることに集中し、それに最善を尽くすことが何より大切だと理解したのだ。そして、彼はその考えを行動に移すことを決意した。

ある試験前、光太郎は再び予知の力が働くのを感じた。今回は試験問題に小さな誤りがあることを予知した。以前の彼ならそのことを周囲に伝え、友人たちに知らせていただろう。しかしこの時、彼は自分自身でその誤りを見つけ、解決することに集中した。試験中、注意深く問題を確認し、指摘すべき点は試験後に教師に報告した。結果として、彼のクラスメイトたちも自分の力で誤りに気づき、全員が良い結果を得ることができた。光太郎はそれを、予知によって与えられたものではなく、自分の力で切り開いた未来として受け入れた。

また、クラスメイトの佐藤が風邪を引くことを予知した時も、光太郎は無理に彼を止めたり、過剰に心配したりはしなかった。「少し休んだほうがいいよ」と軽く声をかけるに留め、佐藤自身が体調管理に気をつけるよう促した。その結果、佐藤は早めに休養を取り、体調が悪化する前に回復することができた。

こうして、光太郎は予知を「ヒント」として捉え、その後の行動で最善を尽くすことを選んだ。以前のように「未来を変えなければならない」というプレッシャーに縛られることはなくなった。未来がどうなるかを知ることができても、自分の行動によってそれを最良のものにする――光太郎はその重要性を実感していた。

光太郎の姿勢は、次第に周りの人々にも影響を与えていった。彼が他人の未来を無理に変えようとせず、自分の選択を尊重して行動する姿は、友人やクラスメートたちにも伝わり、彼の「予知の力」よりも、彼の「行動する力」に価値を見出すようになった。もはや「未来の声を聞く少年」として周囲に期待されることはなくなり、むしろ、予知の力に頼らず自らの力で未来を切り開いていく少年として成長していった。

町の人々との絆も深まっていった。光太郎が予知の力にどう向き合うか悩みつつ、自らの行動でその教訓を得たことは、周囲の人々に希望を与え、彼自身もその信念に基づいて行動することを学んだ。「未来を切り開くのは予知ではなく、行動だ」という強い意志を胸に、光太郎は自分の未来を信じて歩き始めた。

――完――

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