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雪女と口裂け女の恋活日記②

第五章:仮面の下の真実

再会、そして逃避
祭りの日、ユキの正体が明かされる騒動の中で、マユはリョウを見つけた。

彼は屋台の片隅で酒を飲みながら、静かに村の様子を眺めていた。

——あの頃と、変わらない。

懐かしさと緊張が入り混じる中、マユはそっと近づいた。

「……久しぶりね。」

リョウは驚いたように顔を上げた。

「……君は?」

マユは赤いマスクを指でなぞる。

「覚えてないかしら?」

リョウは彼女の声を聞いて、目を見開いた。

「まさか……マユ……?」

マユは微笑んだ。

「そうよ。」

しかし、リョウの顔色が変わったのは次の瞬間だった。

マユはゆっくりとマスクに手をかけ、それを外した。

——スッ。

夜の灯りが彼女の顔を照らす。

裂けた口元が、くっきりと浮かび上がる。

リョウの表情が、一瞬にして固まった。

「っ……!」

そして、次の瞬間——

彼は立ち上がり、その場から駆け出していた。

「……!」

マユは何も言えなかった。ただ、彼の背中が遠ざかっていくのを、じっと見つめるしかなかった。

胸が締めつけられる。

わかっていたはずだった。

——人間は、結局、私を恐れる。

彼女の心に残ったのは、ただひとつの事実だった。

「やっぱり……私は化け物なのね。」

ユキの励まし
マユは森の奥の廃屋へ戻ると、静かに座り込んだ。

膝を抱え、何も考えたくなかった。

どれほどの時間が経っただろうか。

雪が舞う中、静かな足音が近づいてきた。

「マユ……。」

その声に、マユは顔を上げた。

白い息を吐きながら、そこに立っていたのはユキだった。

「……励ましに来たの?」

「ええ。」

ユキは微笑み、マユの隣に座る。

「聞いたわ。リョウに正体を明かしたのね。」

マユは小さく頷いた。

「でも、結局、彼は逃げたわ。」

「……。」

「やっぱり私は、愛される資格なんてないのよ。」

そう言った途端、マユの胸に込み上げていたものが溢れ出した。

「ずっと、ずっと、夢を見てたの。リョウが私を受け入れてくれるんじゃないかって。でも、結局……彼も、他の人と同じだった。私を見て、怖がって、逃げて……。」

マユは涙をこぼすことはなかった。ただ、苦しげに口元を押さえ、震えながら笑った。

そんな彼女を、ユキはじっと見つめる。

「マユ。」

ユキはそっと、マユの手を取った。

「あなたの本当の美しさを見てくれる人がいるはずよ。」

「……そんなの、どこにいるのよ?」

「ここにいるわよ。」

ユキは優しく微笑んだ。

「私は、あなたのことを美しいと思うもの。」

マユの目が、かすかに揺れた。

「……ユキ……。」

「リョウがどう思ったかは、私にはわからない。でも……彼が逃げたのは、恐れただけじゃないと思うわ。」

「……?」

「マユは、自分のことを化け物だと思っている。でも、リョウにとっては、突然『昔愛した女』が『怪異』として現れたのよ。彼だって、混乱したはずよ。」

ユキは、そっとマユの肩に手を置いた。

「だから、もう少しだけ待ってみない?」

「……待つ?」

「彼が、本当にどう思っているのかを、確かめるために。」

マユは少し考えたあと、小さく息を吐いた。

「……そんなに簡単にいくかしら。」

「わからない。でも、あなたが本当にリョウを愛しているのなら、もう少しだけ、信じてみてもいいんじゃない?」

マユは俯いたまま、しばらく沈黙していた。

だが、やがて小さく頷いた。

「……わかったわ。」

再び訪れた男
数日後——

森の廃屋に、再び足音が近づいてきた。

マユは戸口に座りながら、静かにその気配を感じていた。

「……。」

ユキの言葉を信じて待ってみるとは言ったものの、どこかで「やっぱり、彼は戻ってこない」と思っていた。

だが——

「マユ……。」

聞き慣れた声がした。

マユはゆっくりと顔を上げた。

そこに立っていたのは、リョウだった。

「……リョウ?」

「……あのときは、ごめん。」

彼は息を整えながら、言葉を続けた。

「驚いたんだ。まさか、君が……こんな形で、俺の前に現れるなんて。」

マユは彼を見つめたまま、何も言わなかった。

「俺は、臆病だった。君の顔を見た瞬間、過去の記憶と、今の現実がぐちゃぐちゃになって……ただ、怖くて、逃げたんだ。」

彼は拳を握る。

「でも、逃げたあとで気づいた。……俺が逃げたのは、君の顔が怖かったからじゃない。」

マユの喉が、小さく鳴った。

「俺は、君に申し訳なかったんだ。君をあのとき、守れなかったことが……ずっと後悔してた。」

リョウはマユの前に膝をつき、真っ直ぐに彼女を見つめた。

「仮面の下がどうであろうと、お前はお前だ。」

マユの肩が、震えた。

彼はまだ、彼女の裂けた口元を見ている。

それでも、その目には、かつてのような温かさがあった。

「……私、ずっと……」

涙が、溢れた。

長い間、ずっと求めていた言葉。

「ずっと、その言葉が欲しかった……。」

リョウは微笑み、そっと彼女の手を握った。

「なら、もう泣くなよ。」

マユは彼の手を握り返し、泣きながら笑った。

こうして、彼女の長い孤独は、ようやく終わりを迎えたのだった——。

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