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もう一度、君と①

あらすじ

少年翔太がある夜、夢の中で幻想的な風景と謎めいた少女、彩花と出会う物語。
夢の中では自由にどこへでも行ける彩花と共に、翔太は現実では体験できない冒険を楽しむ。しかし、彩花は現実では病気で動けないことを告げ、翔太の心は彼女の切ない現実に次第に引き寄せられていく。

夢と現実の狭間で、翔太は彩花との特別な絆を感じながらも、その先に待ち受ける運命にまだ気づいていなかった。

第1章: 夢の世界の出会い

翔太は、何の前触れもなく眠りに落ちた。あの夜も、いつもと変わらぬ静けさの中で過ぎていった。昼間の疲れが心地よく体に染み込んで、彼はただそのまま夢の世界へと引き込まれた。何も特別なことがなかった平凡な一日が終わり、静かな夜が訪れた。日常の喧騒から解放されるように、翔太は深い眠りに包まれたのだ。

だが、目を開けた瞬間、翔太は目の前に広がる光景に完全に呑まれてしまった。自分がどこにいるのか、全く分からなかった。視界に入ってきたのは、青空に浮かぶ白い雲。そして、その足元にはどこまでも広がる柔らかな草原が広がっている。空気は驚くほど清々しく、どこからともなく花の香りがほのかに漂ってくる。音のない世界。風もなく、時間すら止まったかのような静寂が支配していた。

「ここは…?」翔太は自分に問いかけながら、立ち上がり辺りを見回した。目の前には無限に広がる大自然が広がり、心の中には不安と興奮が交錯していた。どうしてこんな場所にいるのか、どうして自分だけがここにいるのか、頭の中で様々な疑問が渦巻く。

その時、翔太はふと背後で気配を感じ、思わず振り向いた。そこには、長い黒髪の少女が静かに立っていた。彼女は風に髪を揺らしながら、ただ翔太を見つめている。その視線に、翔太は自然と引き寄せられ、心の中で言葉を求めていた。

「君は…?」翔太は驚きながらも、その少女に声をかけた。

少女は静かに微笑み、ほんの少し目を細めた。その笑顔には、どこか懐かしさと優しさが混じっていて、翔太は思わず安心感を覚える。「私は彩花。翔太君の夢の中に現れる存在。」

翔太はその言葉を聞いて、思わず息を呑んだ。夢の中で誰かと会うなんてことは、今まで一度もなかった。そして、こんなにリアルに感じる人物が、目の前にいることが信じられなかった。夢の中でここまで鮮明に感じる感覚があるなんて、翔太は理解できなかった。

「夢…?」翔太は半信半疑で問い返した。

彩花はゆっくりと頷き、穏やかな声で続けた。「そう、ここは翔太君の夢の世界。私は君の夢にしか現れない存在だから、現実では決して会えないの。」

「でも、どうして…?」翔太は困惑しながらも、その言葉をさらに掘り下げようとした。

その時、彩花の表情がわずかに曇った。彼女の瞳に一瞬、影が差し、その瞬間翔太の胸に奇妙な違和感が広がった。彩花は目を伏せながら続ける。「実は、私は病気で、現実の世界では体が動かせないの。」

翔太はその言葉を聞いて、何かが胸の中でひっかかるのを感じた。病気で動けない?それが一体どういうことなのか、翔太には全く想像がつかなかった。だが、彩花がその言葉を口にする時、彼女の瞳に宿った寂しさが、翔太の胸に深く響いた。まるでその寂しさが、翔太自身の心に染み込んでいくかのようだった。

「でも…ここなら、君は自由なんだね?」翔太は不安げに、けれども少し安堵したように言った。

彩花は微笑んで、静かに頷いた。「はい、ここなら何でもできるの。翔太君、夢の世界では私たちの想いが現実になるんだよ。」

その言葉に、翔太の胸は高鳴り始めた。ここでは、現実では絶対に叶わないことが可能だと感じた。それがどれほど素晴らしいことで、どれほど自由なことなのか、翔太は今まで感じたことのない興奮を覚えた。

「君と一緒に、どんな場所でも行けるんだね?」翔太は少し照れながらも、嬉しそうに尋ねた。

「もちろん。」彩花は明るく笑った。「翔太君、行きたい場所があれば、私がどこにでも連れて行ってあげる。」

翔太はその言葉に心の中でワクワクとした気持ちを覚えた。この夢の世界で彼女と一緒に過ごすことができるなんて、まるで夢のようだった。翔太はその瞬間、彩花に引き寄せられるような感覚を感じ始めていた。

「じゃあ、行ってみたい場所があるんだ。」翔太は少し恥ずかしそうに言った。「君と一緒に、ずっと歩き続けてみたいんだ。」

彩花はその言葉に心から微笑み、目を伏せながらも答えた。「私も、翔太君と一緒に歩きたい。でも、私はここにしかいられない。でも、翔太君が来るなら、どんな場所でも一緒に行けるよ。」

その言葉を聞いた瞬間、翔太の胸に甘酸っぱい気持ちが込み上げてきた。彼女と過ごすこの夢の世界が、現実のどんな場所よりも大切に感じられ、翔太はこの瞬間が永遠に続くことを願わずにはいられなかった。

しかし、翔太はまだ気づいていなかった。彩花が言った「病気で動けない」という言葉の裏に隠された、彼女の切ない現実。それが、翔太の心にどれほど大きな影響を与えることになるのか、その時の翔太には知る由もなかった。

第2章: 夢の中の冒険

翔太は、毎晩のように彩花と夢の世界に足を踏み入れるようになった。最初はただの不思議な出来事だと思っていたが、次第にそれが毎晩楽しみで、翔太は心の底からその瞬間を待ち望んでいた。夢の中で、彩花と過ごす時間が、現実のどんな瞬間よりも特別に感じられた。日常の喧騒や忙しさが、夢の中では何もかもが静まり、ただ二人だけの時間が流れることが、翔太にとって最も安らぐ瞬間だった。

「翔太君、今夜はどこに行きたい?」彩花は微笑みながら、翔太に問いかけた。その瞳には、まるで現実の世界に束縛されることのない自由さと、どこまでも優しさがあふれていた。

翔太は少し考えてから、嬉しそうに言った。「この前行きたかった山があったんだ。あの星空を見ながら、歩いてみたかった。」

彩花は「わかった!」と元気よく答えると、手を軽く翔太の手に重ねた。その瞬間、翔太の心臓が一瞬跳ね上がるのを感じた。夢の中でも、この距離感がこんなにリアルで、彼女の存在が近くに感じられることが、なぜだか嬉しくて仕方がなかった。

二人は一瞬で、山の頂上に立っていた。そこから見る夜空は、言葉で表現できないほど美しかった。無数の星々が瞬き、空が深い藍色に染まっている。翔太は目を見開き、その景色に圧倒された。星々はまるで翔太を誘うように、きらきらと輝いていた。その一つ一つが、どこか遠くから彼を見守っているような気がした。

「すごい…」翔太は呟き、ただ息を呑んだ。その瞬間、心の中で何かがふわりと広がるのを感じた。

「翔太君と一緒に見る星空は、もっと特別だよ。」彩花が優しく言うと、翔太は心の中で一瞬胸が熱くなるのを感じた。彼女の言葉には、ただの慰めではなく、深い意味が込められているように思えた。

その後、二人は夢の中で様々な場所を訪れた。昔行った海へ、翔太が幼い頃から憧れていた山々、そして幻想的な夜空に浮かぶ無数の星々…。どこもかしこも美しい場所ばかりで、翔太はただその場所にいるだけで、心が安らいだ。どんな場所に行っても、彩花と一緒なら、何も恐れず、ただ楽しむことができた。

ある夜、彩花は翔太を小さな島へと連れて行った。空中に浮かぶその島は、まるで夢の世界そのものだった。草木が優しく揺れ、花々が色とりどりに咲き誇っていた。その島の真ん中には、虹色に輝く泉が滝となって流れ落ちており、まるで時間が止まったかのような静けさと美しさに包まれていた。島全体が、まるで幻想的な楽園のようで、翔太はその景色に魅了されていた。

「翔太君、私が一番好きなのはここ。」彩花は少し恥ずかしそうに笑いながら、その泉の近くを指差した。翔太はその時、彩花の目に見える光景が、彼女の心そのものを表しているように感じた。彼女がどんなに強く、どんなに優しい存在であるか、翔太はその一瞬で理解した気がした。

「ここは…?」翔太はその場所に歩み寄りながら尋ねた。まるで夢の中の楽園のようなその光景に、言葉が出なかった。その空間には、どこか神聖なものが漂っていて、翔太の心が静かに震えた。

「私たちが約束した場所。翔太君と私だけの秘密の場所。」彩花は顔を赤らめ、少し照れくさそうに言った。その瞳には、真剣な光が宿っており、翔太はその一言で、心の中で何かが深く響くのを感じた。翔太の胸には、言葉にできない感情があふれてきた。彼女とこの場所を共有することが、どれほど大切なことなのか、心の底から理解した。

「ここが…僕たちの約束の場所か。」翔太は目を閉じて、その場所の空気を深く吸い込みながら、しばらく静かに立ち尽くした。その瞬間、胸の奥から何か温かい感情が溢れてきた。それは確かな「愛」だった。翔太はその感情が、夢の中でこそ育まれるものだと気づき、心が満たされていくのを感じた。

翔太はその時、彩花に対する気持ちを自覚した。彼女の笑顔、優しさ、無邪気な言葉…。すべてが翔太を強く引き寄せ、どんな現実よりも、この夢の中の時間こそが本当の幸せだと感じさせた。

「翔太君。」彩花はそっとその手を差し出した。「ずっと、一緒にいてくれる?」

翔太はその問いに一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。「もちろんだよ。君となら、どんな世界でも一緒にいたい。」その言葉は翔太にとって、ただの約束ではなく、心からの決意だった。彼は、これからも彩花と共に夢の中で過ごす時間を大切にし、どんな困難も乗り越えていくことを誓った。

彩花はその言葉に、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が、翔太の心を一層強く揺さぶった。その笑顔には、何も言わなくてもすべてが伝わってくるような温かさがあった。

その後も二人は、夢の中での冒険を続けた。どこに行くか決めるのは彩花で、翔太はただその世界を楽しんだ。時には、二人で星空を見上げながら静かに手をつなぎ、時には大きな滝の前でお互いに笑い合ったり…。どこへ行っても、翔太と彩花が一緒なら、どんな困難も怖くないような気がした。しかし、翔太はまだ知らなかった。この楽しい時間が、どれほど短いものであるかを。そして、彩花が抱える秘密が、どんなに大きな壁となるのかを…。

第3章: 目覚めた現実

翔太は毎晩のように夢の中で彩花と過ごしていた。夢の中で過ごす時間は、現実の重苦しさを一瞬でも忘れさせてくれる、かけがえのない時間だった。しかし、ある日、翔太は目を覚ますと、いつもより少し心が重いことに気づいた。夢の中の彩花の笑顔が、現実の自分を見つめていた。

目を覚ますと、いつもの朝の光が部屋に差し込んでいた。だが、その日は何かが違った。夢の中の彩花の顔が、目を閉じている間もずっと翔太の心に残り、まるで彼女が現実の世界にいるかのように感じられた。自分の周りの何もかもが遠く感じ、頭の中には彼女の声が響いているだけだった。学校へ行く準備をしながらも、翔太の心はずっと彩花に引き寄せられていた。

学校では、何事もないように友達と過ごしていた。翔太は表面上は普通を装っていたが、内心では心の中で彩花のことがぐるぐると回り続けていた。どうしてこんなにも気になるのか、自分でもわからなかったが、彩花が今、どこで何をしているのかが心配でたまらなかった。

翔太の親友、田中は、そんな翔太の変化に気づいていた。彼は翔太が最近元気がないことを心配しており、昼休みに少し声をかけた。「最近、元気ないな、翔太」と、いつものように軽く言ったが、その言葉には心からの優しさがこもっていた。

翔太は少し戸惑いながらも無理に笑顔を作った。「え? ああ、何でもないよ。」だが、その笑顔はいつもよりぎこちなく、心の中で彩花のことが頭から離れなかった。

田中はしばらく黙って考え込んだ後、「なんか悩んでるんだろ? 何かあったら言ってくれよ」と優しく言った。その言葉に、翔太は少しだけ心が温かくなったが、それでも彼女のことが頭から離れなかった。

放課後、翔太はいつものように学校の図書館で加藤と顔を合わせた。加藤は少し距離を置いているような感じがあったが、翔太が何かを尋ねると、意外にも彼は翔太をしっかりと支えてくれる存在だと感じていた。

「加藤、最近、変わったニュースとか、何か聞いた?」

加藤は少し首をかしげ、「変わったニュースって…」と考え込んだ後、思い出したように口を開いた。「ああ、そうだ。俺の親戚が、少し前に、遠くの町の病院で働いてるんだ。そこでちょっと有名な話になったことがあって。」

翔太は少し興味を持って聞いた。「それって、どういう話?」

加藤は真剣な表情で言った。「それが、彩花さんって名前の女の子が、今、かなり大変な病気で入院してるらしい。もちろん詳しくは知らないけど、病院内でもちょっと話題になってるんだよ。」

翔太はその言葉を聞いて、まるで心臓が止まったかのように息を呑んだ。「彩花…?」

加藤は驚いた表情を浮かべ、驚きながらも頷いた。「うん、彩花さん。君の知ってる彩花だよ。僕も、ちょっと調べてみたけど、確か遠くの『柳瀬(やなせ)病院』って所に入院してるんだ。」

翔太はその場で、まるで時が止まったかのように静かにしていた。柳瀬病院という名前は、翔太にとってまったく馴染みのない場所だった。しかし、彩花の名前を聞いた瞬間、その言葉が頭の中で繰り返され、心に重く響いた。彼女が苦しんでいる、そんな考えが翔太の心を突き刺した。

「…ありがとう、加藤。」翔太はその場を急いで立ち去った。自分でもなぜこんなに急ぐのか分からなかったが、ただ彩花がどうしても気になり、今すぐにでもその場所に行かなくてはならない気がした。

家に帰ると、母親の美佐子が夕食を作りながら言った。「翔太、今日学校どうだった? 何か元気ないように見えるけど。」

翔太は少し黙ってから答えた。「うん、大丈夫だよ。ただちょっと、考え事をしてて。」

美佐子は心配そうに見つめた。「あんまり無理しないでね。元気がないと、こっちまで心配になるから。」

翔太は母親の優しさに少しだけ胸が痛んだが、心の中では彩花のことがどうしても離れなかった。彼女のことを知りたくて、知りたくてたまらなかった。翔太の心の中で、彩花への思いが膨らみ続け、彼女の笑顔が再び浮かんでくるたびに、胸が苦しくなった。

その日の放課後、翔太はすぐに電車を乗り継ぎ、遠くの町へ向かった。柳瀬病院という名前が頭の中で何度も響き、彩花のことがどうしても心から離れなかった。車窓から流れる景色は、夢の中で見たあの景色と同じように美しいものだったが、それでも翔太はどこか心が落ち着かない。電車が目的地へ近づくたびに、胸の鼓動が速くなり、彼女のことを思わずにはいられなかった。

病院に到着したとき、翔太は病院の受付で、思い切って尋ねた。「すみません、『彩花』という名前の患者さんはここにいらっしゃいますか?」

受付の看護師は少し驚いた顔をしたが、翔太の真剣な表情を見て、静かに答えた。「彩花さんですね。彼女は長期入院されていて、今は207号室にお見舞いの方がいない時しか面会できません。」

翔太はその言葉を聞いて、胸の鼓動が激しくなるのを感じた。遠く離れた町の病院で、彩花が待っていると思うと、彼女に会えるのがどれほどありがたく感じた。

病室に足を踏み入れると、そこには静かな空気が広がっていた。彩花は白い布団に包まれ、眠るように静かに目を閉じていた。彼女の顔は穏やかで、まるで眠っているかのように見えたが、翔太の目にはその姿がどこか切なく映った。思わず、目頭が熱くなったが、翔太は必死にその感情を抑え、静かに歩み寄った。

翔太は息を飲んで近づき、静かに彼女の手を取った。彼女の手は冷たく、そして非常に柔らかかった。翔太はその手をしっかりと握りしめ、心の中で約束をした。

「彩花…僕が君を助ける。現実でも、どんな方法でも君のそばにいるよ。」

その瞬間、翔太の胸の中で強い決意が湧き上がった。夢の中だけでなく、現実でも彩花を支え、彼女と一緒に過ごす時間を増やすために、何かできることがあるはずだと強く感じた。

――続く――

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