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オレオレ詐欺 vs. 話し好きばあちゃん 〜5日間の攻防戦〜
あらすじ
詐欺師・矢崎翔は、オレオレ詐欺のプロだった。しかし、最近の取り締まりの厳しさに焦り、新たなターゲットを探していた。そこで目をつけたのが、78歳の独居老人・田村ツネ子。騙しやすいと思い電話をかけるが——彼女はとにかく話が長い。
「おばあちゃん、俺だよ! 事故を起こして……お金が必要なんだ!」
「まあ! ケンちゃん? あんた、久しぶりねぇ! 小さい頃は泣き虫だったけど、今も変わらないのねぇ!」
そこから始まるツネ子の終わらない昔話。矢崎は何度も話を遮ろうとするが、毎回話を持っていかれ、気づけば1時間、2時間……。詐欺を仕掛けているはずの自分が、ターゲットに翻弄され続ける異常事態に。
泣き落とし作戦も、脅し作戦も通じず、ついには4日目にして詐欺師のプライドが崩壊。
そして迎えた5日目——矢崎は、ついに本当のことを打ち明ける。
「……実は、俺、オレオレ詐欺師なんだ……」
だが、ツネ子の反応は意外なものだった。
「やっぱりねぇ!!」
まさかの、最初から気づいていた発言。
彼女は、詐欺と知りながらも、ただ「誰かと話したかった」のだ。
「ねぇ、あんた。詐欺なんてしないで、普通にお喋りしてくれない?」
矢崎は、初めて涙を流した。
それから数年後——詐欺から足を洗った矢崎は、高齢者向けの話し相手サービスの仕事に就いていた。そして今日も、ツネ子と電話をしている。
「今日はねぇ、商店街で面白いことがあってねぇ……」
ツネ子の話は、まだまだ終わらない——。
第一章:狙われたターゲット
矢崎翔は、電話詐欺のプロだった。オレオレ詐欺の世界に足を踏み入れて早十年。最初は小さな詐欺グループの末端として、電話のかけ方を学び、泣きの演技を覚え、金を騙し取るテクニックを磨いた。今では自らチームを率い、毎月百万円単位の金を手にしていた。
しかし、最近の風向きは悪かった。高齢者を狙った詐欺は社会問題として取り上げられ、警察の取り締まりが厳しくなっていた。詐欺グループの仲間たちも次々と逮捕されている。
「チッ……このままじゃヤバいな」
矢崎は薄暗いアパートの一室で、煙草をくゆらせながらリストを見つめた。狙いを定めたのは「田村ツネ子」という78歳の独居老人だった。固定電話を持っている老人は、今や貴重なカモだ。しかも独り暮らしなら、詐欺にかけやすい。
「このババアならイケる……簡単に騙せるはずだ」
矢崎は煙を吐き出し、指先で電話番号を押す。呼び出し音が二回鳴った後、かすれた女性の声が出た。
「はい、もしもし?」
チャンスだ。矢崎は一瞬息を整え、完璧な「孫の声」を作り出した。
「お、おばあちゃん、俺だよ! 事故を起こして……お金が必要なんだ!」
電話詐欺の基本は、相手に考えさせる時間を与えないことだ。孫の名前を相手に言わせる前に、こちらから誘導する。悲痛な声を作り、混乱させ、動揺させたところで金の話を持ちかける。それがセオリーだった。
しかし、次の瞬間——
「まあ! ケンちゃん? あんた、久しぶりねぇ! 小さい頃は泣き虫だったけど、今も変わらないのねぇ!」
「……え?」
矢崎の言葉が詰まる。ツネ子はまったく動揺していなかった。むしろ、心底嬉しそうな声で話し始めた。
「ケンちゃん、もう何年ぶりかしらねぇ! あんた、覚えてる? 小学校の運動会でね、リレーの途中で転んで、大泣きしながら帰ってきたのよ。あの時、あんたのママがねぇ……」
話が……長い。
矢崎は焦った。いつもなら相手が動揺して「えっ、本当にケンちゃん?」と聞いてくるものだ。そこを一気に畳みかけ、「警察には言わないでくれ」と頼み込むのが常套手段。しかし、この婆さんはそんなことはお構いなしに、矢崎の話を遮ってひたすら喋り続ける。
「……おばあちゃん、俺、今大変なんだよ……」
「まあまあ、大変ねぇ! でもさ、大変といえば、昔あたしが商店街の魚屋でバイトしてた頃ね、毎朝4時起きでねぇ……」
矢崎は唖然とした。この婆さん、自分の話をまったく聞いていない。
「いや、だから事故を……」
「そうねぇ、事故って怖いわよねぇ。昔、近所のタカシ君がね、三輪車で坂道を降りようとしてね……」
(ダメだ……)
電話詐欺はスピードが命だ。しかし、ツネ子は止まらない。まるで意図的に矢崎の話を遮っているようだった。
30分経過。
矢崎は汗をかいていた。こんなことは初めてだった。詐欺を仕掛けているはずの自分が、なぜかターゲットに振り回されている。
「……おばあちゃん、そろそろ……」
「えっ? もうこんな時間? もっと話そうよ!」
1時間経過。
矢崎は頭を抱えた。詐欺を始めてからこれまで、こんな経験は一度もない。
「こ、これ以上は無理だ……また明日電話しよう……」
まさかの敗退。矢崎は疲れ切った声でそう言い、そっと電話を切った。
「……なんなんだよ、あの婆さん……」
電話を置き、矢崎は深いため息をついた。明日こそは、必ず金を取る。そう心に決めながら。
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