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最後の狩人 〜文明を討つ野生の王~②

第4章:文明への挑戦

開発業者の怒り
朝日が差し込む開発現場は、惨憺たる有様だった。

 掘削機は燃料を抜かれ、ショベルカーのキャタピラは切り裂かれ、ブルドーザーは土砂の下に埋もれていた。道路は大木によって塞がれ、資材置き場は何者かに荒らされている。

 監督の男は、呆然と現場を見渡した後、怒りに震えながら怒鳴った。

 「誰がやったんだ!? こんなこと……!!」

 作業員たちは顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべている。

 「やっぱり、噂の“山の王”じゃないか?」
 「そんな馬鹿な……! たった一人で、こんなことができるわけがない!」
 「だが、これが三度目だぞ。しかも手口がどんどん巧妙になっている……」

 作業員たちの間には、不安と恐怖が広がっていた。

 監督は苛立たしげに携帯を取り出し、政府の担当者に電話をかけた。

 「もう限界です! これでは作業が進みません!」
 「……政府としても、すでに事態を重く見ている」
 「警察は何をしているんです!? こんなテロ行為を野放しにするつもりか!」
 「近々、対策を発表する。だが、それまで手を出すな」

 電話を切ると、監督は奥歯を噛みしめた。

 「……許さんぞ、“山の王”め」

指名手配される狩人
それから数日後、政府は正式に声明を発表した。

 「環境テロリスト『山の王』を指名手配」

 男の顔写真はなかったが、「森に潜む謎の過激派」という形で報道され、彼は反社会的勢力として名指しされた。

 「自然保護を口実にした犯罪者」「破壊工作を行う危険な人物」「警察は厳正に対処する」――メディアは一斉にそう報じた。

 警察のパトロールは強化され、山への立ち入り規制も検討され始めた。

 彼を捕らえろ。森を開発するために。文明を守るために。

英雄か、犯罪者か
だが、政府の思惑とは裏腹に、彼の存在はネット上で瞬く間に話題になった。

 「これ、本当に悪いことか? ただ森を守ってるだけじゃないのか?」
 「『山の王』ってヤバくね? 現代に蘇った原始人なの?」
 「まるで現代のロビン・フッドだな」

 匿名掲示板やSNSでは、彼を「環境の守護者」として称える者が現れた。
 一方で、「ただのテロリストだ」「こんなことを許せば社会は崩壊する」と糾弾する者もいた。

 都市の人々の間で、彼の存在が新たな問いを生んでいた。

 「文明は本当に正しいのか?」

 人間は便利さを追い求め、自然を切り崩し、技術を発展させてきた。
 だが、それは果たして人間にとって幸福な道なのか。

 男の行動は、静かにだが確実に、社会に疑問を投げかけていた。

密かな接触
そんな中、一人の記者が動いた。

 彼の名は 大塚圭吾。
 都市の大手新聞社に勤める記者で、もともと環境問題を扱う記事を書いていた。

 彼は政府の公式発表を見たとき、何かが引っかかった。

 「環境テロリスト……? だが、彼の目的はただ森を守ることじゃないのか?」

 政府の発表だけでは、男の本当の意図は見えてこない。
 ならば、直接話を聞くしかない。

 彼はあらゆる手を尽くし、森に住む若者たちと接触した。
 そして、ついに「山の王」との密会の約束を取り付けた。

狩人の言葉
その夜、山奥の洞窟で、大塚圭吾は男と対峙していた。

 男は焚火の前に座り、静かに記者を見つめている。
 その目には、一切の迷いがなかった。

 「……なぜ、ここまでして森を守るのですか?」

 記者が問いかけると、男はしばらく黙っていた。

 そして、低く静かな声で答えた。

 「俺は自然の声に従うだけだ」

 「自然の声?」

 「風が囁き、川が語る。獣たちは大地の鼓動を感じ、森はそれに応えている。だが、人間だけが、その声を聞こうとしない」

 男の手が、ゆっくりと土をすくった。

 「人間は、自然を支配できると思っている。だが、それは錯覚だ。いずれ、そのツケを払うことになる」

 記者はその言葉を、じっと噛み締めるように聞いた。

 都市に生きる者たちは、森が破壊されることに何の疑問も抱かない。
 それが「発展」であり、「進歩」だと信じ込んでいるからだ。

 だが、男の言葉には、原始の時代から生きてきた者だけが持つ、揺るぎない真実が込められていた。

 大塚圭吾は、確信した。

 「この話を、世界に伝えなければならない」

波紋が広がる
後日、大塚圭吾が書いた記事は、瞬く間に世間を騒がせた。

 「環境テロリストか、それとも救世主か?」
 「森を守る『山の王』の真実」

 記事には、男の言葉がそのまま掲載されていた。
 彼がただ破壊を楽しんでいるのではなく、本当に森の声に従い、未来を守ろうとしていることが綴られていた。

 都市の人々の間で、議論が巻き起こる。

 「確かに……俺たちは森のことを何も知らないのに、開発を当然のことだと思っていた」
 「山の王は間違ってない。でも、このままじゃ政府に潰される……」
 「人間は自然を支配できない……か。そうかもしれない」

 彼の行動は、次第に大きな影響を与え始めていた。

 政府の計画は見直しを迫られ、企業は彼の妨害を阻止するためにさらなる手を打とうとしていた。

 文明 vs. 原始の叡智。

 戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。

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