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一蹴で世界が変わる

あらすじ

蒸し暑い夏の午後、エリオは町外れの廃墟で偶然石ころを蹴り、それが路地裏の若者たちに転がり込む。これをきっかけに、即席の「石蹴りゲーム」が始まり、エリオとリーダー格のカイルを中心に路地裏が活気づく。無言のまま石を蹴り続ける彼らの様子に近所の人々も次第に興味を示し、単なる石ころが新たな遊びを生み出すことになる。これが、彼らの新しい「ゲーム」の始まりだった。

第一章: 偶然の一蹴

蒸し暑い夏の午後、重たい空気が町外れの廃墟を包み込んでいた。エリオはその場所をよく知っていた。学校にも家にも居場所が見つからない彼にとって、ここは唯一心を静める場所だった。雑草が生い茂り、壁には色褪せた落書きが散らばる無人の建物。崩れたブロック塀を蹴りながら歩くエリオの目に、ふと足元の石ころが映った。彼は気まぐれにそれを蹴り飛ばした。

「カツン」と乾いた音を響かせて、石ころは埃っぽい路地を転がっていく。エリオの視線を追うように、その石はやがて路地裏でたむろする数人の若者たちの足元に止まった。彼らは肌を焼いた褐色の腕を見せつけるようにタンクトップを着込み、それぞれ無言でエリオを睨みつけた。

「なんだよこれ?」リーダー格と思われる青年、カイルが低い声で呟いた。彼は背が高く、鋭い目つきの中に何か楽しげな光を宿している。カイルは靴の先でその石をつつき、そして突然それをエリオの方へ蹴り返した。反射的に足を出したエリオは、その石を軽く返す。すると、カイルがにやりと笑みを浮かべた。

「おい、お前。石蹴りくらいできるんだな?」

その瞬間、場の空気が変わった。たむろしていた他の若者たちも興味を示し、エリオを中心にゆっくりと円を描くように集まってきた。言葉は交わされずとも、彼らの中に何かが芽生えているのをエリオは感じた。それは退屈を打ち破る何か、新しい遊びへの期待だった。

カイルは足元の石を拾い上げ、適当に地面に放ると叫んだ。「ルールなんていらねぇ! ただ蹴り続けろ!」彼の言葉が合図となり、若者たちは一斉に動き出した。狭い路地は即席のフィールドと化し、足元の石をめぐっての熱い攻防戦が始まった。最初はカイルたちだけだったが、物音を聞きつけた近所の子供たちや通りかかった人々も徐々に集まり始めた。

「ちょっと待て、チーム分けしようぜ!」
誰かの声が上がると、その場で適当にメンバーが割り振られた。エリオはカイルのチームに加わることになり、無言のまま彼の横に立つ。指示はない。ただ、石を追いかけ、蹴り、守り、繋ぐ。それだけだ。

ボールではなく石という不安定な存在が、プレイを一層予測不可能なものにしていた。石が転がるたびに歓声が上がり、蹴るたびに砂埃が舞い上がる。エリオは無我夢中だった。汗が背中を流れる感覚すら忘れ、ただ足元の石と周囲の動きだけに集中していた。

「お前、意外とやるじゃねえか!」
試合の途中、カイルが笑いながら声をかけてきた。エリオは驚きと共に少しだけ胸が高鳴った。それは、これまでどこにも見つけられなかった居場所の手応えだったかもしれない。

やがて、陽が沈み始め、空が赤く染まっていく。路地に集まった人々の顔も次第に見えなくなる中、それでも彼らは蹴り続けた。この一瞬が、この石ころが、エリオとカイル、そしてこの路地にいる全員をつないでいるような気がしたからだ。

これが、彼らの新しい「ゲーム」の始まりだった。

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