
君と初めての恋②
第4章: ひとつの約束
夏休みが近づくにつれて、由紀と大翔の距離は日に日に縮まっていった。昼休みや放課後、図書室や教室での何気ない会話が次第に楽しみになり、二人の間には、静かながらも確かな絆が芽生えていた。大翔が話す言葉が少しずつ増え、由紀も彼と過ごす時間がどんどん心地よくなっていた。
ある日の放課後、由紀は勇気を出して、大翔に提案をすることに決めた。その日は、他のクラスメイトが部活に行っている中、二人だけが残っていた。大翔はいつものように、黙々と机の上で課題に取り組んでいたが、由紀はその横に座りながら、話しかけるタイミングを見計らっていた。
「ねえ、大翔くん、夏休みに一緒に祭りに行かない?」
由紀が静かに声をかけると、大翔は驚いた顔を一瞬見せたが、その後、すぐに無表情に戻った。しかし、由紀の心はその一瞬でドキドキと鼓動が早くなった。大翔は何を考えているのかが分からず、少し緊張していたからだ。
「祭り、か。」大翔はしばらく黙ってから、そう言った。由紀はその言葉に少し不安を感じたが、すぐに気を取り直して続けた。
「うん、みんなで行こうよ!楽しいと思うよ!花火もあるし、屋台もいっぱいだし…それに、いい思い出になると思うし。」
由紀の目を見つめながら、大翔は少し考え込むように沈黙を保った。由紀はその間、心の中で何度も自分を励ましていた。「きっと大翔くんなら、行ってくれるはず…」と自分に言い聞かせていた。
そして、やっと大翔がゆっくりと口を開いた。「いいよ、行こう。」
その一言が、由紀の胸を温かい気持ちで満たした。思わず、顔がほころんでしまった。大翔が答えてくれたことが信じられないほど嬉しくて、心が一気に明るくなった。夏休みに二人で過ごす時間が現実になったことに、由紀はすぐに実感が湧いてこなかった。
「本当に?ありがとう、大翔くん!」由紀は自然に笑顔を見せ、大翔も少しだけ照れくさそうに顔を逸らした。
その日の放課後、二人は久しぶりに軽くおしゃべりをした。いつもの静かな会話が、今日は少しだけ弾んでいた。大翔が、何気ない話題に反応を示すたびに、由紀は嬉しさがこみ上げてきた。これからの夏休みに、もっといろいろなことを一緒に過ごすことができるかもしれないという期待が胸に広がった。
祭りの日が近づくにつれて、二人の心の中には不安と期待が入り混じった気持ちが生まれていた。由紀は、何度も浴衣を選ぶことを考え、大翔も浴衣を着ることを楽しみにしていた。祭りの日が待ち遠しくてたまらなかった。
そして、ついに祭りの日。暑い夏の夜、屋台の灯りがあちこちに灯り、賑やかな音楽と人々の笑い声が響く中、由紀と大翔は祭りの会場で待ち合わせをしていた。由紀は少し緊張しながらも、浴衣を着て待っていた。大翔も、普段の無表情な顔とは違って、少し照れた様子で由紀に近づいてきた。
「大翔くん、浴衣似合ってる。」由紀は思わず言ってしまい、大翔はちょっとだけ顔を赤くした。
「そう?」大翔が少し照れくさい声で答えた。それだけで、由紀の胸は温かくなった。二人はお互いに少し照れながらも、一緒に歩き始めた。花火が上がり、夏の夜空に美しい光が広がる中、二人は静かに並んで歩いた。
そして、花火が最高潮に達したとき、ふと、大翔が由紀の方を見た。その目が少し柔らかくなっているのを由紀は感じた。そして、何の前触れもなく、大翔はそっと手を伸ばして、由紀の手を取った。
その瞬間、由紀の心は一気に弾けるような気持ちになった。手のひらが温かくて、少し震えるような感覚が広がった。花火の明かりが二人を照らし、その静かな瞬間がまるで永遠のように感じられた。由紀はその手をしっかりと握り返し、二人だけの世界ができたように思えた。
「ありがとう、大翔くん…」由紀は小さな声で、思わず言ってしまった。大翔は無言で頷き、二人の手がしっかりと繋がれていることを確かめるように握り返してくれた。
その夜、二人は初めて本当に心を通わせ、未来に向けて少しずつ歩き始める決意を胸に抱えていた。
第5章: 祭りの後
夏祭りの喧騒が静まり、夜空に咲いた花火が最後の煌めきを放って消えていった後、由紀と大翔の関係は確実に変わり始めた。祭りの日、浴衣を着て一緒に歩き、手をつなぎ、花火を見上げたその瞬間、由紀は心の中で強く感じた。「これが初めての本当の気持ちなんだ」と。初めて感じたあたたかな手のひらのぬくもり、そして二人の間に流れる静かな空気が、由紀にとってはまるで一つの約束のように感じられた。
その夜、大翔が帰る途中、由紀の携帯にメッセージが届いた。
「今日はありがとう。とても楽しかったよ。」
そのメッセージを見た大翔は、ほんの少し顔が熱くなるのを感じた。何度も何度もそのメッセージを読み返しながら、彼の胸は少しだけ高鳴っていた。今まで一度も誰かにこんなふうに感謝されたことがないような気がしたからだ。由紀からの言葉が、大翔の心に温かさをもたらし、普段はあまり見せない感情を引き出した。
「うん、僕も楽しかった。」
その後、二人はメッセージを何度も送り合った。最初はお互いに気を使いながらだったが、次第に自然に、まるでずっと前からの友達のようにやり取りが続いた。ほんの些細なことで笑い合い、たまには疲れた一日のことを話し、時折、些細な言葉で励まし合うようになった。メッセージを交換するたびに、二人の間には少しずつ、けれど確実に、見えない絆が深まっていった。
そして、次の日の学校では、二人の関係の変化が周りにも少しずつ見え始めていた。昼休み、由紀と大翔が一緒に食堂で食事をしたり、図書室で並んで本を読んだりしているところを、クラスメイトたちは気づいていた。しかし、あまりにも静かで目立たない大翔と、明るくて活発な由紀の組み合わせに、周りは最初少し戸惑った様子だった。
由紀はそのことを、少し心配していた。大翔が他のクラスメイトたちと関わることが少なく、どこか孤立していることを気にかけていたからだ。特に、大翔はその性格上、無理に社交的に振る舞うことはなく、周囲と馴染むのが苦手だった。それに、由紀と一緒にいることで、何か嫌な思いをしているのではないかと心配になることがあった。
ある日の放課後、二人が一緒に帰る途中、由紀はふとそのことを口にした。
「ねえ、大翔くん、他のクラスの子たち、私たちが一緒にいることに気づいてるみたいだけど、大丈夫?」
由紀は少しだけ不安そうな表情を浮かべながら聞いた。大翔はその質問に少し驚いた顔をしたが、すぐに自分なりの答えを返してきた。
「うん、別に気にしてないよ。」
その声はいつも通りの落ち着いたものだったが、由紀は少し安心した。彼が心の中で、自分と過ごす時間に対して特に不安や嫌な思いを抱いていないことが伝わってきたからだ。大翔が自然にそう答えたことが、由紀には嬉しく、また少しだけほっとする瞬間だった。
「でも、もし他の人が何か言ったりしたら…」由紀は続けると、ふと心配そうに言葉を重ねた。自分が大翔に迷惑をかけていないか、気を使っていたのだ。
「気にしない。」大翔は静かに、しかし確かな言葉でそう言った。その言葉には、少し強さを感じた。周りの目を気にすることなく、自分の気持ちを大切にしているという、彼なりのやさしさがにじみ出ていた。
その言葉に、由紀はさらに安心した。大翔が心の中で何を思っているのか、完全に理解することはできなかったけれど、彼が周囲の意見や、二人の関係に対して冷静であることがわかるだけで、由紀の不安はすっと消えていった。彼がどんなに無愛想であっても、どんなに周りと関わらなくても、由紀にとって大翔との関係は大切で、確かなものだと感じていた。
だが、由紀の心の中には、まだひとつだけ解決していない疑問が残っていた。それは、大翔が本当に自分のことをどう思っているのか、ということだった。二人の関係は確実に深まっているし、楽しさや心の温かさを感じることは増えていた。しかし、大翔は一度も自分の気持ちを言葉にしてくれない。手をつなぎ、何度も一緒に過ごしているのに、彼の心の中にある本当の気持ちが見えないことが、由紀の胸に不安として残り続けていた。
「大翔くん、どうして私にあまり気持ちを言葉で伝えてくれないのかな…?」由紀は心の中でその疑問を繰り返しながら、彼の顔を見上げることが増えた。しかし、その答えはまだ、彼の口からは聞けていなかった。
第6章: 初めての誤解
ある日の昼休み、由紀と大翔は図書室で静かに過ごしていた。二人はいつものように、隣り合って机を並べ、宿題を片付けていた。心地よい静けさの中、ふと大翔が手を止め、視線を遠くに向けた。まるで何かに思いを馳せるように、彼はしばらく黙っていた。由紀はその様子を見て、何かがいつもと違うことに気づいた。
「大翔くん、どうしたの?」由紀は心配そうに声をかけた。
大翔は少し間を置いた後、低い声で言った。「由紀、僕、ちょっと…帰りたい。」
その言葉に、由紀は驚いた。二人は普段からお昼休みを一緒に過ごすことが多かったから、急に帰りたくなるようなことはあまりなかった。由紀は何も言わず、ただその様子を見守った。大翔はゆっくり立ち上がると、軽く肩をすくめて、また一言つぶやいた。
「うん、ちょっと気分が悪い。」
由紀はすぐに立ち上がろうとしたが、大翔はすぐに手を振り、制止した。
「大丈夫だよ、心配しないで。」その言葉が、どこか遠回しに聞こえた。いつもの冷静で落ち着いた大翔の声が、今日は少し力なく感じられた。
「でも…」由紀は言葉を続けようとしたが、大翔はそれを遮るように、急いで部屋を出て行った。その背中がどこか寂しげに見えた。
その後、由紀はずっと大翔のことが気になって仕方なかった。彼が急に帰った理由がわからないまま、心の中で様々なことを考えてしまった。もしかして、自分が何かを言い過ぎたのだろうか?それとも、昨日のことが彼にとって重くなってしまったのだろうか?一人で不安な気持ちが膨らんでいく中、由紀はどうしてもその疑問を抱えたままにできなかった。
その日の放課後、由紀は悩んだ末、大翔にメッセージを送った。
「今日、急に帰っちゃったけど、大丈夫?」
しばらくして、大翔から返信が届いた。「うん、大丈夫だよ。ありがとう。」
その短い返信を見て、由紀は少しだけ寂しさを感じた。彼の言葉には温かさが足りないように思え、心の中で「それだけ?」と呟いてしまった。もっと何か聞きたかったけれど、返事はそれだけだった。由紀はしばらくその画面を見つめていたが、結局は何も言わずに携帯を閉じた。
次の日、大翔はいつも通り学校に来たものの、どこか元気がないように見えた。顔色が少し悪く、表情が冴えない。由紀はその様子に気づき、「昨日のことが原因?」と心配になった。もし、大翔が何かを抱えているなら、それを少しでも聞いてあげたかった。けれど、どう声をかけたらいいのか、由紀は迷っていた。
放課後、大翔が教室を出ようとした時、由紀はその背中に声をかけた。
「ねえ、大翔くん、昨日のこと、気にしてる?」
大翔は驚いたように振り向いたが、すぐに表情を柔らかくした。「別に、気にしてないよ。」その言葉はいつも通りの冷静な口調だったけれど、どこか一歩引いているようにも聞こえた。由紀はその返事に少し安堵したが、心の中では何かが引っかかっていた。大翔が「気にしてない」と言うのなら、それで良いはずなのに、なぜか胸がすっきりしなかった。
その夜、由紀は再び大翔にメッセージを送った。
「本当に大丈夫?何かあったら話してね。」
少し時間が経った後、大翔から返事が来た。「ごめん、昨日はちょっと考え事してて…。由紀に心配かけたくなかったんだ。」
その言葉を見た瞬間、由紀はほっと胸を撫で下ろした。「そうだったんだ…。でも、心配だから、いつでも話してね。」と返した。大翔が心配をかけたくなかったというその気持ちに、由紀は少しだけ嬉しさを感じ、安心した。
その後、大翔からはすぐにメッセージは来なかったが、翌日学校で会ったとき、大翔はいつも通り、由紀に微笑んでくれた。
「ありがとう、由紀。」その言葉と共に、彼の顔に小さな笑顔が浮かぶ。普段の無表情とは少し違う、ほんのりとした優しい表情に、由紀は胸の中で温かなものが広がっていくのを感じた。それは、大翔が少しずつ自分の気持ちを伝えてくれている証拠だった。
――続く――