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vol.003 ふとした事で目覚める

せーの、で重いシャッターを持ち上げると頭にパラパラと錆の粉が降りた。

所々塗装も剥げて、随分年季がいってるが、大丈夫。まだまだ使えそう。

ボクが店舗を借りる以前は、TATTOOショップが20年営まれていたと云う。その前はスロット。も一つ遡ってダンスクラブ。

その間、大勢のやんちゃなアメリカ人があらゆる目的でここを出入りした筈だが、業種が入れ替わる30年以上、このオンボロシャッターは店を守り続けたんだと思うと却って頼もしく思えてくる。

手をはたいて振り返ると、ゲート通りが、朝陽をキラキラと照り返している。

滑走路よろしく、銀色の通りは勢い良く一直線に伸びて、見通しが良い。街の利用の割にはかなり広く設けられている。

比べてはなんだけど、人も車両もへし合って進む那覇の国際通りとは対照的だ。脇に立ち並ぶ、新旧入り乱れの横文字ネオン看板の風情も手伝って、ここが我が国の規格で作られた街じゃない事が嫌でも解らされる。

「とことんアメリカ様に差し出された街なんだぜ」

悪態じみた台詞で独り言ちて、さぁ荷解きの続きと店に立ち入る。

埃っぽい店内に、山と積んだ資材の箱、箱、箱。ピカピカの作業台。下し立てのエプロン。ドイツで作られたマシンの数々。

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ようやく物件が決まった安堵も束の間。肝心なオープン準備が駆け足で進められていた。

通りに横付けのトラックから作業員が次々出入りする。床が削られ仕切りが砕かれ、あばた面のコンクリ壁が滑らかに馴らされてゆく。がらんどうの空間が、見る見るキッチンに成っていく様を荷物をバラしながら、ボクは激しく胸を高ぶらせ眺めていた。

1か月後。ここにボクのソーセージショップがオープンする。

下積みばかりの人生を歩んできたこのボクが、いよいよ看板を掲げ、堂々世間に胸を張る。

怖さはなかった。それ以上に悦に入っていた。

この道に携わる以前の無気力なボク。夢も持てず、暗い穴から這い出せずにいる様な、まるでボクばかり日陰に突っ伏し過ごす思いだった。

それがどうだい。今や一国一城の主だ。ここから人生が動き出すと確信し、武者震いした。

報われて来なかった、と嘆く卑屈で独りよがりな感情が、希望と入り混じって熱く胸を満たすのを感じた。

そうこうしていると現場から作業員が一人減り一人減りしてゆく。気付けばもう昼飯時だと云うので、つられてボクも腹ごしらえへと繰り出した。

適当な弁当は近所で買えるが、この機会に周辺をぶらついてみようと何となしに、裏手に足を踏み入れて驚いた。

自身の店舗その逆側に、精肉店が在る。ソーセージ屋と肉屋が壁一枚隔てた裏表に位置しているのだ。

その偶然に肌が粟立つのを感じて、思わず店主に駆け寄り、興奮任せに手を握った。

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「ご主人初めまして、来月からすぐそこでソーセージ店を始める者ですが」

肉屋は「普久原精肉店」の屋号で二代に渡り60年近く営む筋金入りだ。

アメリカ文化根強いこの地域に佇み、半世紀以上も地元の食卓と文化を支えて来た。

60年。半端ない継続だ。ボクの店舗の倍近い年月、この店は此処に在る。

親父さんは、ボクが捲し立てるのをにっこりそうかと頷いて、「持ちつ持たれつだね。よろしくね」と投げかけ、肩を叩いた。

軽い挨拶のつもりの常套句。親父さんにしてみればそんな風だったのかもしれないが、言葉に当てられ、ボクは思わず黙ってしまった。

「持ちつ持たれつ」。「互いに助けたり、助けられたり」、と云う意味だ。

正直、ボクはどうも苦労を潜り抜けて来た実感ばかりを語りたがって、縁や関係性を置き去りに、独善的に物事を捉えがちじゃあないだろうか。

誰かの存在が在って自身が引き立つ。ボクの存在が誰かの力に変わる。

独りよがりの自己表現以上に、互いに求め合ってこそ、の客商売だ。ボクがこれからやろうと云うのはそう云う事だ、

温かな感情を相互に通わせる。そんな姿勢を示せないようでは近くに居ようが、居ないも同然。もっと言えば、街に在って、無いも同然。何処まで行っても孤立する事になる。

そう気付いてやっと恐怖がふつふつ芽生えて来て、目が覚めた様になった。

戦後から現代に至るまでの75年、突如アメリカと歩むこととなったコザの街だってきっと、逞しく、そして柔軟に「持ちつ持たれつ」を築いて来た。「差し出した」、のではない。「求め合って来た」、のではないか。街から求められる、店の在り方をふと想った。

まずはボク自身が求めること。

TESIOを街へと繋げる第一歩として、加工肉の原材料、その主たる精肉。仕入れの生命線とも言うべき繋がりを、街に頼もうと決めた。

裏手から、ソーセージ屋に肉が運ばれる。

安い脚本の様に、あまりに出来すぎて笑えるが、尚更この土地に呼ばれた心持がして、きっと全て上手く行くように思えた。

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【嶺井大地 プロフィール】
1984年那覇生まれ。2017年沖縄市にて、ドイツ製法による自家製ハムソーセージ専門店TESIO(テシオ)をオープン。2019年にはドイツで開催される国際コンテストIFFA(イーファ)にて、沖縄県内初となるゴールドメダルを獲得。2020年、24の専門店によるコザの街歩き企画「KOZA SUPER MARKET」を主催し4,000人を動員。現在も街の盛り上げに夢中で取り組む。


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