vol.038 タマリンド食堂
タマリンド食堂の永田かな子さんと出会ったのは、5年ほど前のこと。
2017年、かな子さんは石垣市内にスパイスカレーのお店「タマリンド食堂」をオープンさせた。私もカレーを食べに行く島民の中の1人だった。オープンから1年半が経ったころ、かな子さんの子どもがまだ幼く手がかかったことから、もう少し静かな場所に移転したいと思うようになり、2018年の末に店を閉めた。その後は、プライベートや結婚式などでの出張ケータリングサービスや、オフィスへのお弁当販売、カレーのレトルトパック製造などで料理を提供したり、畑の植物をつかい、「島コーラ」などの加工商品開発にも取り組んだりしている。現在は、「タマリンド食堂」として活動できる新たな場所作りも行っている。
先日、「タマリンド食堂」の冊子用写真撮影に彼女の作業場、新たな場所へと行ってきた。
市街地からは車で約20分ほどのところにある緑に囲まれた静かな場所だ。階段を登った先には、キッチンのある作業部屋があり、大工さんのパートナーが作った家具などが無造作に置いてあった。計り売りができるようにとスパイスや豆などの材料が入れられたガラスの瓶が、壁沿いに置かれた木製の棚に並んでいた。スパイスの香りがほんのり漂う味わい深く落ち着く空間だ。
チキンカレーと挽き肉を使ったキーマカレーの2種類のカレーを作る過程を追って撮影した。
フライパンの底ではぜるスパイスは、辺りの空気をあっという間に異国の香りへと塗り替え、プチプチと歌うような音を奏でながらオイルの中で踊っていた。
かな子さんが料理をし、私が撮影をしながら、お互いの近況を報告しあったり、子どもたちの成長について話したりした。どれだけ子どもたちとの時間を作ったら良いのか、仕事に追われる暮らしの中では正解は見つからない。その後も、明確な答えのない事柄についてたんたんと話し続けた。島を離れる知人や友人がつづく昨今、島に暮らし続けるということ、コロナについて、子どもたちの未来について、歳をとっていくことについて。
「スパイスの配合とか、料理の方法とか、『これで完成』っていうのが分からないんだよね。いつもこれで良いのかな?って思っている」というかな子さんが放った言葉に心が反応した。「あ、そうか、私たちは、答えが見つからなくても良いんだ。心配しなくても大丈夫なんだ」とざわついていた心が不思議と落ち着いた。
その日は、大きなハプニングも、お腹を抱えて笑えるようなことも、泣ける感動的なこともなかったけれど、撮影後にピリリとスパイスの効いたカレーを食べながら、充実した心持ちになった。
かな子さんは、車に乗り込む私を見送り、「ありがとう」と何度も言い、車が発進した後も道沿いに佇み手をふってくれた。
帰りの車の中で、明確な答えのない数々のことがらに想いをめぐらせてみた。
「まぁ、いいか。大丈夫」
遠くに見える山並みと曇り空から時折さす太陽の光のすじを眺めながら、そんな言葉を呟いていた。窓を開けると少しひんやりとした八重山の冬の風が手の甲を優しく撫でた。
【水野暁子 プロフィール】
写真家。竹富島暮らし。千葉県で生まれ、東京の郊外で育ち、13歳の時にアメリカへ家族で渡米。School of Visual Arts (N.Y.) を卒業後フリーランスの写真家として活動をスタート。1999年に祖父の出身地沖縄を訪問。亜熱帯の自然とそこに暮らす人々に魅せられてその年の冬、ニューヨークから竹富島に移住。現在子育てをしながら撮影活動中。八重山のローカル誌「月刊やいま」にて島の人々を撮影したポートレートシリーズ「南のひと」を連載中。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?