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vol.010 暮らしの蕾

沖縄市は園田という集落にある、一軒の古民家へやって来た。

庭で月桃(げっとう)を収穫していたのは、吉本 梓(よしもと あずさ)さん。彼女はここで、主に月桃を用いた物づくりをしている。

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ウチナーンチュにはお馴染みの月桃だが、県外の方は聞き慣れないかもしれない。桃色の小さな蕾をつける、沖縄に自生するショウガ科の多年草だ。

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ポリフェノール豊富な実を煮出して健康茶にしたり、防虫・消臭効果のある葉でムーチー(餅)を包んだり、精油を抽出してアロマにしたり… この島の暮らしに古くから欠かせない植物だ。

僕が営む店「Proots」ではこれまでに、月桃茶パックや、月桃成分を用いたルームスプレー、化粧水などを取り扱ってきた事もあり、馴染み深い存在だった。

今年5月、浦添市にあるサンエーパルコシティで開催されたイベント「島の装い。展」に出店した際、隣のブースに並べられている民芸品の美しさに目を奪われた。

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聞くとそれらは全て、月桃でつくられているとの事。

よく知っているつもりの月桃だったが、その茎から鞄や財布、コースターなどが編める事を知り、とても感激した。そのブースに立ち、月桃編みのワークショップを開催していた方こそ、梓さんだ。

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梓さんは大阪府出身。小学生時代から五教科以外(音楽、図工、体育、家庭)が大好きだった。3歳からダンスを習っていた事もあり、劇団四季への入団を思い描いた時期もあったが、地元の美術専門高校に進学し、ものづくりの世界へ。

高校在学中に「色を使って平面に描くより、素材を触って立体で表現するのが好き」だと実感し、金沢美術工芸大学の彫刻専攻に進学した。大学卒業後は、研究室の助手として勤めていた。

そんなある日、ドイツから一時帰国し、大学OBとして講義をしていた男性と出会う。現在同居中のパートナーで、作家の大山 龍(おおやま とおる)さんだ。

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その後、龍さんと共にドイツへ渡り、2年ほど暮らした。

梓さんは日本から持ち込んだ着物をリメイクして販売し、生活の糧としていた。そんな中「一度沖縄の文化や歴史に触れてみたい」という龍さんの思いもあり、2017年に沖縄移住。たまたま知り合った方から「ゴミ屋敷と化している沖縄の実家を使わないか?」と勧められ、住居が決まった。

大量のゴミを取り除くところから始まった沖縄生活だったが、木材を切ったり、床板を貼ったり、壁を取り付けたり、漆喰を塗ったり… 彫刻の世界で養ったスキルを発揮し、たった2人で、ゴミ屋敷をアトリエ兼住居「Sonda Studio」につくり変えたのだ。

屋内には、作品展示を想定した広い白壁や、おふたりそれぞれの製作スペースも設けられている。

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「テレビは無いし、めちゃくちゃ雨漏りしますけど… 雨水が落ちるポイントに鉢を移動すると、植物に水やりもできて一石二鳥なんです」と笑う。

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沖縄に移住するまでは月桃を知らなかった梓さんだが、もともと東北に伝わる山葡萄の編み細工などに興味があった事から「月桃編み」の存在を知り、講習を受けてみる事にした。

そこでは基礎を学んだのみだったが、「素材を触って立体で表現するのが好き」という元来の性分を発揮し、みるみる自己流で発展させた。

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編み始めて1年後には、長野県で開催される全国規模の工芸展「クラフトフェアまつもと」の選考に選ばれるなど、その技術は確かなものとなっていた。

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しばらくして、ダルメシアンのジジが家族に加わった。甘えん坊のジジはキッチンまで梓さんにべったり。

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梓さんは料理も好きで、ご自宅の一部屋をお菓子づくり専用の工房としているほどだ。

以前から発酵にも関心があった事から、沖縄市のクラフトビール醸造所「クリフビール」の仕込みスタッフとして勤務しているのだが、ビールの製造過程に出る栄養豊富な麦粕に着目し、独自に麦粕グラノーラを開発。月桃編みの合間に作っては、クリフビールの店頭や催事などで販売している。

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「私はほんと生かされています」

ふと呟いた一言が、やけに心に残った。

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龍さんと出会って故郷を離れ
月桃という自然の恵みに出会い
それを通して数々の出会いに恵まれた。
その全てへの感謝が溢れたような言葉だった。

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「月桃の茎で編まれたものはカビにくく、水洗いできてお手入れも楽なんです。そして、しなやかな素材なので型崩れも気にならず、湿度が高く、急な雨降りの多い沖縄の生活には最高なんです」

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梓さんはあくまで、自らの暮らしを豊かにする為に編んでいる。食卓のコースターからリビングの鉢カバー、お出かけの鞄や財布。汚れの気になる服があれば、月桃の葉を煮出した液で染める。そしてオーダーや製作依頼があれば、無理のない範囲でお応えする。

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雨漏りを水やりに変え、古い着物はリメイクし、麦粕からグラノーラを作り、庭の月桃で暮らしを紡ぐ。

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外に多くを求めず、手元にある知恵や想いに尋ねてみる。そしてそこから生まれくるものに、今日も小さな期待を膨らませるのだ。

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Sonda Studio

【萩原 悠 プロフィール】
1984年生まれ、兵庫出身。京都で暮らした学生時代、バックパッカーとしてインドやネパール・東南アジアを巡る中、訪れた宮古島でその魅力に奪われ、沖縄文化にまつわる卒業論文を制作。一度は企業に就職するも、沖縄へのおもいを断ち切れず、2015年に本島浦添市に「Proots」を開業。県内つくり手によるよるモノを通して、この島の魅力を発信している。


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