vol.020 喫茶あくび
石垣島の北部、野底にある野菜料理をいただくお店「喫茶あくび」へ娘を連れて行ってきた。
昨年の11月ごろにオープンして以来、知人や友人が色とりどりの野菜料理が盛られたプレートの写真をSNSなどで紹介していて、見ているだけで元気が湧いてくるようなその色鮮やかなプレートを綺麗だなと思いながら眺めていた。
お店は席数が少ないため前日までの予約が必要だ。週末に伺う予定だったので早めにランチの予約を入れていた。どちらかといえば、アンチ野菜の娘には、デザートが美味しいお店に行くよと野菜が中心の料理だということはあまりアピールしないでおいた。案の定コロッケと卵焼きを食べ終えた辺りから、「お母さん、もうお腹いっぱい」とブツブツ言い出したが、目的のデザートが待っていたのでいつもは苦手なサラダも残さず食べていた。お腹いっぱいと言っていた割りには、お楽しみのデザートが運ばれて来ると「わ〜美味しそう!別腹、別腹〜」と調子の良いことを言いながらプリンとガトーショコラの盛り合わせをペロリと平らげていた。
オーナーの松田梨恵さんに、数日前に胃の調子が悪かったことを話すと、私のプレートには、予定していた揚げ物のコロッケの代わりに違う料理を用意してくれた。「ゆっくり、ゆっくり食べてくださいね」と松田さん。二日間、胃を休めるためにあまり食べていなかった私は、大丈夫かな? と少し不安を抱きつつ、少しずつゆっくりといただいた。薄味に調理された野菜は、本来の味をしっかりと味わえ、弱っていた私でも驚くほど無理なく美味しくいただけた。食後にはなんだか肩の力が抜け、ホッとした気分になっていた。
松田さんが、滋賀県彦根市から石垣島に移り住んだのは5年前。野底に「喫茶あくび」をオープンする前からずっとご飯を作るお仕事に携わって来たのだと話してくれた。
「やりたい事はいっぱいある」と話す松田さん。「実は宿や畑もやりたい、自給自足に近い生活がおくれるような暮らしを目指したいけど、まずはできることから」と料理を盛り付ける手を一旦止めてこちらを見ながら話してくれた。
松田さんが作る料理に使われる、色鮮やかな美しい野菜は、友人の森田夫妻が作っている無農薬のお野菜で、お店で使う分を分けてもらっているそうだ。これだけの種類の野菜を無農薬で丁寧に育てている森田夫妻にもいつかお会いしたいなと思った。「松田さんは、野菜は育てていないのですか?」と聞いたら、「サラダに入っているレタスは私が作ったものを使っています」と教えてくれた。「じゃあメニューボードには、『レタスは、ウチの子』と自信を持って書けますね」と私が言うと、松田さんは、アハハと笑いながら「そうですねー」と返してくれた。
食後には、愛犬のボリジちゃんとご対面、「ボリジ」という名前は、ハーブからつけたそうだ。後日どんなハーブなのか調べてみたら、柔らかそうな蕾が下向きにつき、その姿が、たれ耳のボリジちゃんを連想させるハーブだった。まだまだ幼いボリジちゃんはクネクネと松田さんに絡みついて甘えていた。
お店の裏にはご近所さんがヤギを飼っていて、動物好きな娘を松田さんが案内してくれた。生まれたばかりの子ヤギたちがお母さんヤギに甘えている姿がなんとも愛くるしかった。
「喫茶あくび」は、松田さんの「こんにちは〜」という一声からずっとお友達のお家にご飯を食べに来た気分にさせてくれるお店だった。
帰りの車の中、娘は窓を全開にすると、長い髪を湿気を含んだ春の風になびかせながら、ラジオから流れる音楽に合わせて軽快に口笛を吹いていた。
「松田さんは、気持ちの良い人だったね」と私が言うと、「大きく開いている感じ」と言ったのがピッタリだなと思った。
【水野暁子 プロフィール】
写真家。竹富島暮らし。千葉県で生まれ、東京の郊外で育ち、13歳の時にアメリカへ家族で渡米。School of Visual Arts (N.Y.) を卒業後フリーランスの写真家として活動をスタート。1999年に祖父の出身地沖縄を訪問。亜熱帯の自然とそこに暮らす人々に魅せられてその年の冬、ニューヨークから竹富島に移住。現在子育てをしながら撮影活動中。八重山のローカル誌「月刊やいま」にて島の人々を撮影したポートレートシリーズ「南のひと」を連載中。