vol.002 せまりくるパラダイス
竹富島には食材や日用品を販売するスーパーマーケットやドラッグストア、コンビニなどは存在しない。小さな商店が数軒あるが、大抵の買い物は石垣島に渡って行う。 先月の自粛期間中は、石垣島へと渡るフェリーも減便され、気軽に買い物へ出かけられなくなった。
そんな中、私の暮らす集落のお母さんグループLINEでは、「今日、意を決して石垣島に買い物に出ます!必要な物がある人は、遠慮なく連絡ください!」というメッセージや、「夕方5時〜6時の間、野菜や惣菜を販売します。豆腐なども前日に注文したら仕入れますよ」と休業中の食堂のお嫁さんのメッセージが入るようになった。 私も「わ!助かります。お米をお願いします」とか「豆腐一丁欲しいです!」といったお願いをして、随分と助けられた。
お肉やお魚は、買ってきた物を小分けにして冷凍、少しずつ使った。そして野菜に関しては、「問題なし!」と言い切れるぐらい島に自生している植物たちに助けられた。
家の裏庭にいつの間にかニョキニョキと生えて来たパパイヤの木は、たわわに実をつけた。これは、島の鳥たちの粋なはからいによって勝手に生えてきた産物だ。パパイヤは、緑の内はチャンプルーやサラダ、煮物にと活躍し、黄色く熟したらフルーツとして朝食のお供となってくれた。
オオタニワタリの新芽は、宝探しのような感覚で集めた。グック(サンゴの石を積んで造られた家を囲む石垣)や茂みに生えているオオタニワタリを見つけだし、新芽をポキっと摘んで集めては、潰さないように大事に持ち帰った。炒めたり、茹でてその艶ややかな黄緑色をうっとりと愛でながらシャッキっとした食感を楽しんだ。
モズクとりは、潮見表とにらめっこだ。干潮時を見計らってコンドイ浜から沖に向かって海の中をザブザブと歩き、人魚の髪が波にユラユラしているようにも見えるモズクの束を指先に絡めながら無心になって収穫した。こちらはもずく酢、もずくの味噌汁、もずくの天ぷらにして毎日のように美味しくいただいた。もずくの天ぷらにはもちろんグックに自生しているピーヤシ(島胡椒)の若葉も細く刻んで混ぜ込んだ。 ピーヤシの葉は、天ぷらを揚げ始めると部屋中をその独特な南国の香りで包んでくれる魔法の薬草だ。
島民が清掃などの作業を怠れば、雑草が生い茂ってしまい、道も無くなってしまうほど島の植物の生命力は凄まじい。私は、この「パラダイスがせまりくる感じ」が嫌いではない。
観光で来られる方が「自然は優しい」とか、「癒される」などとよく話してくれるが、そんな時は、「結構わがままで、予測不可能なところがあるけれど、偉大なんですよ」と心の中で呟く。
そろそろ本格的な夏が到来する。「覚悟はいいかい?」と真っ白なサンゴの砂の道を照らしながらパラダイスがせまってくる。
【水野暁子 プロフィール】
写真家。竹富島暮らし。千葉県で生まれ、東京の郊外で育ち、13歳の時にアメリカへ家族で渡米。School of Visual Arts (N.Y.) を卒業後フリーランスの写真家として活動をスタート。1999年に祖父の出身地沖縄を訪問。亜熱帯の自然とそこに暮らす人々に魅せられてその年の冬、ニューヨークから竹富島に移住。現在子育てをしながら撮影活動中。八重山のローカル誌「月刊やいま」にて島の人々を撮影したポートレートシリーズ「南のひと」を連載中。