vol.012 母の誕生日
先月、母が80歳になった。
関東で一人暮らしをしている母は、週4〜5回ほど駅前のスポーツクラブで1キロほど泳ぎ、水中を歩く運動をしているので健康的で体力もある。
いつも前向きな母だが、新型コロナウイルス感染予防対策の為に半年以上一人で過ごさなくてはいけなくなった時期は、さすがに気を落としたようだった。お友達とお出かけをしたり、親戚と集まったりするのを楽しんでいた母は、一人で過ごす時間が増えるにつれ、「なんだか、人に会えないのはさみしいね」と電話口でこぼすようになった。
この期間は、一人きりで部屋に閉じこもっていると運動不足になり鬱々としてくるからと、バスや電車に乗らずに一人で自分の暮らしている地域をだいぶ歩きまわったようだ。
「ママの80歳の誕生日、どうする? 特別なプレゼントを一緒に贈ろうか?」と姉に連絡をすると、「アキちゃんが会いに行くのが一番良いプレゼントだと思うよ」と返信がきた。
その時に、「よし、会いに行こう!」と決めた。飛行機移動は、まだ不安だな、大丈夫かな、などと色々考え始めたらキリがなく、そんなことを言っていたらこれから先、ずっと母に会えなくなってしまうような気がして、溜まっていたマイレージですぐに飛行機のチケットを予約した。
関東に到着した日の晩は、沖縄に比べてだいぶ気温が低く寒かったので、母自慢のじっくりと煮込まれたビーフシチューが格別に美味しく感じられた。そして食事中笑顔の母をみていたら、つかえていた物が溶けたように安堵した。
一人であちこち歩きまわった話しも面白く聞かせてもらった。「あの道をずっと行くと田んぼが広がっているのが見えて、おじいさんが一人で畑仕事をしていて、まるで日本昔ばなしの世界だったよ」とか、「あっちは、新興住宅地で新しい家がたくさん建っていたよ」などお散歩で得た情報を色々と教えてくれた。そして「こんなに人とたくさん話すの久しぶりだわ。止まらないね」と言って笑った。
親孝行に行ったつもりが、結局私が料理をしたのは、姉も泊りに来た母の誕生日の夕飯だけだった。その日は女3人でワインを飲み、楽しい時間を過ごした。姉の買って来たケーキが美味しくて、「ケーキおかわりしても良いかしら?」と嬉しそうに聞く母がなんとも可愛らしかった。
いつもは、沖縄の離島から関東へ行くと、一瞬でも時間を無駄にしないようにとスケジュールを組み、人に会ったり、映画館や美術館、ギャラリーやカメラ屋さん、本屋さんに美味しいレストラン、カフェへと走りまわる。今回は、母の家でゆっくりと過ごした。必要最低限の外出に抑えて、ただただ母の作る美味しいご飯を食べ、読書をしながらうつらうつらする母のそばで私も本を広げ、毎朝縁側に顔を見せる近所の野良猫を観察したりした。そして日常の中の母を撮影した。
花好きな母へのプレゼントには、石垣島在住のフラワーデコレーター、丹治祐子さん(papavel) 作のリースを贈った。トーチジンジャーや月桃の実など島の植物をあしらったリースは、石垣島の太陽をイメージしている。これからの寒い季節に、南の島の太陽のようなリースが母の暮らしを暖かく飾ってくれると良いなと思う。
最後に、お誕生日にちょっとおすましして写した写真を。
papavel
https://instagram.com/papavel1234?igshid=uxre4ltuekb
【水野暁子 プロフィール】
写真家。竹富島暮らし。千葉県で生まれ、東京の郊外で育ち、13歳の時にアメリカへ家族で渡米。School of Visual Arts (N.Y.) を卒業後フリーランスの写真家として活動をスタート。1999年に祖父の出身地沖縄を訪問。亜熱帯の自然とそこに暮らす人々に魅せられてその年の冬、ニューヨークから竹富島に移住。現在子育てをしながら撮影活動中。八重山のローカル誌「月刊やいま」にて島の人々を撮影したポートレートシリーズ「南のひと」を連載中。