vol.003 『古道具のススメ』
18歳で車の免許を取って、最初に手に入れたのは先輩から譲ってもらった昭和51年式のジムニーだった。
550ccの2ストのマニュアル車で、エンジン音もクラクションも甲高い音がするので、音だけ聞くと原付が走っているかのようだった。
家の近所の路地で右折した時に、錆び付いてたボンネットが見事に開いて視界を失い、電柱に激突して白煙を出すというマンガのようなシュールな最期だった。
そんなクセのある車を最初に乗ってしまったので、現行のオートマ車では何か物足りず、未だに昭和のマニュアル車に乗っている。
古くてクセのあるものが好きなのは、車に限ったことではない。
ギター、カメラ、オーディオに家具、お店も築50年ほどの外人住宅なので、気付くと手間がかかる古いものに囲まれている。
お店のオープン初日の話になるが、建物が古い上に、お店の什器やインテリアもほとんどが中古や古道具だったので、友人たちからのお祝いの花束を見たお客さんから「おめでとうございます。何周年なんですか?」と言われたことがあった。とても新規オープンのお店には見えなかったようだ。
そんなお店も今年で12年目を迎え、干支が一周するに至り、本格的に年季の入ったカフェとなった。
新品で買った備品たちもすっかり古道具へと変化を遂げた。
新しいものが古道具に変わっていく過程もまた、実に面白い。
形あるものはいつかは朽ち果て、古材は腐り廃材へ、古着は破れボロ切れへ、器は割れて危険ゴミとなり、価値を失い思い出だけが残される。
腐る直前の肉が美味いと言われているのと一緒で、古道具も朽ちる直前が一番魅力的なような気がする。
明日はもしかしたらお別れかもしれないという儚さ故、緊張感を持って使うことに浪漫を感じている。
前述した通り、いつ逝ってもおかしくないような昭和のマニュアル車に乗っているのだが、毎朝車のキーをひねる時、きちんとエンジンがかかるか不安でいっぱいだ。
そして、エンジン音を聞いて、異常がないことがわかると、安堵の表情を浮かべて、エアコンのない車内で大汗をかきながら、灼熱の沖縄へと繰り出していく。
文字にしてみると、ただの変態行為だが、この苦行ともとれる行為が愛着へと変化していく。
手間がかかることで、自分にしか使いこなせない愛着が湧くというのは、古道具好きの共通点であると言える。
そして、その手間は時として、隙間を埋めてくれる役割を果たす。
マニュアル車はクラッチを踏んで、ギヤチェンジして、何かと運転中も忙しい。必要以上の便利機能がなく、自分でカバーできるところは自分でやらされる。
そのおかげで、運転中もやるべき仕事を与えてくれる。
落ち着きがなく、何かやってないと気がおさまらない自分には古道具は最適だ。
思考的なところで言うと、もし何か不具合が出ても「古いし、しょうがない」と思えるゆとりが生まれる。
その不便さ故の、のんびりした感覚もまた好きなのかもしれない。
のんびりしてるけど、せわしない。
一見、矛盾しているようにも思えるが、これが僕と言う人間を現す上でも的を得ている。
そして、憧れを持って移住した、この沖縄という地もまたのんびりしてて、せわしない。
40代になり、社会的には初老と言われる年を迎え、己が古道具になりつつある。更に年老いた時、手間がかかる自分を愛せるように、今は自分を使い倒している真っ最中だ。
【今回のおすすめ】
時空を超越できるカフェ「MAHOU COFFEE」
俗っぽいものが一切なく、己の感覚に耳を傾けて作られた店。珈琲もまた然り。純粋で正直な貴重な存在。
【屋部龍馬 / ベーカリーカフェ・和菓子屋オーナー】
1979年東京生まれ。2001年にルーツである沖縄に移住。建築から飲食の道へ転向し、2009年沖縄にベーカリーカフェ「プラウマンズランチベーカリー」開業。2014年ベトナム・ホーチミンにカフェ 「ploughman’s GARDEN」開業(現在閉店)。2018年に沖縄に和菓子屋「羊羊」を友人と開業。自 ら厨房に立ち、何かしら作り続けて20年余り。