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死に遂げた部屋(事故物件)

※事故物件・死に関する実話です(写真はイメージです)

 あまりに自分の話ばかり書くのも退屈なので、僕の不動産投資の仲間との少し最近の、そして一番他人の話を書き留める。詳しい日や場所は書かないでおこう、事故物件(自殺)の話だ。


 友人が持っているアパートの一室で、故人は見事に死にきった。誰にも見つからず、自然に還ろうとするまで、この悲劇は沈黙を貫いた。

 近くには独特な匂いの発生する施設があった。特別悪臭でもなかったのだが、一軒家は殆どなく土地も安く、お陰で市営アパートや社宅、安い賃貸アパートが多い地区だった。

 風向きによって流れてくるその匂いは、近隣の住民には慣れたもので、アパートの住人達も例外ではなかった。僕が友人のアパートが建った頃に訪ねたときには、なかなかに不快な匂いだった。これは慣れないと僕には住み辛いなと感じた。

 それがある時から「酷い悪臭がする」とアパートの住人達から、友人へ毎日の様に電話がきた。最初は施設で別の物が作られ始めたか何かだろうと友人も気にしなかったが、あまりにも毎日住人達から電話が鳴るので向かうことにしたのだそうだ。


 「怒られてもどうしたらいいか分からない」と泣きついてきたものだから、仕方なく僕も同行した。またあの不快な匂いの地区に行くかと思うとフィルターを追加したマスクを持参することにした。

 友人には言わなかったが透明な靴カバー、長いゴム手袋、ヘアキャップ、嘔吐用の専用袋、そしてレインコートの使い捨て5点セットを2組持ってきた。これは起こっているであろう最悪のケースを想定したもので、僕は自分の物件でも経験があるからだ。

 今から行くアパートには100%、自殺か孤独死、若しくは他殺の遺体がある。その確信、いや可能性を伝えるかは迷った。友人が「尚更行かない、怖い」などと言い出せば更に時間が経ってしまい、次に部屋を貸すまでのリフォームにも余計面倒な事になるからだ。


 1時間ほどで件のアパートに着いた、少し離れた位置に車を停めた。マスクをせず雑に息をすると、相変わらず施設の独特な匂いがする。そして歩きながらアパートに近付くにつれ、確かに"それ"ではない異臭も混ざっている。…これだ。

 友人は施設の匂いも混ざってか、何とも言えない顔をしていた。異臭には気が付いてる、恐らくその"何か"が判らないのだ。住民も同じだろう。余程奇縁でも無い限り知らなくて良いものだ。僕は黙って支度をした。不思議そうな顔でこちらを見ている友人に袋を押し付けるように渡した。

「部屋は判っているのだな?とりあえずコレを着ていてくれ、絶対にね。マスターキーを貸して欲しい。僕が先に入るからドア前で待っていて、僕が内側からノックしたら入ってくるのだよ。5分かからない。」

 そして、隠しても来る所まで来たので一息つくと、なるべく穏やかに話した。

「先に僕の経験から言う、この部屋には確実に死体がある。それが動物か人かは判らない。そして仮に人だとして、他殺か自殺か自然死かも判らない。僕は先に確認してくる。入ってくる時にその緑の袋はもってきてね、君は多分吐くだろうから。」


 そう言うと青ざめた友人からマスターキーを受取り、手早くドアを少し開け直ぐに中に入ると閉めた。頭につけたカメラを起動する、一応第一発見者になる訳だし、触れたものの確認にも、後に提出する為の物だ。そして念の為にガス自殺時の準備もして進む。

 「さあ住人さん、大家さんより先にお邪魔しますね。後から色んな方が来られますが、もう大丈夫ですよ。」と部屋の中央に向かって話し掛けた。勿論、返事などない。

 カバーのついた靴のままスタスタと上がり込む、異臭を除けば中途半端に小綺麗な部屋だった。先ずは遺体を探す。

 入口近くの風呂とトイレにはない、廊下にもない。これは少し安心した、ゴミ屋敷であったりすると、入ってきて直ぐ大量の蝿と遭遇する、単純に友人が入ってくる時に面倒臭いからだ。少なくともガス自殺でもない。

 キッチンは入居してから使った形跡すら感じない。が、周りに置かれた半透明の袋4つ。食べかけの半年前の期限のコンビニ弁当や酒の空き缶が分別もされず雑に詰まっていた、その中に黒い汚れが持ち手にまで付いた剃刀が数本、袋を破っている。袋の中には当然のように小蝿が涌いていた。これはこれで別の異臭がする。

 リビングも妙に奇麗だ。部屋の片隅に本が積み上がり、栞代わりに折り畳まれたトイレットペーパーが覗く本も何冊か見つけた。さっと背表紙を見るだけでも明らかに高価な本が積まれている。その小さなタワーを小虫が登っていた。後は座布団と目覚し時計が乗ったテーブルだけ。ここになければベランダか個室しかない。ベランダなら僕はわざわざ来ない。


 ドアが閉まった部屋の前では、一層異臭は強くなった。遺体はここだ、この部屋の奥にはベランダがある。陽の入る部屋のはずだ。

 理由は分からないが、僕の遭遇する賃貸アパートの遺体は、大体窓のある部屋にある事が多い。もしかしたら死ぬ前に、或いはその最中か死後に、暖かな陽射しでも受けたかったのだろうか。

 外から入った時と同じように、なるべく静かに手早くドアを開け一瞬で中に入り、また静かにドアを閉める。突然の訪問者に気が付いたか数匹の蝿が飛んだ。蝿や蛆蟲など想定内、別に刺される訳ではないので気にせずぐるりと部屋を見渡した。

 灯りは点いたままだが、電球がそろそろ駄目になりそうで時折灯りが弱くなる。とはいえカーテンも無く、更に昼間なので支障はない。

 部屋を更に見ると、奇妙に感じる事がいくつかある。まずクローゼットの無い間取りで洋服をしまうタンスが無い、カバンも玄関で1つしか見なかった。他の部屋にはあったが此処には床にゴミ袋も無い。そして一番奇妙はのは、フローリングの部屋の中央に重ねた畳が2枚、ベッドの様に置かれたその上に敷布団、そして遺体だ。

 逆に言えば、この部屋には遺体とベッドのようなものしかない。今はそこに蛆蟲や蝿が同居しているだけだ。何がどうなって遺体が出来上がったのかは凡そ検討がついたので、再び部屋を出る。


 そのまま玄関までスタスタと歩き、内側からノックした。「入っても大丈夫だよ。吐瀉袋は持ったかい?奥のドアのある部屋に遺体があって、ドアは閉めてあるから。」すると、少しだけ玄関が開き、何に安心したのか友人は入った。

 勿論、外より異臭はキツくなる。キッチンを通り過ぎる辺りでゴミ袋の中をしっかり視てしまったか臭いか、とにかく吐いていた。「…まあ、時間が経ったゴミ袋は仕方ないね。」と適度なフォローをしながら、遺体のある部屋の前にまで来る。

「ごめん、やっぱり無理だ。さっき吐いて気持ち悪いのもあるけど、死体があるって考えたら…」

「これから警察呼ぶし結局見るような気がするよ。僕が見る限りでは血とか損傷はない。布団の中に横になっているだけ。部屋も散らかっていないよ、布団と遺体しかない、虫は涌いているけどね。どうする?」

 …少し考え友人は「見る」とだけ、言った。

「静かにドアを開けるから、君は壁側を見ながらつたって一旦部屋に入ろうか。僕も入ってドアを閉める。じゃないと虫が出て行くからね。中に入ったら騒いでもいいけれど虫凄く飛ぶよ、吐くのは袋にしてね、新しいのあげるから。あと、中は明るいよ。カーテン無かったから。」 

 そして友人も遺体と対面することになる。騒ぎもせず、吐きもしなかった。まるで何か違うものを視ているかのような眼だったが、泣きながら合掌していた。そういえば、と思って僕も手を合わせた…見慣れ過ぎたのだろうか。
  
「さあ、外に出て警察を呼ぼうか。出て装備とってから、警察が来るまでに他の住人さんにも話をしておこうかね。びっくりさせてしまうから。」 

「慣れているね。」

「残念ながらね、こういう"ご縁"が安アパートをやってた昔は多かったのだよ。今でもゼロではないけどね、まさに今も見つけただろう?」

「でも助かったよ。一人だったら普通に部屋に入ってさ、前情報無しで死体見て失神したと思う。正直今だって何すればいいか分からなかったよ。」

 外で手早く装備を外し、黒い袋に詰めた。それを車のトランクに乗せた袋で更に覆って、消臭剤を自分達に撒いた。それから友人は他の住人に事情を話して周り、僕は警察を呼び発見時までの部屋を見回りながら撮っていた動画を流しながら説明をした。出来る限り保存の為、自分達の装備の話もした。

 後々身内が来るようだが、どうやら遠方の娘だけのようだった。再会がこんな形とは、気の毒だった。そしてあの部屋の処理をしなければならないのだ。


 その後は僕自身は何度も見た、いつもの流れを見ていた。やる事も殆どないのでアパートの傍にある桜の木を眺めながら缶コーヒーを飲んでいた。この時間だけは外の異臭など気にもならない、むしろ安いコーヒーの香りで和む程だ。

 この葉桜や、満開の頃の桜を故人も視たのだろうか?腹が減れば何か買いにいくだろう、部屋にコンビニ弁当の器もあった、ルート的に嫌でもこの桜の木と対面するだろう。もしかしたら彼には葉桜も桜の色も、ある時からモノクロに見えていたかもしれない。


 後は部屋にあった本を思い出していた。有名な奇書や、古書店でも高額買取に載っていた本もあった。あとの数冊は専門的な洋書だった。英和辞典もあった。本以外に故人らしい趣味を示す持ち物が無かったので読書以外は仕事か昼寝だろうか。

 タンスが無い理由も考えていた。ゴミ袋に作業着があるのをみた。故人はタンクトップのようなものだけが布団から覗いていた。本を読み、生きる為に仕事をしていた。スマホがぱっと見何処にも無かった事や、テレビも無かった事を考えると独りで過ごすにはかなり質素な生活だと思う。

 故人はそんな生活から逃げ出したかったのかもしれない。暖かい陽のあたる布団の中で静かに過ごしたかった、仕事も生きるだけの生活からも。実際はどうなのか判らない、僕の中で都合よく組み立てた妄想に過ぎない、死人に口無しだ。
 
 その日やることは全て片付き、気分転換にと車でカフェに向かう途中、友人は声を震わせながらポツリと言った。

「雅月さん、僕は死ぬ場所を貸したのかな…」 
「…僕も同じように思った時期があったよ」

 それ以上はお互い車内で話さなかった。カフェでコーヒーを飲み、ようやく他愛も無い話が出来るようになったのは2杯目のコーヒーを受け取った後だった。


 特定の誰かに向けた事ではないが、貴方の亡骸と、残骸と向き合うのは決して遺族だけではないという話を、心の片隅に置かせてほしい。
 それでも、全てに疲れ切ってしまった時にはきっとそんな些細な事は、一瞬の足枷にもならないだろう。



…今日の話はここまで。

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