100日怪談 95日目

あの後、僕らはお守りを神社に奉納して、無事でいた事を神様に報告した。
その日は学校が休みだったので家族で山の上にある温泉地へ行くことにした。
「温泉なんて久しぶりだねぇ」
母は喜び、父の運転で温泉地へ向かう。
山道は蛇行している道が多く、「崖崩れに注意」と書かれている看板が立てられている。
山の上にある温泉地はとても見晴らしはいいものの、山頂とはいえ、山の天気こそコロコロ変わりやすいものなのだ、未だに覚えている。この日は快晴だった。
「ここが温泉?」
古く歴史のある温泉宿にしか見えないが、僕の勘では何か出るのでは?なんて思ってしまった。
「そうさ、ここが晴海台温泉、今日は天気が良いし空気も美味しいな。」
車から降り父は背伸びをして、トランクから鞄を取り出していた。
「今日は日帰りであってる?」
「そうだけど…侘助のこと?」
両親は僕の方を見て、不安そうな顔をしているのが気になっているようだ。
「あぁ、なんでもない」
あんな奴のことなんだ、黒猫、いや死神なら大丈夫だろ。
「行こう!」
僕は温泉宿の引き戸を開けて、確認する。
「なにもないや」
いつも見えている黒いモヤ、嫌な雰囲気すら何も無いのだ。空気はとても綺麗で宿自体には日が良く差し込んでいて明るいのだ。
「さっきから何かあるのかい?」
訝しげに父は靴を脱ぎながら、僕に訪ねる。
「いや、大丈夫」
僕も靴を脱ぎ、温泉を楽しむ事にした。
看板に着いている温泉の効能を見ると、こんなことが書かれている。
「リウマチ・疲労回復・美肌効果有り」とだけ明記されている看板を横目に、のんびりと浸かる。
「ふへぇ〜」
温泉に浸かるや否や、リラックスしたのか変な声が出てきてしまった。
「今日は嫌なこと全部忘れるかな」
「最近なんかあったのか?」
「ちょっと色々ね」
父と会話しながら温泉を楽しんでいたのだが、何処からともなく違和感のある視線を感じ、振り向くが森から温泉は高い生け垣に囲まれているので誰か変な人がいることも無く、いるとすれば温泉宿に来た旅行客なのだから。
「気になることも特にないな」
僕は温泉から戻り、フロントでゆっくりとコーヒー牛乳を飲みながらマッサージ器に座りながらリラックスしていた。
「あぁ〜眠い」
僕はうつらうつらしていたのだが、ぽんと肩を叩く人がいた。
「はえ?もう帰る時間?」
「はい?お前何言ってんの?俺だよ、藤花」
「え?」
ふと見ると何故か不機嫌な神崎が居た。
「藤花?なんでいんの?」
僕は驚きのあまり、寝惚けていた間抜けな姿を見られてしまった。
「今日親戚の集まりでここの温泉宿に泊まる事になったんだよ、航太は?」
「両親と気晴らしにって、ここが近かったから来たんだけど」
「あ、マジで!いいなぁー航太は、家に帰れるんだろ?」
神崎は目を輝かせ、僕と視線を合わせてきた。
「いや、そうだけど…」
遠くから父が声を掛けてきた。
「おーい帰るよー」
「今行く、藤花、また来週学校でな」
「おう」
神崎は悲しそうな犬のような瞳をして、僕を送り出してくれたのだ。
「あの子友達かい?」
父は僕に聞いてきたのだ。
「うん、同じクラスの隣の人。神崎って言うんだよ」
「そうか…新しい土地で、新しい友達が出来たのが何よりだな」
帰り道、雨が降りそうな天気になってきていたので急いで車に乗った。
父は車のエンジンをかけ、母はうつらうつらして今にも眠りそうだった。
蛇行道を通り過ぎて、「崖崩れに注意」と書かれていた看板の近くに、赤と黄色の雨合羽を着た親子が2人並んでいたのだ。
「ねぇ父さん、看板の所、人いる。」
「おっ、いたな。話しかけてみるか」
父は後ろのドアを開けて、看板近くにいる親子に話しかける。
「車、乗っていきませんか?」
「いえ、この先に街があるので大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」
雨合羽の親子は礼を言い、そのまま看板近くで待っているのだった。
「なんかな…航太、どうだと思う?」
「どうって言われても…」
僕はあの親子のことが気になっていた。
車を走らせてもずっと崖道で、街なんかはまだ辿り着かない、いや、街なんかはまだ先なのだ。
街に着く頃には、夕暮れだった。西日が赤く染まっていてとても綺麗で、癒された1日だった。
家に着くと、侘助が「にゃー」と足元に擦り寄ってきて出迎えてくれたのだ。
それと同時に、家に電話がかかってきた。真っ先に母が電話を取ったのだ。
「はい…そうですか…今、向かうよう主人にお伝えしますね。」
母は今にも崩れそうな顔をして急いで父に今の電話の内容を伝えたのだ。
「航太、制服着てこい。それと数珠と塩をもってこい。」
父は顔を青くしながらトランクから荷物を出し、急いで着替えて親戚の家へ向かう事になった。
「行くぞ、いいか。」
父は確認しながら車を運転させ、2、3時間はかかる道を急いで運転して親戚の家へ向かった。
着くと既にお通夜が始まり、壁に掛かっているハンガーに上着を掛けると、先程の親子が着ていた雨合羽がそこに2つ並んで掛かっていたのだ。
「あれって…」
僕は唖然としてしまった。赤と黄色い雨合羽、紛れもなくあの親子が着ていたものと同じものだった。
近くにいた叔父を見つけ僕は思わず聞いてしまった
「あの雨合羽って、あの女の人と子どもの?」
「航太くん、なんで知ってんだ?」
叔父はかなり驚いていた。何せ、今回亡くなった人はあの女性と子どもだったのだから。

100日怪談 95日目終了

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