定本作業日誌 —『定本版 李箱全集』のために—〈第三十六回〉
最近図書館で行う作業は計測作業よりも、印刷作業と注釈作業の方が多くなってきた。記憶が朧げだが国立国会図書館の印刷料金はA4一枚あたり17円くらいしたはず。かなり高額。しかし、韓国国立中央図書館の印刷料金は一枚5円なのだ!!一回の印刷で160〜200頁ほど印刷する私にとって、こんなにありがたいことはない。200頁印刷しても日本円で1000円と少し。
最近印刷した資料は以下の通り。
「李箱詩全作集」(文學思想師匠研究室編、李御寧校註、1978年)
「李箱小説全作集1」(文學思想師匠研究室編、李御寧校註、1977年)
「李箱小説全作集2」(文學思想師匠研究室編、李御寧校註、1977年)
「李箱随筆全作集2」(文學思想師匠研究室編、李御寧校註、1977年)
「李箱全集 」第1卷( 李箱 著、林鍾國 編、泰成社)
「李箱全集 」第2卷( 李箱 著、林鍾國 編、泰成社)
「李箱全集」第3卷( 李箱 著、林鍾國 編、泰成社)
中古で買おうと思ったがどこにもなく、中古販売されていても通読可能か状態に不安があるので全て印刷することにした。日本語未翻訳のテキストや韓国内で出版された箱テキスト集から除外されてきたテキストも多く収録されており、目次をみるだけでこの先生方の功績に溜息が出る。そして自分の作業なんて本当に何なんだろうなと思わされてしまう。
自分一人で研究し続ける人は誰しも、自分自身を脅迫したり、追い詰めたりして、精神的苦痛を課しながらも、奮い立たせ鼓舞する場面がきっとあると思う。が、素晴らしい書物たちはそういう鼓舞を丸ごと蹴り飛ばすような力を持つ。だからこそ、先生方が間違えた箇所や、やや思慮の甘い箇所を見つけると励まされてしまう。まだ自分が居てもいいのかもしれない、と。醜いが事実だ。
これら資料は先んじて記述したように印刷代が高いため、日本国内で所蔵が見つけられても足踏みしてしまう。、よって全て国立中央図書館内で印刷してしまうことにした、日本円換算して六冊分の印刷代、ざっと計算して計 6500円ほど料金を支払う。もし日本で印刷していたら16000円以上は支払っていたことだろう。
1日で印刷した資料は合計400枚近くなったりする。
初めて大量印刷をした時は、400枚をそのままリュックサックやパソコンケースに入れていたが、当然善作ではないのでダイソーでプラスチック製のボックス型ファイルを購入して、そこに入れて持ち帰るようになった。
資料印刷が終わると、家に帰って資料整理&タグ付作業が待っている。私はこの作業がかなり好き。
インデックス付箋を用いて以下のようにタグづけしていく。
四畳半もない狭い部屋なので、収納スペースがほとんどない。しかし詰んでしまうと取り出しにくくなってしまい、取り出しにくさは作業に対する億劫さを生んでしまうので以下のように資料は保管している。
また韓国国立中央図書館にある原本デジタルデータは韓国国立中央図書館内でしか閲覧できないものもあるため、それらを印刷した際はまた別の丈夫なファイルに収納している。
李御寧、林鍾國による資料は後々、注釈作業や異本校訂作業にて使用する予定だ。今はすべて使う資料ではないけど、必要そうならぜんぶ”今この瞬間”に用意する。私にはもう数ヶ月しか韓国滞在が許されないので悩んでいる時間もないのだ。
バイト代のほとんどが資料代、研究費に費やされることを覚悟しているが、心のどこかで喜んでもいる。最近は研究書四冊、国語辞典2冊を購入した。全て中古品。部屋に本が増えていく光景は、自分が生活している実感よりも確かな”生きている感覚”を与えてくれる。自分の肉体以外の事物がそうやって、身体感覚を肩代わりしてくれると思えるのは楽でいい。
昨日は豚足を食べに行った。豚足は韓国語で「족발」。コプチャンは食べられなかったけど、これは美味。豚足屋さん専門店でこの言葉が聞こえてきても聞き流していいが、電車や街など「豚足って聞こえてくるか?こんなところで」という状況で「족발」と言われたら侮蔑されてるということなので備えよう。「족발」また食べたい。
二〇二四年、二月、三日、更新、執筆。