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定本作業日誌 —『定本版 李箱全集』のために—〈第二十六回〉

 前回はスケジュールについて話したので、スケジュールへの考えを記しておこうと思ったけど、疲れすぎているため不可能。
 とりあえず今日の作業進捗のみ記録することにした。眠い。


 韓国の気温は氷点下10度。夜9時をまわると体感温度氷点下20度になるとニュース記事で見かけた。玄関の扉を開けると、昨晩降ったであろう雪が少し積もっていて、路面凍結しているのがわかる。しかし道路を走る車は減速していない。私はガニ股で一歩一歩地面を踏みつけて着実に歩み、駅へと向かう。

 けれど今日は水曜日なので、国立中央図書館は夜間図書館の日だ。夜間図書館の日は、国立中央図書館が普段9時〜18時までの開館時間を、水曜日だけは9時〜21時まで開館される。利用できない階もあるのでアナウンスをよく聞いて、18時以降も対応してくれる階へ移動。開架の本はもちろん、書庫の本もそのまま借りることができるので、とてもありがたい日なのだ。夕飯を食べるために、帰る人もいるが、若い学生らしき人たちや勉強熱心な中高年の方はまあまあ夜間図書館を利用していた。

 今日は40分だけ寝て、あとは11時半〜20時半までぶっ続けで作業をした。よくやった方だなあと思うが、実際進んだのはおよそ1頁分ほどのテキストデータ作成だった。どれだけ手際よく進めても時間がかかる作業だ。長編小説の定本作業に入ったら、三ヶ月くらいかかる作業になるかもしれない。今は、『朝鮮と建築(1932年)」掲載の「建築無限六面角体」というテキストに取り掛かっている。「鳥瞰図」が掲載されている影印版はまだ製本中らしい。毎日、製本作業の進捗を尋ねたいくらいだがこればかりはどうしようもない。
 今日の主な作業を文章で書き出してみる。

「建築無限六面角体」
P. 25〜P. 27のうちP.26の作業

①中央線を挟んで左側
→ルビ配置と、トレースした文字の配置、細かい位置の微調整

②中央線を挟んで右側
→テキスト縦行間の計測、テキストの縦行間調整、フォント適応外やあまりに形が違う文字のトレース作業、トレースした文字の配置、右側の長方形テキストブロック作成、トレースした文字の配置、細かい位置の微調整

③P. 26全体
→中央線と左ブロックの位置調整、中央線と右ブロックの位置調整、頁全体をグループ化

 

テキストボックスとは、いくつかのテキストのまとまりにおける最上部、最下部、最右部、最左部を線で結んだボックスのことをそう呼んでいます。


 中央線を挟んで右側の作業は頭痛と吐き気が頻発するほど苦労した。右側の下部、下から数えて5、6行目に位置する他より少し小さい文字が確認できるだろう。「展開された地球儀を前にしての設問一題」の部分である。

 この一文は他と比べるとフォントが異なる。わかりやすい違いで言えば「た」「さ」「を」は明らかな形の違いが見て取れる。漢字の形も他のフォントと比較しても、楷書感がわずかに薄くゴシック寄りの印象も受ける。漢字に関する違いは僅かなのでわからなくても仕方ない。

 つまり、今使用しているIllustratorのフォントが適応されないということだ。似ているフォントを探すことにしたが、それもイマイチしっくりこず、やむなくトレースすることにした。ここからが大変だった。

 いつもなら、東京(作業パートナーの仮名)が撮影してくれた原本データを元にトレース作業を行なっていく。なので東京には「真っ直ぐ水平に撮るようにしてください」と伝えてあるが、この「展開された地球儀を前にしての設問一題」においては水平ではなかった。「設問」あたりの文字はカーブがきつくて、「展開された地球儀を前にしての設問一題」を丸々トレースすると、カーブしたままトレースされ、データ化されることになってしまう。つまり、一文を分割して分割してトレースする必要性が生じているのだ。面倒ったらありゃしない。

こちらは影印版『朝鮮と建築』の写真だが、綴じ目に近く、カーブはやむを得ないことがわかる。

 けれど、東京に非はなくこのカーブは不可抗力なのだ。写真をみてわかる通り、「展開された地球儀を前にしての設問一題」は綴じ目付近にあるため、撮影が難しい。ましてや文化財研究所で貸与してもらい、撮影している資料なのだから綴じ目を強く抑えて撮影することは憚られる。
 じゃあ影印版を画像データにしてトレースすればいいのかな?と考えたが、影印版は「印刷の印刷」なので字潰れや掠れ、文字の太さが一層強くなる傾向にある。ましてや今問題となっている箇所は文字が他より小さいため、影印版の文字は潰れと掠れがひどく、影印版を元にする楽さよりも、原本を工夫してトレースする方何確実だと判断した。
 ここは私の頑張りどころらしい(ちなみに東京文化財研究所は2023年12月18日より改修工事に入ってしばらく原本には接触できないのだという)。

「展開された地球儀を前にしての設問一題」における作業手順

①「展開された地球儀を前にしての設問一題」を4、5回に分けて撮影する。

②分割した画像からそれぞれ文字だけを切り抜き、illustratorの新規アートボードに貼り付ける

③4、5分割されたデータを目視と定規で計測しながら位置を決めていく(この時点では文字サイズは作業しやすいように一文字あたり7cm程にしている)

④配置し終わって「展開された地球儀を前にしての設問一題」という文字の並びが完成したらグループ化する

⑤次に一文あたりの全長を計測し、その計測結果に合わせてグループ化したデータを縮小する

⑥グループ化して全長も適応したら、テキストデータ作業場のアートボードに貼り付けて縦の行間や横文字間を適宜計測したり、目視確認しつつ配置する

⑦最後に原本データとテキストデータの全体的なバランスを比較して問題なければ作業終了

 となる。作業として書き出すと簡単そうに見えて悔しいが、ゲシュタルト崩壊はもちろん、水平や直角がわからなくなってくる。そうなるとこだわってもこだわっても終われない。そして原本の文字自体がそもそも歪んでいるのがさらに難しいポイントで、水平がわかってもわからなくてもどうだってよく、とにかく目視するための「眼が良くないといけない」。1時間半くらいはこの作業をしていた気がするけど、あまり記憶がない。

そしてP. 27の作業も進めた。「建築無限六面角体」最後の頁だ。

P. 27の作業済み一覧

・一文あたりの全長合わせ
・縦行間合わせ
・フォント適応外の文字のトレース作業
・トレースした文字の配置
・テキストブロックを左右ごとに配置

明日の作業
→テキストブロック内にテキストがピッタリ収まっていなかったため、
 その微調整から作業開始


 21時過ぎに帰ってきたので風呂に入る気力がなくなっていた。もう二日まともに風呂に入ってないので、人に会っちゃいけないなーと思う。ご飯だけ馬鹿みたいに食べて、この日誌を書いた。映画を見たい、本を読みたいと思って毎日、寝落ちしている。そしてもうすぐ寝落ちしてしまう気がしている。



二〇二三年、一二月、二〇日、執筆、更新。

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