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定本作業日誌 —『定本版 李箱全集』のために—〈第二十五回〉

モウリ、一ヶ月でバイトを即日退社。

 いよいよ精神と身体の両方から壊れ始めた。その原因の大きな一つにバイトがあると自覚していたのでキッパリ辞めた。

 寿司屋さんのホールでバイトしていた。賄いは美味しいし、余ったら持って帰れるので食費は確実に浮いていた。給料もまあ悪くない。けれどそれでは補えないほど精神疲労が凄まじい職場だった。

 新人研修もないし、バイト二日目でホールを一人で任された。何回か質問や確認をすると怒られるし、完璧に一回で理解しないといけないらしい。正直無理。私の場合、やることが三つくらい溜まると軽くパニックになり、人の言葉が分解されてただの音になったり、文字になって目の前に映像として浮かぶだけで音が聞こえなくなったりする。ミスが二つ三つあったり、ちょっと言葉が聞き取れないと、韓国人のシェフは悪口を言ったり、私の目の前で社長(板前)にそのことを告げ口したりする。それが出勤のたびに毎回。
 だいたいそういうことをするのは、韓国人の男性シェフの方で、そういう人間として醜い態度を目にするたびに、大学の時に授業が面白い教授の一人が「別に国籍とか性別でこう思うわけじゃないけど、韓国人の男はちょっとな危ないんだよな〜嘘が多い傾向がある。女はそうでもないし、むしろ素直だと思うけど韓国人の男はちょっと注意だよな〜」と言っていたのを思い出す。シェフを見て確かに、と思う。

 ある日、バイトに行くと社長が何故か怒っている。すると出勤したばかりの私に向かって「韓国人のシェフ2人がフウカのこと使えないって言ってたよ、もっと頑張って仕事して」と言った。明らかに誰か第三者への怒りが私に向いているとわかる。八つ当たり(このことについては翌日異議申し立てした)。私に対してまともに教育もしてこなかった上、指示も指摘も全てにおいて言葉が足りていないのに、そういうことが言えるなんて幸せだなあ。まあ私はその幸せ全然欲しくないし、近寄らないでほしいけど。

 これ以上書くと気分が悪くなるので書かないけど、そんなこんなで以前から続いていた精神不安定と体調不良が悪化して、即日退社を申し出た。社長は最後まで、自分に非があっても謝れない可哀想な人間だった。それでもおまかせ寿司なんていうサービス業を経営して、サービスを語ろうとするのだから、まあ人って運さえ良ければそんなもんでいいのか〜と思う。これで、江南の街を啜り泣きながら帰路につく夜もなくなる。このバイト先は無駄に嫌な思いをしすぎた。絶対ゆるさない。でも一安心。

 今はまた新しいバイトを始めている。
 今日の日誌はここからが本題。

 新しいバイトはだいたい朝9時半〜夕方15時半〜16時に終わる。
 図書館が閉まるのは18時だから移動に1時間かかるとして、バイト終わりに図書館に行くことが現実的ではない。つまり、バイトがある日は図書館に行けず、バイトがない日のみ図書館に行けるというスケジュールになった。

 ということは、研究のスケジュールが変わるということだ。
 以前のスケジュールを紹介しよう


月曜 ランチ→帰宅
火曜 図書館→ディナー
水曜 図書館→ディナー
木曜 図書館 
金曜 ランチ→帰宅
土曜 ランチ・ディナーバイト
日曜 図書館

こんな感じのスケジュールだった。
しかし今後以下のようなスケジュールになっていくと思う。

月曜 バイト
火曜 図書館
水曜 バイト 図書館
木曜 図書館 
金曜 図書館
土曜 バイト
日曜 図書館(週4勤務の週もあり)

 水曜日は図書館が夜21時まで開館しているので研究可能。
 ではバイトがなく図書館に行ける日のスケジュールを整理してみよう。

〈バイトない日/図書館篭り〉
10時~16時45分 
論文を読む/定本作業日誌の執筆/資料整理/テキストデータ作成/テキスト計測作業 ※図書館でしかできない作業を優先的に作業

16時45分~17時45分 
バイトがあって図書館に来られない日のために、自宅作業の準備/完了、未完了の作業整理

17時45分 
図書返却/作業終了


 というスケジュールになる。バイトがあって、自宅作業をする日は作業前にスケジュールをたてて行うため、決まりはない。よってここに書くことができない。

 私は、生活の質に興味はない。とりあえず研究ができれば良い。一年しかないワーキングホリデーなので、毎日焦っている。でも研究ができるのは健康と生活があってこそだとわかってもいる。なので、生活が変われば生活に合わせて、スケジュールを組み直す。丸一日休日にする勇気が今はない。

 いろんな人に「たまには無理せずに休んで」と言われるけど、私は正直、無理をするというのはどういう状態なのか。無理をしている/無理をしているわけではないのラインがどこなのか、何をしたら休むと言えるのか、みんなどうやって休んでいるのか、休むって決めているのか、気分で休むのか、よくわからない。今自分にできるのは、生命体としての自分を生かし、とにかく研究しやすいようにスケジュールを立てて進行してあげること。自分は、その内なる自分のために働き、スケジュールを調整し、図書館まで運んであげるただの器なのだ。

 今日は図書館で作業した。『朝鮮と建築』1932年掲載の「建築無限六面角体」の計測作業とテキストデータ作成作業を同時に進めて、半頁分しか進まなかった。絶望的な作業の遅さだと落ち込みかけたが、今日はまったくうたた寝もしていないし、ぼーっとする時間もなくひたすら作業を進めたのにこの結果。つまり11時に到着して17時45分までぶっ続けて作業しても半頁しか進まないのだ。そういう日もあるか、と自分に声をかけてあげたいがそれはできないのでスケジュールを見直す。


二〇二三年、一二月一八日、執筆・更新


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