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定本作業日誌 —『定本版 李箱全集』のために—〈第六十ニ回〉

二〇二四年一〇月四日

 映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎 真生版」をみた。何度見ても同じ場面で涙が流れる。韓国で足繁く「ゲ謎」をみた私、聞こえてるか?まだ観に行ってるぞ。今までの特典で一番お気に入りかもしれない。だが「第一弾 入場者特典」とある。

……”第一弾”?

二〇二四年一〇月六日

 本屋のアルバイト面接に落ちた。殺す。

二〇二四年一〇月九日

 現在は雑誌『朝鮮と建築』(1931年)に掲載された「鳥瞰図」の注釈作業中。私は恐ろしく集中力が持続しない性分だが、今日は2時間半くらいガッと集中して作業した。テキストに関するこ事象にどっぷり浸かったのち現実に戻るとき、例えば階段を降りてリビングにご飯を食べにいくとき、風呂の扉をスライドさせたとき、魂まだあるよね、大丈夫だよね、と自分に問いかけながら生活を送ることがある。集中は素晴らしいが魂を取られることを経験済みなので、十分に警戒しなくてはならない。

二〇二四年一〇月一三日

 図書館で本を借りたよ。電車で行きました。
「恥のきずな: 新しい文献学のために」カルロ・ギンズブルグ、みすず書房
「映画史を学ぶクリティカル・ワーズ [新装増補版]」村山匡一郎=編、フィルムアート社
「野生の探偵たち」ロベルト・ボラーニョ、白水社
他三冊を借りた。

 みすず書房だ。大好き。今回借りた本は違うけれど、みすず書房の白地の真ん中にイラストが描かれた装丁が好きだ。素朴で少年文庫みたいな柔らか雰囲気がある(内容は難しいことも多い)。「映画史を学ぶクリティカル・ワーズ [新装増補版]」はとても良い。前借りたけれど読みきれなかったからまた借りた。タイトル通り、映画史を映画に関連するワードから年代順に紐解いていく内容。図解されていないが、テキストブロックをカードにしたら相関図を簡単に書けるくらい映画史の歴史体系がわかりやすい。キャメラの変遷にもタッチしており、シネマトグラフの仕組みなど技術面でも勉強になる。映画が好きだから、映画自体の身体性を言葉から感じたくて借りた。私は映画監督じゃないから言葉から知るほかない。「野生の探偵たち」はブックリストにあった図書で、今かもしれないと思って借りてみた。登場人物が多い上に名前も覚えにくいしメモをとりながら読んでいる。かなりカロリーが高くて苦労する。

 9月後半からまずいかな?まずいよね、これ。と自分と話していたが、気持ちがシュルシュルと萎んでいる。バイトに落ちたのは関係ないし、殺すと思ったけれど、落ち込んではない。日に日に心の帯がしゅる、しゅる、しゅると解けていく音がする。どうにも止めることは出来ない。いやあ、秋はいかんな。


二〇二四年一〇月一四日

 図書館に本を借りに行ったー。自転車で行きました。
 小学生の頃、ばあちゃんと一緒に走った道を行った。泣きながら通ることになるかと思ったが案外大丈夫だった。でもばあちゃんの気配がずっとあるような気がした。一年前、私がばあちゃんのことを看取らずに韓国に行ってしまったことを何か思っていたのかな、もしそうだったら申し訳ないな。いつも心のどこかでそれを心配していたけど、そうだったら何と言えばいいのだろう。ただ寂しくてまた私のそばに来ているならいいけどなぁ。もうすぐばあちゃんが亡くなってから一年になる。何かに生まれ変わったりしたら教えてほしいなーと思いながら自転車を漕いだ。まだ半袖でも大丈夫、寒くない。


二〇二四年一〇月一五日

 作業は日々コツコツ進めている。ここに書かない日も作業していることがある。現在は雑誌『朝鮮と建築』(1931年)に掲載された「鳥瞰図」の注釈をつけている。以前にも書いたかもしれないが一口に注釈といっても、私がやらねばならない注釈は二種類ある。
 一つは形態批判の注釈。これは、句読点やダーシ、空白位置、誤植などを批判対象の先行研究三種に対して行う。
 二つ目は注釈の注釈。先行研究で付された注釈に対して補足したり批判したり訂正したり再定義したり、とにかく上に積み重ねる行為だ。

 特に形態批判は
「原文資料では旧字体で印字されているが、「定本 李箱文学全集」においては新字体で印字されている」などの文体が連なっていく。連なるとだんだん揚げ足取りみたいなふうに見えてしまう気がする。私はそういうふうに見えていないが、客観的にみればそうなのだろうと思う。
先行研究のテキスト全集は凄い。凄いなどど頁を割くことはあまりできないが、出版にあたってどれほど校正作業を重ねたのだろう。それでもこんなに誤植やテキスト形態の差異が発見できてしまう。テキストのために死ぬ人生がいいけど、テキストの命はこちらが恥ずかしくなるほど永い。

 今現在の私は”必要な作業だ”、”重要な過程だ”と思って取り組んでいるけれど、いつか何かの時点で(必要なかったな)(本当に揚げ足取りだったな)と思ったりするのかなーと不安にもなる。けれど今の、亀の歩みのような作業スピードを省みると、そんな不安を抱える資格もないと思う。もっと頑張らなくてはいけない。つらいだろうけど、作業と生活だけになればいいのに。お金の心配をせずに、時間、体調の心配をせずにただ猪突猛進できたら楽だろうなー。もっと頑張るべきだ。


二〇二四年一〇月一六日、更新

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