Bメロイントロという革命~『心にもないこと』が超好き~
5期生楽曲のひとつ、池田瑛紗ちゃんがセンターを務める『心にもないこと』が、ともかく大好きである。良曲ぞろいの『人は夢を二度見る』シングルの中でもモーレツに好きである。
ピアノとストリングスにアコギの暖かい実在感が重なる乃木坂らしい美しい楽器のサウンド、サビ頭の〈あぁ〉という遠ざかっていくようなファルセット、ドキッとする裏拍を食う譜割り、マンネリズムへの不安が滲む切ない歌詞、意外と低めな声質の瑛紗ちゃんの真摯な歌い出し、5期生達の透き通ったユニゾンの重なり、どれを取っても良い。もう、とにかく良い。好き。
上に挙げた要素のほか、『心にもないこと』を語るに重要なポイントとしてイントロがある。この楽曲のイントロはBメロから引用されているのだ。
歌パートの歌詞で示すと〈言葉ってあやふやで/真実が見えなくなる〉の部分である。このメロディラインを基にしたイントロが、曲の始まりに流れる。
これがともあれ珍しいという話がしたい。そして、それゆえ良いという話である。
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イントロ、と一口に言っても無数のバリエーションがある。
昨今はイントロが短くなってるとかそもそも歌から始まる曲が増えてるとかいう例も多いが、それらも聴かせる工夫の一つとして、曲がこれから始まろうという「ツカみ」の部分に対して、作り手は力を入れていることだろうし、聴き手も当然まず注目(注耳?)するものだ。
そんなイントロでも、少なくないパターンとして「歌パートのメロディを引用している」ものがある。
メロディを引用してなくてもコード進行がAメロと同じ、サビと同じ、というケースは多くある。その場合において大抵は、伴奏にメロディが乗せられるとしてもイントロ独自のものだ。
例えばスピッツ『美しい鰭』のイントロ。コード進行はサビと同じものだが、そこに重ねているギターは、サビそのままのメロディを弾くのではなくアルペジオを主にした演奏をしている(それでいて〈抗おうか〉などのメロディをちょっとだけ引っ掛けてくるのがニクい)。
こうした曲がある一方、サビの歌メロディをそのままギターなどで演奏しているイントロも多いわけである。
例えば、代表的なところで言うとB'zの『ultra soul』がある。導入的な頭の4小節ののち、松本さんのギターによって〈夢じゃないあれもこれも/その手でドアを開けましょう〉部と同じメロディが演奏される。
もう一つ、わかりやすい例を挙げるとTM NETWORK『Get Wild』がある。こちらは少し変わった構成で、16小節あるイントロの前半と後半でガラッと変化する。その前半8小節で、日村さんの演奏でもおなじみサビの〈Get wild and tough/ひとりでは解けない愛のパズルを抱いて〉部のメロディをシンセサイザーが奏でる。
(木琴で演奏した時の〈解けない〉の部分のタラランが何故か異様に面白いので、探してみてください)
という感じで、サビのメロディをそのまま引用したイントロは、誰でも一度は聴いたことがあるラインナップにも当たり前に存在しているわけだが、今回探してみたところ「あるようで意外とない」印象を受けた。
王道の手法なようで、(それこそ誰でも一度は聴いたことがあるものに絞って探してみても)中々すぐには見つからなかった。
その印象を裏付けるであろう数字がある。乃木坂46の2023年9月現在までにリリースした全270曲のイントロをざっくり大別したものだ。
そのうち「サビのメロディをそのまま引用したイントロ」は17曲。割合にして全体の6%程度であった。耳で聴いて振り分けたものなので見落とし(聴き落とし)があるかもしれないが、とはいえここから10曲も20曲も増えることはないだろう。
もちろん乃木坂46に限った数字ではあるものの、いずれにしてもこのデータから「サビのメロディをそのまま引用したイントロの曲は、意外と少ない」と言ってしまってよさそうである。
ちなみに最もわかりやすい形でイントロにしている(と個人的に思う)のは、5期生楽曲『17分間』。ギターのシンプルな単音弾きが光る、センター・川﨑桜ちゃんの眩しい笑顔も相まって抜群に爽やかな楽曲である。
表題曲においても意外にも少なく、『ジコチューで行こう!』はわかりやすいが、そのほかに数えられそうなのは最新の『おひとりさま天国』くらいであった。しかしこれも、導入8小節にシンセでサビのメロディをなぞりつつ、メインと言えるであろう後半8小節のパートはサビのメロディから外れているので、特殊な構成である。
このほか代表的なところを挙げると、『ありがちな恋愛』や『アンダー』、おひとりさま天国と近い構成の『涙がまだ悲しみだった頃』、などが当てはまった。
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何の話してるんだっけ?となってきていなくもないが、もう少しお付き合いいただこう。
サビのメロディをそのまま引用したイントロよりもさらに少ないのが、Aメロのメロディをそのまま引用したイントロである。
しかし乃木坂46にはあまりにも代表的な曲がある。『君の名は希望』だ。〈僕が君を初めて意識したのは〉から始まる部分のメロディがピアノで演奏されている。
作る工程としても、このフレーズがまず最初に生まれたらしく、キーワードならぬキーフレーズとでも言うべき珠玉の一節である。
『君の名は希望』の印象が強いが、上に書いた通り、Aメロのメロディをそのまま引用したイントロはサビのそれよりも少ない。乃木坂46の270曲中9曲。全体の3.3%ほどである。
表題曲としては他に『サヨナラの意味』や『今、話したい誰かがいる』があったり、また表題ではないが乃木坂の重要な一曲『羽根の記憶』『世界中の隣人よ』が並ぶ。
残りもすべて挙げると、ユニット曲では『大人への近道』『価値あるもの』、最新の5期生曲『考えないようにする』、そして衛藤美彩先輩のソロ曲『もし君がいなければ』。
こうしてみると、曲数の少なさに反して印象に残りやすいラインナップであるようにも思う。
(※ちなみに、勘の良い人は我らが作曲家・杉山勝彦氏が今回のキーパーソンであることに、ここら辺で気づくだろう。氏が手掛けた名曲、けやき坂46の『沈黙した恋人よ』のイントロもAメロのメロディが使われている。)
乃木坂を離れてみると、Aメロのメロディをそのまま引用したイントロは多くないらしく、他の邦楽・洋楽をざっとさらってみても定番らしい定番の楽曲があまり見つけられなかった、というのが正直なところである。
「歌い出しのメロディがイントロ」というところでは、The Beatlesの『Please Please Me』と『Norwegian Wood』があった。ただこれらはA-B-サビという構成でなく、洋楽らしいヴァース‐コーラスの形式なので、ここに当てはまるかは微妙。
単に思い付かないまま見落としているだけな気もするので、これがあるやないかいという曲があればご一報ください。
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で。
ここまでを踏まえて、いよいよBメロの、そして『心にもないこと』の話に進むことが出来る。
まず数の話からすると、Bメロのメロディをそのまま引用したイントロは、サビやAメロよりもさらに少ない。数にして3曲。全体の1%ちょいといったところだ。
既に挙げた『心にもないこと』のほかは、『きっかけ』と『4番目の光』のみなのである。
それぞれ、〈自分の意思/関係ないように/誰も彼も皆一斉に走り出す〉部分、〈鏡に自分を映してぐるりと一周回った〉部分に当たるメロディがイントロに使われている。
この2曲とも、大筋としては「明るい前向きな曲」であると思う。『きっかけ』は切実さが滲む大人びた雰囲気もあるが、「前に進むんだ」という強い意志が核であるし、『4番目の光』もまた、憧れの乃木坂46になれた喜びと希望に満ちている。曲調もそんな世界観に沿ったものだ。
そうでありながら、曲の始まりを耳にすると、どこかハラハラとする「緊張感」を覚えてしまう。あるいは、もう時間が残されていないという「焦り」や「寂しさ」に近い感覚。
それこそ「切実さ」の印象が強いというか、唇を噛んでいるような、足を踏ん張っているようなイメージが浮かぶ。少なくとも、「暖かいイントロ」や、テンションがブチ上げる「高揚感を生むイントロ」ではないだろう。
『心にもないこと』もまた同様である。切ないニュアンスは曲全体に通ずるところだが、その世界観にグッと掴んで引き込む力をこのイントロが放っている。
これが良い!!!と叫んで終わりにしてもいいが、もう少しがんばって話を続けよう。
上に挙げた「緊張感」や「焦り」、「寂しさ」。根本的なとして、これらを齎す役割をBメロが担うことは割とスタンダードなのではないかと感じている。もちろん全てにおいてではないが、往々にして、くらいに言ってしまえるんじゃないかと思う。
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Bメロってそもそも何だ。
ざっくり言うとしたら、Aメロは「導入」、サビは曲の「核」。その2つを「繋ぐ役割」に当たるのが多くあるBメロだろう。Bメロはいわば起承転結の承や転、序破急の破に当たる箇所だ。
それはサビで達する頂点に向けた「溜め」であったり、曲を通したメッセージを胸張って宣言するために一度「立ち止まる」「迷う」フェーズ。
超荒っぽく表現してしまうと、曲の流れの中で、一旦トーンが落ちて「暗くなる」パートとも言える。だが一様にBメロは下がるもの、ということでもないので、やはり「緊張感」や「焦り」という表現が合っているような気がする。
例えばMr.Childrenの楽曲には、Aメロが最も落ち着いたトーンであり、Bメロからふつふつと湧くように熱量が上がって、サビで最高潮を迎える、という(印象の)楽曲は少なくない。
パッと思い付いたところで言うと、『Tomorrow never knows』や『抱きしめたい』、『GIFT』、『HANABI』など、この例に当てはまる曲はシングル曲だけ見てもちょいちょいある。
しかしいずれも、やはりBメロでドキッとするというか、「緊張感」や「焦り」で胸がいっぱいになってしまっているような感覚を覚える。
実際の歌詞を見てみても、自分に対しての「後悔」や「迷い」、過ぎた「過去」への想いを感じる内容である。ミスチルのこれらの楽曲のトーンの流れは、明確に意図して、それらの感情をメロディに落とし込んでいるものと見れるだろう。
日本を代表するモンスターバンドの楽曲のBメロは、ここまでの「Bメロ論」における代表例として挙げて問題ないだろう。
つまりは、「Bメロってそういうことだよね」である。
「後悔」や「迷い」を反芻して一度立ち止まり、そこには先へ進むことへの「緊張感」や「焦り」、「不安」が浮き上がっている。
…というパートとしてBメロを有効活用している。逆説的に、Bメロはそういう使い方をするのが比較的スタンダード、そういうニュアンスを持ちうる、ないし元から持っている、というわけだ。
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それをイントロにしてるの、凄くね?という話が本旨である!
『きっかけ』、『4番目の光』、『心にもないこと』。
そもそもとして、頭を空っぽにして聴いてみても、聴き始めでこれほど胸がギュッとなる3曲は無いだろう。
その正体として、「Bメロイントロ」という革命があるのだ。
これまた探してみても、実に例が少ない。唯一見つけられた乃木坂46以外の楽曲は、お気づきの通りMr.Childrenの『HANABI』である。
『HANABI』もまた、聴き始めると思わずドキッと、胸がギュッとなる曲である。初めて聴いたときは「ミスチルっぽくないな」と感じたのだが、その理由は実は単純で、「イントロがBメロだから」(これまで聴いていた感じと違うから)だったかも、なんて思っている。
そうした「いつもと違う感じ」を含めたBメロイントロの魔法が、『きっかけ』、『4番目の光』、『心にもないこと』にもまたあるのだ。
どれも大変良い、めっちゃ好きな曲であるが、『心にもないこと』が特に好きなのだ。あー好き。最高。『きっかけ』も『4番目の光』も最高だし、『心にもないこと』はもっと最高。
こんな曲を作っちゃう杉山勝彦最高、となるわけだ。そう、これらの3曲ははすべて氏が手掛けている。
上でもチラッと書いた通り、Aメロイントロの曲もまた同様だ。9曲のうち6曲が杉山作曲である。(勝手な話をここですると、『今、話したい誰かがいる』はAkira Sunset作曲だが、意識的な杉山インスパイアではないかと睨んでいる。そうなると実質7曲。)
サビイントロの曲は多くは無いが、17のうち3曲作っている。関係ないけど全部24thシングル収録であったりしていてちょっと面白い。
以前、杉山勝彦・Akira Sunset両名によるYouTube生配信を視聴した際、スパチャして質問を投げたことがあった。
「『きっかけ』はBメロのメロディがイントロに使われていますが、何か意識していた狙いや考えはありましたか?」みたいな感じのを。
結論から言えば、特に明確な回答は返ってこなかった。
もちろん質問に対しての答えは頂いたが、あれがああでこうで、と具体的な説明ができるほどの意図的な配置ではなかったらしい(作曲という作業は感覚的なところも大きいだろうから、これはこれで十分納得できる答えであった)。
だが改めて今回色々考えてみて、杉山氏が強く影響を受けたというMr.Childrenが、「Bメロ論」を語るに無視できない存在であることがわかったことで、ぼんやりと繋がりが見えてきたような気もする。
推測なのでざっくばらんに表現すると、「Bメロというものを杉山勝彦の中で価値高く感じている」という可能性である。
ミスチルの曲を聴き影響を受けた氏の中には「Bメロって重要だよね」という感覚が強くあるのかもしれない。
無意識下に刷り込まれている、とまで言うと大げさだろうが、Bメロでグッと熱量を高めるミスチルの楽曲から影響として、要素がゼロとは言いきれないようにも思う。
それゆえ、前例の多くないBメロのメロディをイントロに引用する、という選択肢を取るハードルが高くなかったのかもしれない。
それこそAメロのパターン、サビのパターンも少なからず作っている杉山氏だが、そもそもはピアノを用いて作曲することが多いらしい。ギターをギャンギャン鳴らすよりも、旋律をそのまま取り入れるケースが多い方の作曲家であることだろう。
その上で、「Bメロって重要だよね」っつって、「じゃあイントロにも使っちゃおう」っつって、ナチュラルにそんなような作曲を行うのではないか。
そうして生まれたのだ。
『きっかけ』、『4番目の光』、そして『心にもないこと』が!!!
こんな名曲たちを!
ありがとう杉山勝彦! そして、ありがとう桜井和寿!
いやこんな結論で良いんだろうか。
あーもうホント、言葉ってあやふやで真実が見えなくなる!
以上。