じゃあ『こどものおもちゃ』の話を俺が代わりにしよう
『乃木坂工事中』のオススメ作品プレゼン企画で新内さんが小花美穂先生の名作『こどものおもちゃ』(1994-1998)を紹介されてましたね。
ただ番組中では尺や演出の都合、したい話があまり出来てない印象で(オンエアでは大分カットもされていた模様。作品のキーワード「人形病」も出してたけど詳細が放送されませんでしたね)。
改めて読み返してみると、この作品と新内さんが色々繋がっているような気もして……「新内眞衣」を知るための一つの参考図書として、絶対に読むべきだと!
だったらここで、幼少期から『こどものおもちゃ』を愛し続けている立場から、代わりにこの作品の話をしようじゃないかと!思った!
てことで、どんな作品かおおまかに書いていく。
ここからは一定のネタバレとともに解説していきます。ただしそれは作品を深く伝えるに当たり必要な部分である。もちろん全てを書くことはしない。
そんなわけで全くネタバレNGな方には向かない内容かと思うのでご容赦されたし。
登場人物
主要人物として取り上げたいのは、新内さんのプレゼンでも名前が上がった「倉田紗南」と「羽山明人」。
新内さんがホワイトボードに貼り出していた9つのキーワードも、この2人に関わるものである。だから、そのキーワードを軸に、この2人や作品そのもの、他の登場人物について書いて行こう。
倉田紗南
彼女は小学生にして「劇団こまわり」に所属する子役タレント。「明石家よんま」さんが司会を務める番組『こどものおもちゃ』にレギュラー出演しているほか、単独でテレビ出演、ドラマ出演、CM出演などもする売れっ子タレントである。
明るく快活で、正義感が強く、アホっぽくおちゃらけることも多く、しかし年頃の少女らしい脆さも垣間見せる、倉田紗南とはそんな主人公である。
羽山秋人
そして羽山。彼は紗南の小学校のクラスメート。口を開けば皮肉か悪態、自分に歯向かう相手には暴力をも厭わない凶悪な性格であり、妙なカリスマ性もあってクラスの男子たちを従える、紗南曰く「ボスザル」である。
彼の深いパーソナリティは以下で書いていくとして、『こどものおもちゃ』の物語は、羽山の悪行に見かねた紗南が、彼との対立を深めていくところから動き出す。
学級崩壊
物語開始当初、紗南のクラスは完全に学級崩壊している。担任が気の弱い女性の先生なことで男子たちが付け上がり、遊び放題暴れ放題(先生をインクが入った水鉄砲で撃ったり……)。
そのボスとして君臨しているのが羽山。後ろでドシンと構え、周りの男子は彼を「羽山さん」と呼び慕って好き勝手している。
そんな男子たちに我慢の限界がきた紗南が、羽山に向かって啖呵を切る。それに乗じた女子たちも一斉に男子を口撃するが、特にキツイ口ぶりだった子が逆に標的になって……という展開が序盤には続く。
しかしそこは紗南の持ち前の明るさ(と、小花先生の筆致!)によってずっしり重くはならず、絶妙な笑いに昇華される。
「劇団こまわり」仕込みの華麗なステップで羽山を挑発したり、一斉に襲い掛かって来た男子を1コマでボコスカのしたり、うっかりドジで羽山との勝負に負けて口を出せなくなったりする。
虐待(ネグレクト)
そんな問題児・羽山であるが、ある時の紗南との交流によりそのバックボーンが明らかになる。
彼は母親がおらず、またその理由は病弱な身体で羽山を産んだことが原因だと言う。そのことで姉からはずっと「あんたがお母さんを殺したんだ」「悪魔」と言われて忌み嫌われ、家に居場所が無い。父親も仕事が忙しく、姉弟のそんな状況も放置したままで、夜な夜な家を出ていく息子を黙って見送るばかりであった。
そんな彼の事情を知った紗南。直前に出演したドラマで母を亡くした姉妹の妹を演じ、「あんたさえうまれてこなければ」という言葉を受ける痛みを知った彼女は、単身羽山家に乗り込んで思いっきり啖呵を切る(紗南はすぐ啖呵を切る)。
そうして紗南は、ついに羽山と1対1の交流をする。生まれもって母親がいない羽山に対し「お母さんごっこ」と称してひざまくら、出演していたドラマのセリフを引用して彼に母性を与える。
羽山も、父や姉も、みんな根っから悪人な訳ではなく、「母の愛」を求めていた。故に羽山家はすれ違っていた。そして紗南という存在が羽山家のズレた歯車を直し、それは再び回り始める。
いじめ
そうして紗南は羽山との交流を深め、彼のことを何かと気に掛けていくようになる。またクラスの問題が落ち着いたりなど周りのゴタゴタが解決したことで心機一転、芸能活動にも改めて精を出す。
しかしそれによる多忙故、紗南は女子の友達の誕生日会に誘われても行けなくなってしまったりと、関係が悪くなり、遂には女子全員から無視される状況に陥ってしまう。
孤立してしまった紗南は、表面では明るく努めつつも、内心は自分に言い聞かせるような強がりをこぼすこともあった。そんな紗南を、羽山や後述の剛が気に掛ける。
更にはそんな紗南と女子達の状況を周りの男子たちが面白がりだし、しかしそんな男子に対して、他でもない羽山が怒って手を出したり……という、一連の事件を通して、2人の関係性の変化が垣間見えるようになる。
離婚
紗南達のクラスメイト・佐々木 剛。いわゆる「眼鏡くん」な風貌をしており、またそれらしく気弱で主張の強くない性格をしている。
ゆえに羽山率いる男子軍団の輪には加わらず、むしろ邪見に扱われることもあるのだが、実は羽山とは幼稚園の頃からの旧知の仲であり、羽山は唯一剛の言葉には耳を傾ける。あとキレたら周りのものを辺り構わずぶん投げる癖があるので、そういった意味でも一目置かれている(というか羽山しか止められない)。
そうした背景や、わりかし神経の太い部分、妙に惚れっぽい性分もあって、羽山達男子と紗南達女子を取り持つようなポジションにいるのが彼だ。
そんな剛だが、作中で両親が離婚することになる。それは少々問題のある父親に原因があり、また幼い妹もおりと、そういった彼の家庭事情に、紗南と羽山は揃って首を突っ込んでしまう。
ひと騒動ふた騒動ありつつ、エピソードの終盤、母と妹の前では気を張っていた剛が、紗南と羽山にだけ本心を見せる。
これらのことが、彼ら3人+のちに剛と恋仲になる亜矢ちゃんを含めた皆の関係を、長きにわたって続く、強いものへと深めていくきっかけになるのだ。
14歳の母
乃木中での新内さんの解説の通り、紗南は一緒に暮らしている母が生みの親ではない。父親もおらず、羽山や剛のことを放っておけなかったのも、彼らが自分と境遇を近しくしていたからなのかもしれない。
実の母親は14歳の頃に紗南を出産、自分では育てられず、公園のベンチに生まれたばかりの紗南を置き去りにしてしまう。
そして紗南を拾ったのが現在共に暮らす育ての母・実紗子。彼女は若くして結婚していたが、子どもができにくい体質であったこと等を理由に早くして離婚、その矢先に紗南を拾った。以降、自分の子として紗南を育てている。
いるんだけども、この母、大変ぶっ飛んだキャラクターである。例えば頭の上でリスを飼っている。黒柳徹子的なボリュームある髪型の上に小屋やカラカラをまんま載せて、その中でリスのまろちゃんが元気に走り回っている。
他には、広い家の中をゴーカートで爆走したり(スピード出しすぎている)。家の中で紗南を呼ぶときはホラ貝を使ったり(紗南は元気に駆けつける)。職業・小説家だが、締切を迫る担当から家の中でドタバタ逃げ回ったり(原稿は出来ている)。
こういう漫画的演出がとてもポップ!上で挙げた紗南のアクションもそうだが、それこそ挙げた9つのキーワードが作品の軸であり、度々少女漫画とは思えないほどにシリアスな展開にもなるが、ギャグに突き抜ける部分はとことん突き抜けている。
読み手のずーんとした気持ちもサクッと晴らしてくれる。それが非常に爽快。それが小花先生のバランス感覚!
さて、そんなコミカルな設定を持つ母だが、実際は作中でも屈指の人格者である。たびたび迷い悩む紗南を諭し、優しく抱きとめる。自身の子ではない羽山のことも、無茶な行動を厳しく律することもある。彼女がいてこそ子ども達は道を誤らないのだ。
ヒモ
続いてこちらのキーワード。紗南には彼氏がいる。それが彼女のマネージメントも務める青年・相模玲。グラサン。彼は倉田家に住み込みで働いており、マネージャーとしての仕事の他、紗南の日頃の送り迎えなども担当している。
そしてヒモである。元々色々あって路上で寝食するタイプの暮らしをしていたところを紗南に拾われ、以後彼女の「彼氏」として定期的にお小遣いをもらっている。
しかし、それは紗南の中だけの恋愛ごっこに過ぎず、すべて把握している実紗子が陰で糸を引いており……という。
結局彼は大人、紗南は子ども。それが浮き彫りになり、傷付きながらも紗南が一つ成長する。そんな重要なエピソードに繋がるのだ。
ゴシップ
中盤から登場する紗南と同じく子役タレント・加村直純。彼は紗南と同世代にして超売れっ子タレント。気持ちが高ぶると所構わずトランペットを吹きかますのが玉にキズな超イケメンである。
同世代の男女人気タレントということで、紗南と直純はたびたびカップリング扱いで世間からもてはやされ、ありもしない熱愛説などを持ち出されて当の本人達は困惑、と思ったら直純は意外と本気で……といった関係性だ。
実は彼もまた両親がおらず、そういった点からも2人の間にシンパシーが存在する。
しかし、その直純には強烈なおっかけがいる。そのおっかけは紗南に嫉妬心を抱き(もちろん勝手な報道に影響されている)、ある時根も葉もないゴシップ記事に感化された彼女らが、紗南の前に現われ……という展開がある。
直純というキャラクターを軸に、タレント故に受けてしまう被害というものを大にも小にも描いているわけである。
殺人未遂
話は飛んで、紗南と羽山が中学生になってからの物語も佳境のエピソード。そこでは羽山と、ちょっと内気な小森というクラスメートとの交流が描かれる。
とあるやり取りをきっかけに、羽山は小森に利き腕をナイフで刺される。それが殺人未遂事件として扱われるのだが、そのこと自体がこのエピソードのキモではない。
小森は「教育ママ」という言葉では収まらないほど強烈な母親からの重圧に圧し潰されていた。そんな彼は、誰相手でも着飾らない羽山に憧れていた。
羽山は極限状態に陥った小森に自ら促してナイフで刺される。そして羽山は自分を刺した小森と向き合い、対話を行う。羽山が人の心を救おうと踏み出すのだ。
心の病
番組中で「人形病」と新内さんが発していたが、それがこれである。これは物語のクライマックスに繋がる終盤、紗南が病にかかり、楽しかったり面白かったり、怒ったり悲しんだりしても、それが一切顔の表情に現われなくなってしまう。
この症状は彼女の心のあり方が現れているものなので、読者として読んでいても辛く、不安な、焦燥感に襲われる。あんなにも明るかった紗南が、無機質な表情しか見せず、今まで見られなかった不安定さも覗かせる。
実はその発症の理由は羽山に起因しているのだが、解決の糸口もまた羽山が持つ。そして、彼が本心を紗南に伝えた時――――
幸せ
最後に、新内さんもプレゼンで挙げていなかったこれを、この作品の10つ目のキーワードとして挙げたい。
ここまでの物語において、羽山と心を通わせ、友人たちと絆を深めた紗南は、最終話で、直純の言葉、母・実紗子との対話を経て、「幸せ」という言葉に辿り着く(そしてそれを誰よりも羽山にまず伝える)。
それはまた彼女自身が感じ取るものでもあり、人に与える物でもあり……壮大な『こどものおもちゃ』という物語におけるゴールとして実にふさわしいものだ。
そしてそれを他者に伝えるために、「幸せ」を感じられていない人を救うために、紗南が何をツールに用いているのか、新内リスナーは是非作品を読んで確かめてほしい。
名言
こんな見出しでありつつ、別に名言を紹介したい訳ではない(っていうか上で散々引用してしまった)。
むしろ『乃木坂工事中』のほんのり補足である。
新内さんが挙げた(実演した)名言を、設楽さんが「そこまでの名言じゃない」と言っていたけど、ある意味その通りで。
要は「あれじゃ伝わらない」のだ。それは決して新内さんが下手という事じゃない(あれは、スタッフのワルい演出によるものだ!プンプン!)。
『こどものおもちゃ』という作品における名言は、言葉は月並みというか、セリフだけ切り取っては中々伝わりにくい。
その言葉に至るまでの展開、人物の葛藤、その悩みやぶつかった壁、そういったものをまずストーリーを経て感じなければならない。
その上で「月並みな」言葉が突きつけられる。するとどうしたことか、他でもなくそのセリフでこそ救われる!という猛烈な刺さり方をする。
それも単に「良いことを言っている」だけじゃない。登場人物(紗南や羽山)が、まさにその言葉だからこそ救われ、心を動かされるのだ。そして、その時読み手は既に彼女らにこれでもかと感情移入している(小花先生の手腕によって!)。
だからこそ新内さんが挙げた「逆境こそ楽しんで生きなさい」「好きでもないヤツに優しくするのが優しいとは思わない」「オマエと離れたらダメになるのはオレの方だ」というセリフが、この作品の名言となる。そういうことなのだ。
最後に他の作品を紹介
作者・小花美穂先生の作品は、『こどものおもちゃ』に限らず名作ばかりなのである。紹介というか、その話を簡単にしたい。
まずは『水の館』という作品。これは『こどものおもちゃ』のある意味スピンオフ作品である。
これなんと、紗南が出演した映画(いわゆる作中作)をそのまま独立した作品として漫画化したものなのだ。『こどものおもちゃ』作中でも、中盤の主要エピソードとして撮影中の様子を大きく取り上げて描かれている。
そういった"裏側"を『こどものおもちゃ』で知った上で読むとまた読み応えが別物になる(「このシーン、あんな状態で撮影してたんだ……」みたいな)。
20年以上前の作品ながら、『こどものおもちゃ』と合わせて読むことで、今でもそうそう味わえない読書体験が出来る名作である。
もちろん単独の作品としても、読み終えた後にもどこか心に残り続ける、湿度がありつつ美しい、重要な作品である。
もう一つは『パートナー』。これは『こどものおもちゃ』とは関係のない作品だが、これまた不朽の名作だ。
これは新内さんも乃木坂工事中オンエア後に755で名前を挙げていたが、「すっごくオススメなので是非💓」とポップに書いていたことにちょっと引いちゃったくらい重い作品である。それはもう、重い。辛い。
どうせなら読んで感じてほしいのでここでは詳細は語らないが、簡潔に言うと「人の死」がメインテーマやストーリーの展開に直結している。ある意味、『ザンビ』を通った乃木坂ファンには一味くる作品かもしれない。
こちらもただの大団円では終わらない、しかし心は救われるという、湿度の高い名作だ。
そう、小花作品は常に湿度が高い。カラッと終わらず、どこかシリアスで心に残り続ける読後感を生むものばかりだ。しかし、光は失わない。
他にも『猫の島』とか『アンダンテ』とか挙げ出したらキリがないので以上とさせていただく。とにかく名作ばかりなのだ。
そんなわけで『こどものおもちゃ』、そして数々の小花作品を是非一度手に取ってみてください。
以上。
明日飲むコーヒーを少し良いやつにしたい。良かったら↓。