『乃木坂46シングル曲が物語る"今"』その5(逃げ水~帰り道まで)
前回で、怒涛と表現して過言ではない2016年、それを経た2017年1発目のシングルまでを書いてきた。
重要な存在だったメンバーの卒業や、新たな世代の台頭が重なり、否応にも求められた新たな姿を表題曲に表すこととなった。それは賞という形で結実したが、それ以降も乃木坂46は、新たなメンバーも迎え、新たな挑戦も行い、そして新たな別れがあり、そんな怒涛の変化は留まることを知らず今日まで続いていくのだ。
逃げ水
遂に3期生が参加した表題曲である逃げ水。大園桃子、与田祐希の2人をWセンターに配置し、1期、2期生メンバーが後ろから支えるフォーメーションを取る。
これまで定番となっていた「夏シングル」に当たる曲だが、直前にリリースしたアルバム『生まれてから始めてみた夢』において、リード曲『スカイダイビング』、グループ全員が歌唱に参加した『設定温度』など、夏をテーマにおいた新曲が先んじて発表されており、結果この『逃げ水』はこれまでの夏シングルの路線を踏襲していない独自の楽曲となった。
そもそも「逃げ水」という言葉は、存在しない水たまりが遠くに見える蜃気楼のような現象。そのモチーフの幻想的なイメージは楽曲にも存分に反映されており、特にサビ前の『月の光』によるブレイクはあまりにも特徴的だ。
(詳細は、作曲者であるサックス奏者・谷村庸平氏のブログに詳しい)。
そんな『逃げ水』、よくあるパターンであれば、新メンバーである3期生目線の「これから成長していこう」、あるいは3期を含めた全世代としての「ひとつになって頑張ろう」という内容になりそうなものだが、この曲は明確に違う。
むしろ、これまで約5年間の活動を経てきた既存メンバー達へ向けた言葉が含められているのだ。
※余談、先述したテーマはそれぞれ、前者は『三番目の風』、後者は『設定温度』においてしっかり描かれている。でありつつ、『三番目の風』は単に明るく前向きと言うより、逆境も含めて自分らを鼓舞するように力強く、『設定温度』は共存することの酸いも甘いも取り込んだ、かなりクールな態度の曲だ。
『逃げ水』において特に注目すべき歌詞は、以下である。
いずれも、時間の経過や、それによって何か失ったモノを感じさせるフレーズが並んでいる。これらが加入して間もない大園・与田の立ち位置から見た主観の言葉であるはずがないのだ。
それは、これまで乃木坂46として経歴を積んできた、1期生、2期生のメンバー達のものであるはずだ。
グループに加入した当初に思い描いていた青図から、現在の自分が乖離しているメンバーもいるだろう。当時からは、思ってもみなかった活動を行っているメンバーもいるだろう。あるいは、乃木坂46としての活動を通して、新たな道が開けたメンバーもいることだろう。
これらの歌詞は、そんな彼女達に"逃げ水"というモチーフを通して、「忘れていないか?」「目をそらしていないか?」、そう問うメッセージのように感じるのだ。
「背中で語る」という表現があるが、『逃げ水』はその表現を逆説的に利用し、まっさらな状態でいる3期生の背中をメンバー達に見せて、何かを気付かせようとしているのではないだろうか。
またそれは、彼女達が胸に秘めた<やりたいこと><あの夢>を、決して押さえ込ませさせないためのメッセージではないか。
もしそうであれば、以下の歌詞はものすごく希望に満ちた言葉に聞こえてくる。
新メンバーを迎え入れて、自分達も同じようにいた頃に立ち返り、そして何かを得る。そんなプロセスを美しく描けるのならば、アイドルのストーリーは益々眩しく映る。
乃木坂46の物語において、その過程を描く楽曲として、この『逃げ水』は3期生を迎え入れたグループの"今"をまさしく表していると言えるのではないだろうか。
いつかできるから今日できる
映画『あさひなぐ』の主題歌である『いつかできるから今日できる』。『あさひなぐ』プロジェクトとして、映画に前後して舞台も上演された。この曲でWセンターを務めた西野七瀬、齋藤飛鳥の2人は、映画と舞台それぞれで主人公・東島旭(とうじま-あさひ)役を演じている。
この曲は『今、話したい誰かがいる』と同様、映画(の原作)からテーマを引用している。それ故、乃木坂46としては貴重な、聴き手への「応援」のメッセージを含んだ楽曲となった。
特に重要なのは、センターを務める西野・飛鳥が演じた東島旭の存在だ。
『あさひなぐ』の映画・舞台でも演じられた合宿編(原作3~4巻)での、旭が水桶を担いで石階段を登るシーンの原作のセリフをここで見てみよう。
ここで描かれている旭の姿、それこそが『いつかできるから~』の肝となる。この楽曲におけるメッセージ、それは旭の言葉なのだ。それは、旭の姿を通して伝わる言葉だ。
何も出来ない、薙刀の技術も実力もない、状況に流されるばかりだった一人の少女・東島旭が、物語を通して変わっていく様、変わった姿、それを見せていく。
そうして物語を経た東島旭として、西野・飛鳥、それぞれがその姿を背負ってセンターに立つ。
そんな2人の旭が「いつか出来るから、今日出来る」という言葉を贈る。それが軽い言葉であるはずがないのだ。自身達が(フィクションを通して)見せてきた姿が、エールであるこの言葉により説得力を与え、聴き手に伝えてくるのだ。
それがこの楽曲の持つ力、そしてタイトルが秘めたメッセージである。そんなメッセージは、きっと”がんばる誰か”の背中を押すはずだ。
自分自身の姿を以て聴き手にメッセージを伝える、それはこれまでの表題曲でも行ってきた伝え方を踏襲した方法論。そして、そのメッセージを伝えるにふさわしく、作曲を担当したのはストレートに響く楽曲作りを得意とするAkira sunset。
『いつか~』は、単なる映画の主題歌、プロジェクトの一環という枠に留まらない、乃木坂46が絶えず続けてきた文脈にある楽曲と言える。
シンクロニシティ
記念すべき20枚目のシングル『シンクロニシティ』。白石麻衣がセンターを務めたこの楽曲は、乃木坂46にとって金字塔のような曲だ。
『君の名は希望』を始め、幾度と語ってきた「どこかに独りでいる誰か」に対する歌。その系譜にある楽曲である事は間違いないが、この曲はそこから更に視野を広めている。
これまでは「君」と「僕」によるワントゥワンの世界だった乃木坂46。しかし『シンクロニシティ』では一人称の「僕」に対し、現れるのは〈すれ違う見ず知らずの人〉〈みんな〉〈世界中の人〉〈一緒に泣く誰か〉。
目を向けているのは、「君」よりも更に遠くにいる存在だ。これまでのような、目の前にいるその人にだけじゃなく、もっと手を伸ばしている。
それも、自分がその人を救おう、というヒロイックな宣言ではない。誰かが誰かに、そしてまた誰かに目を向けよう、という小さな祈りだ。
同時に「僕」もその存在の一人でもある。
これまでのような双方向に向き合う矢印ではなく、円を描きながら矢印が伸び、そして波紋のように広がっていく。それが『シンクロニシティ』の求める〈共鳴〉だ。
その円環は楽曲面でも表現されている。Aメロとサビにおける静と動の表現は、寂しさと歓びの対比。静かなボーカルは、ビートが熱を帯びてゆくと共にじわじわと拡大し、高らかなサビのユニゾンへと繋がる。そして〈ハモれ〉の号令で始まるシンガロングを経て、また収束していく。それを繰り返し、最後は「誰か」の事を想いながらひっそりと消えていく。
また、コンテンポラリーダンスのような振付は、踊りとしてのダンスというより、舞台演劇のような表現に近い。凍えるような孤独と、誰かと繋がったことの祝福を、全身を使って、またグループ皆による全景で表現している。
これまでのシングル表題曲、特に『君の名は希望』や『命は美しい』、『インフルエンサー』、『いつかできるから今日できる』だろうか、それらで行ってきた表現やメッセージが積み重なり、一つの形になったものが、この『シンクロニシティ』であるように思う。
そして、そんな『シンクロニシティ』は、この楽曲への参加を最後にグループから卒業する生駒里奈へのエールでもあるのだ。
ジコチューで行こう!
『逃げ水』『いつかできるから今日できる』『シンクロニシティ』を経て、乃木坂46の曲としてはかなりストレートなシングルだ。タイトルにもあるそのスタンスは、極端と言っていいほどである。
しかし、『ガールズルール』『夏のFree&Easy』に通ずる夏曲でありつつ、それら以上にアッパーな曲に仕上げることで、徹底してポジティブな意味を持たせている。
今回の『ジコチューで行こう!』は、欅坂楽曲でおなじみナスカ作曲のポップチューン。カノン進行を軸にしたコードに乗ったシングル曲らしい王道の歌メロに、激しい音色のシンセを多用、ドラムもこれまでにない程アグレッシブ、それでいて爽やかなアコギも織り交ぜ、と、かなり派手な楽曲だ。パート毎の足し引きも大胆で、否応にも盛り上がる緩急で演出されている。
こうして「とことん楽しい夏曲」として完成させることで、それに乗る歌詞からもネガティブな要素を排除し、感じさせなくさせてしまうのだ。
歌詞は『逃げ水』の延長線上で描かれており、該当項で引用した同曲の歌詞を脱するような表現が多く見られる。
その上での〈ジコチューで行こう〉というフレーズは、メッセージでも宣言でもある。聴き手のことも、歌い手である自身ら乃木坂46メンバー達のことも、まとめて背中を押してしまうポジティブな言葉となる。
〈この瞬間を無駄にはしない〉〈周りなんか関係ない〉〈何を言われてもいい〉〈みんなに合わせるだけじゃ/生きてる意味も価値もないだろう〉という激しいくらいの言い振りすら、純粋すぎるくらい純粋で真っ直ぐな姿勢に思えてきてしまうのだ。
〈ジコチュー〉=「自己中心的」とは、何も人を非難する言葉ではない。「自分の世界の主人公は自分」という強い前向きな言葉だ。『ジコチューで~』は、それを真っ直ぐに示すための楽曲なのだ。
しかしこれらの言葉は、次のステップへと問答無用に推し進める意味も持つ。ファンとしては幾分寂しいが、これからメンバー達はジコチューに道を歩み始める。
帰り道は遠回りをしたくなる
2018年最後のシングルにして、西野七瀬が卒業を発表し、最後のセンターを務めることになった曲。さらに、追って卒業を発表した若月佑美、衛藤美彩も本シングルが最後の参加楽曲である。
そんな変化を象徴するような楽曲だが、卒業シングルとしては、これまでとは違うステージに進んだ。
決定的なポイントは、その視点である。これまでの『ハルジオンが咲く頃』『サヨナラの意味』では、常に去って行く「君」を見送る「僕」の言葉が綴られてきた。しかしこの『帰り道は遠回りしたくなる』では、「君」の元から離れようとする「僕」の視点だ。
特にその「僕」は、焦りすら感じるくらいに気持ちが掻き立てられている。
緊張感あるストリングスや、落ち着きがありつつ性急さもある16ビートのAメロは、そんな心情を表しているようだし、繰り返される〈今行きたい〉〈でも行くんだ〉のフレーズは、いても立ってもいられないような様子を思い起こさせる。
〈どこを行けばどこに着くか〉知り尽くしている道を歩もうとする自分のことを、〈弱虫〉と言い放つ。そして〈新しい世界へ〉と目を向けた、そんな「僕」の姿が描かれているのだ。
これは、『シンクロニシティ』でより遠くまで視野を広げ、『ジコチューで行こう!』で自分の〈やりたいこと〉を肯定したからこそ得た答えだ。もちろんこれらの曲もまた、上記の通りそれまでの積み重ねがあって辿り着いた境地。
そうした過程を経て得た答えを、それまでの「逡巡」と、乗り越えた「決意」の形のまま切り取ったのが『帰り道は遠回りしたくなる』という楽曲だ。
そう考えると、非常に乃木坂46のシングル然とした楽曲と言える。その時その時を切り取る"記録"としての役目を忠実に担っている。
〈強くなりたい〉というフレーズも、西野が過去に何度も口にしてきた言葉。それを、これまでも重要な楽曲に用いられてきた流麗なピアノとストリングスの音色に乗せるのだ。
乃木坂46の中心でそのストーリーを背負ってきた西野のフィナーレを飾る楽曲として、そして2018年までの乃木坂46に一つの終止符を打つ曲として、実にふさわしいように思う。「卒業シングル」としての語り口の変化が、ひいては変化していったグループの実態を表していると言える。
まとめ
以上、全5回に渡って書いてきた『乃木坂46の"今"とシングル表題曲の一致』を終了とさせていただく。(今更ながら、タイトルのややダサさに参る)
元々は、単に「シングルらしからぬ曲調が多いなあ」という発想から、気付けばその曲の意味のようなものにフォーカスを当て始めてしまい、ここまで大事になった次第だ。
改めて22曲を振り返ってみると、「乃木坂46にヒット曲がない」と言われる理由がなんとなく見えてきた。
この「ヒット曲」とは『LOVEマシーン』や『ヘビーローテーション』のような楽曲を指すわけだが、やはりその視点が異なるのだ。
これらの曲は意図的に抽象化された言葉を用いて、その分聴き手の内に浸透されやすくなっている。そして、楽曲に内包されているメッセージ以上に、聴き手自身の環境や状況と連動されていく。
例えば、友人同士でカラオケで楽しく盛り上がった思い出でも良いし、世紀末頃のあの独特な時代の空気でも良い。そういった、楽曲そのもの以上に「聴いていたあの頃」が染み付くからこそ、誰もが知っている曲になり得るように思う。
その点、乃木坂46の曲は言ってしまえば、小難しいのだ。曲単体で考えることや言いたいことが山ほどある。
しかしだからこそ、それが伝わる「何かを抱えている誰か」にとって、大切な曲になる。『君の名は希望』がグループの代表曲と謳われるのも、そういった形で曲が人に寄り添う大きな力を纏っているからだ。
そして『シンクロニシティ』を以て、同じ視点のまま目を向ける世界が広がった。方向性をそのままに、視野を広げたのだ。グループにとって『シンクロニシティ』がどんな意味を持つ楽曲であるかを考えてみると、その成果が見て取れる。
そんな視野で行う表現を、ここからさらに更新しようというのが、先日解禁された新曲『Sing Out!』だ。
『オー、ハッピーデイ』よろしくゴスペルライクなポップスにまとめられた、ピースフルな雰囲気満載のこの曲。
曲のみを聴くと、これまでの乃木坂楽曲らしからぬ牧歌的な優しい歌という印象だが、いざMVを観てみると、そのダンスや映像から『シンクロニシティ』の系譜にある表現であることがわかる。
つまり、『シンクロニシティ』からさらに視野を広げた楽曲だ。
現時点で曲とMVが解禁されたのみなので、まだ何を語れることもない。
この楽曲を、このメッセージを、乃木坂46がこれからの令和の時代でどのように育てていくのか、とっても楽しみである。
(追記 2019/12)
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