
乃木坂46ドラマ『サムのこと』の「私達は大丈夫だ」について
サムの死は急激で、私達は思わず色んなことを思い出しました。それでも拍子抜けするぐらい、淡々と私達の日常は続きます。
誰が死んでも、何が起こっても、日常はいつもぼーっとそこに横たわっていて、知れば悲しくなるほど無責任で、残酷で、途方もなく優しい。
何て言うか私達は、だからこそ生きていける。サムは短いその生涯を終え、私達の前には長い道がある。
その現実に少し涙ぐみそうになるけど、変わらない、バカみたいな、いつも通りの日常がそこにある限り、
私達は大丈夫だ。
ちょうど一年ほど前である2020年3月からdTVオリジナルドラマとして配信された『サムのこと』。原作は直木賞作家の西加奈子氏による同作品。
このドラマのラストシーンにおいて主要人物4人が順に言う上記の台詞が、とにかく大好きである。
それはもう、思わず冒頭から載せてしまったほどに。視聴した際も、エンディングの『I see…』が始まる前に一旦巻き戻しては何度も観る(聴く)ほどに。最後4人の声が揃って聴こえた瞬間はなぜか涙が出るほどに。
この台詞を題材に、今更ながら『サムのこと』の話がしたい。
このドラマには、乃木坂46 4期生から、遠藤さくら、早川聖来、田村真佑、掛橋沙耶香、金川紗耶を主要キャストに、筒井あやめ、矢久保美緒、さらに1期生・秋元真夏が出演した(敬称略)。
いざその内容を観てみると、同じくdTVで配信された、西加奈子氏原作のもう一つのドラマ『猿に会う』(賀喜遥香、柴田柚菜、清宮レイ、北川悠理、堀未央奈出演)(敬称略)と比べても、西加奈子氏原作の『サムのこと』を基にしつつ、設定面は大きく変更されている。
主なキャラクターも、原作は十代の頃の同級生という(男女どちらも混ざった)関係性であるのに対し、今回のドラマでは『宇田川ホワイトベアーズ』という少年野球のチーム名のような女性アイドルグループにかつて在籍していた元メンバーとなった。
性別も人数も変わっているため一部のキャラクターは統合され、また作中で語られる個々のエピソードはオリジナル色が強い、と言うかほぼ完全にそう。その結果、作品を通した印象がかなり異なるものになったと個人的には思う。
そんな風に、限りなくオリジナルに近い形で作られた『サムのこと』。しかし、変わらない部分もある。
葬儀に際して集まった、何やら緊張感のない仲間たちが、サム(原作では男性)の話を思い出してはつらつらと交わす。キャラクターの名前や、一部の台詞、現れる要素(プロレス等)など、おおまかなラインは原作・ドラマで共通する。
冒頭で引用した4人の台詞も、細かい差異はあるものの、基本的にはほぼ同じテキストで原作に登場する。原作では、語り部を務める登場人物「アリ(有本でアリ)」によるモノローグとして作品の締めくくりに語られた言葉であった。
ドラマでは、内容も発せられるタイミングもおよそ同じでありながら、一部は削られ、また原作の台詞に無い加えられている部分もある。
それは例えば以下だ。「残酷で、途方もなく優しい。」、「だからこそ生きていける。」
そして、最後の「私達は大丈夫だ。」という言葉である。
こうした変化、加えられたいずれの部分もそうだが、特に最後の言葉によって、この台詞の、そしてこの作品のもたらす意味が原作と比べても明らかに別物になったとさえ思えてくる。
原作の物語は終始アリの一人称視点で、仲間達との会話や、モノローグ&回想で進むが、ドラマでは全4話の各回においてアリ(早川)、キム(田村)、モモ(掛橋)、スミ(金川)のそれぞれの視点で語られる。
上記の締めくくりの台詞もまた4人が順番に発するのだが、最後の一文があえて加えられたのは、原作では1人の言葉であった台詞を4人の言葉として一つにとりまとめるためと考えられる。
考えられるのだが、構成の都合で加えられたのだとしても、4人が「私達は大丈夫だ。」とはっきり口にして物語の幕が閉じられたことが、なんだか堪らなく嬉しかった。
故に『サムのこと』をあまりにも愛してしまった。
センターだったサムが突如脱退し、その後グループは低迷・解散して以来、数年ぶりに久しぶりに集まることになった宇田川ホワイトベアーズの元メンバー4人。
彼女達は当時アイドルとして活動しながらも、それぞれが、同性愛への葛藤、アルコール依存症、同業の妹への誹謗中傷、占い依存と借金の連鎖といった、決して軽くない悩み、あるいは弱みに囚われていた。
そんな彼女達に対し、何を考えているかわからない、行動も掴みどころがない、その割に人の心にやたら踏み込んでくるサム(遠藤)という存在が、アリ、キム、モモ、スミのそれぞれに有無を言わさず関わり合ってくる。そうして、4人の隠していたことが不意に暴かれていく。
サムは彼女達を言葉で救ったり、力強く働きかけたり、そういうことは別にしていないのだが、しかしその些細かつ無茶な交流によって4人は自身の悩みと弱みを突きつけられ、変化する。
それが四編の回想によって見えてくる。ドラマ『サムのこと』は、そんな作品である。
上記のように、物語はサムの葬儀に集まったところで始まる4人の回想が主軸である。つまりタイムラインは既に「現在」にある。
冒頭に載せた台詞を4人が語るラストシーンや、その直前に行われた4人同士の近況報告から、彼女達は上記の悩みや弱みに向き合い、受け入れていることがわかる。そして、その上で現在の暮らしを送っているわけである。
メンバーに対して抱いた恋愛感情を、抑え切れないながらも隠し通そうと葛藤していたアリは、現在は同性の恋人と生活を共にし、将来の話も交わしている。
酒を飲んでからじゃないとステージに上がれず、ライブ前の楽屋にもこっそり持ち込んで口にしていたキムは、同じくアルコール依存症に苦しむ人達のコミュニティに参加して改善に励んでおり、精進落としの場でもソフトドリンクで徹底している。
自分よりも人気のアイドルだった妹のことを妬み、陰で多くのSNSアカウントを使って誹謗中傷や盗撮写真のアップを繰り返していたモモは、グループが解散して以降は裏方として妹の活動を支えている。
グループ活動について悩んでいたことから詐欺同然の占いにハマってしまい、膨大な借金を抱えることとなったスミは、今は占い師と縁を切って借金をコツコツ返済し、当時サムに連れられたプロレス観戦をささやかな趣味としている。
そんな、今回たまたま再会した彼女達の「現在」は、彼女達自身が自らの力で踏み出したからこそ辿り着いたものである。が、しかしそのきっかけには、思い返してみるとサムの存在があった。
サムのこと、宇田川ホワイトベアーズであった頃のことを思い出す行為は、自身に起きた変化の入り口を思い出すことに繋がっていた。
あの頃からの「変化」が、今は彼女達の胸の内に息づいている。そのことを改めて反芻したのだ。
とりわけ、最終話終盤での元マネージャー・小宮山とのやり取りが印象的だった。彼は、現在担当しているグループが大きな会場で公演できることになったが、4人に対し「本当はお前たちと行きたかった」と零す。
しかし彼女達は、それに同調することなく小宮山と別れたのだ。
もしサムがいなくても、彼女達は変化できていたかもしれない。しかし実際にはサムがいて、今回サムの為に集まった彼女達はあの頃のことを思い出した。
「地球温暖化を防ぎたい」という嘘みたいな理由でグループを去ったサムだったが、彼女から届いた最後のメールで、その真意にも少しだけ触れた。
軽くなった心に身を委ねて、4人は互いに近況を伝え合い、あの頃言っていなかったことを打ち明けた。
そうした形で自分の胸の内を再確認したのである。
そう、彼女達はあくまで「再確認」を行っただけだ。この物語において、大きな変化が起きたわけでもない。4人が再会し、サムがいなくなり、しかし彼女達の日常は変わらない。今の自分はその道程を変わらず歩んでいく。
だから言うのだ。
淡々とした日常が、残酷でも優しくても、先が見えないまま長く続いていても、生きている限り、確かなものが胸にあれば、
まとめ
dtvチャンネルでは、坂道シリーズ(乃木坂46・櫻坂46・日向坂46)共演のひかりTVオリジナルドラマ『ボーダレス』が配信中!
以上。
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