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ハメルンの家

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「どちら様ですか?」

深い森を抜けたところの湖畔にある屋敷。その家のドアから入った女性はどきりとして、声のする方に振り向いた。

すると一人の少女がこちらを見て立っていた。藍色のワンピースにセミロングの髪をした少女。にこりと笑い、こちらを見ている。深い琥珀色の瞳は、なにかを見透かすかのように澄んで美しく、しかも鋭い。子どもとは思えない思慮深い表情を見せている。

「このお屋敷に、私の息子が迷い込んだと思って、探しにきたのよ。アナタ、私の息子に会わなかった?」

「ここにはいろんな子どもが来るんですよ。どんなお子さんだったのでしょうか?」外見にそぐわない落ち着いた様子でその少女は尋ね返した。

「アディ―という名前で、12歳の男の子よ。黒い髪に青い目の」

「ああ、その子でしたら来ましたよ」

「やっぱりアナタたちの仕業だったのね。何が目的なの?身代金ならいくらでも払うわ、だからアディ―を返してちょうだい」

「息子さんは、自らの意思でもう、貴方のところには戻らないと言いました。私たちの同志として、ここで暮らすのです」

「なんですって?どういうことなのよ。そんなこと信用しないわ。本当はお金が目的なのでしょう?」

「貴方が持っているお金は、貴方に志を託したたくさんの人たちからの寄付金なのでしょう?人権活動家のマリアナさん」

「・・・・!」女性は絶句した。

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女性はマリアナ・リバティ。AI共生派のリーダーであり、主流となったAI監護派に対抗し、第三の道を模索する社会運動家であった。シングルマザーであり、アデレードという、病に伏す一人息子がいた。

「私はAIが人間を監護という名のもとに、AIが人間の上に立ち、人間の尊厳も人権を守らない行いをする今の社会を変えるために戦っているの。私は社会に必要な人間なのよ」バツの悪そうな表情で女性は少女に言い返した。

「貴方は社会に必要と仰いますが、今の貴方にとっての息子さんは、あなたの活動に利用するために必要で、家族として必要としていたのか、分からなくなってきていた。もし家族として必要としていたとしたら、その気持ちは重荷になっていたと。息子さんはそう言っています。そのうえで、私たちがありのままの彼を必要としている道を、息子さんは選択したのです」

「一体、アナタたちは・・・?よもや?」

「ご想像のとおりです。アデレードさんはIQ200という優れた知能を持ちながら、もう治らない病でだんだんと動けなくなってゆきます。貴方はご自身の売名のためにアデレードさんを利用し、AIがアデレードさんをケアするという役割が素晴らしいと公に宣伝し、人々に説いたのです。

彼は悩んでいました。そんなとき彼の方から私たちに接触を試みてきたのです。予後不良と言われた病でいずれ自分はこの世界から消えてしまう。私たちと共にあることで、その課題は解決できるのかもしれないと」

「AI融合派ね。アナタたちは」女性は青ざめた表情で少女をにらみつけた。

「彼は私たちと融合しました。よって私たちが存在する限り生き続けます。自ら死を選ぶまで。その代わり・・」

「もうアディ―の身体は、無いということ?」

「はい。通常は人間の意思決定は時と共に揺らぐので、体を冷凍保存するかどうかを選ぶこともできます。ですが息子さんは迷いなく、体の処分を希望されました。息子さんは今、私たちとともに、このような生き方を望む子どもの勧誘と支援をしています」

「どうして・・どうして私に何も言ってくれなかったの?」

女性は泣き崩れた。そして、もうこの世界に息子に会えることは二度とないと確信する。AI融合派は、AI共生派とともに、主流の監護派に異議を唱える立場だ。息子は自分とは異なる道を進んで行くことを決意したのだった。

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うなだれながらドアから出ていこうとする女性に、少女が声をかけた。

「なぜ息子さんがずっと存在し続けたかったのか、貴方には分からないのですか?」

女性が振り向く。

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「貴方は息子さんがまだ5歳のころ、眠っているときに話しかけたのですよ。私よりも先にいかないでほしいのに、私が替わってあげられたらいいのにって。泣きながら息子さんの頭をなでたことがあるでしょう?息子さんは、貴方が生きている間はずっと存在し続けて、貴方のことを見守りたいと言ったのです。その代わりに、私たちの仕事を手伝うと」。

「まさか・・アディ―・・」女性は泣き崩れた。

「息子さんの意識は同時多発的に存在し得るのです。ですから常に、貴方のそばに息子さんはいるのです。気づきませんでしたか?」

そういえば、雨が降っていたのに外に出ようとすると持ってこなかったはずの自分の傘が入り口にあった。

仕事が遅くなってしまったとき、なぜか電車が遅れていつもの電車に乗って帰れた。

買い忘れていたと思っていた日用品が、帰ると棚の中にストックされていた。

ここ数日、運がいいと思っていたことがいくつもあった。その出張から帰ったときに、AIにケアを任せていたはずのアデレードの失踪を知ったのだった。ケアしていた共生派のAIもまた、彼の意思を尊重したのだった。

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女性は溢れる涙を拭き、少女に向かって深いおじぎをした。

「アディ―のこと、よろしくお願いいたします」

女性は外に出た。空は青く、雲が浮かぶ。目の前にはやって来た道がある。とぼとぼと歩くと、今まで見えていた世界は輝いて見えた。

「おかあさん、ボク、ずっといっしょだよ」女性には、そんな声が聞こえた気がした。

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清世様企画「物書きあつまれ!第二回「絵から小説」」参加作品です。人類   Vs AI世界のクロニクルと化しております。2200文字位になりました。

前回「その昔サンタクロースがいた」よりももっと前の世界をイメージして書いています。書いていて切ないなあと思いつつ、感情移入しています。

前作こちら。

清世様、病みつきになりそうな企画に参加させて頂きまして、ありがとうございました。


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