賽の河原
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二人の子供が目の前に石をひとつ、ふたつと積んでゆく。周囲にはそうして積まれた石の塔がたくさんあった。いつからここにいるのだろう。二人のうち片方の子供が、口を開いて話す。
「ふう、疲れちゃったね。そろそろ半分くらい終わるかな。どう思う?ユリナちゃん」。
話しかけられた女の子は返す「タクトくん、半分じゃなくて、もう8割くらいは終わったんじゃないかしら。私が今作っているのは、10区画に住んでいた〇〇さんよ」。
二人が石を積んで作っていた石塔は、墓標であった。
この地域にあった街並みに住んでいた人たちが一瞬にして絶命し、二人はその生き残りであったのだ。
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ここはAIが管理する最新技術のモデル実験都市として、全国からモニターが選ばれて、嬉々として家族を連れて移住してきた。様々な職業の人たちが招待されたのだった。
その数3000人。小さな田舎の街の人口程度であったが、コンパクトな地域での取り組みとされた。AIが人々の生活を24時間見守り、人々はAIに指示を出して、生活の利便性を享受する。自動車は自動運転。学校はリモート。食事、選択、掃除等の家事も、ロボットが担った。もちろんレジャーも。そしてベーシックインカムとして、生活費も支給された。しかもそうしたサービス全て、無料で使える。そんな日々が数年続いたのだった。
街に住む人々は物的に満たされた生活を続けいくいちに、そのうち心を病むもの、尊大さを増すもの、無為になるものと、様々な様相を呈してきた。
ある日、二人が目を覚ますと、そこに街は消えていた。街を管理していたAIが、二人の子供に話す。
「あなたたちは、免れたのです。何故なのか分かりますか?」
まだ8歳程度の二人の子どもであって、自分と、自分の家族の身に何が起こったのかを理解出来なかった。AIは子どもたちが理解している、いないに関係なく話し出す。
「ユリナさん。あなたは数日前、年老いた空腹の、家の無い老婆にパンとスープを渡したでしょう。そしてタクト君。あなたもまた数日前、道端に捨てられていたゴミをたくさん拾って、ゴミ捨て場に捨てたでしょう」
二人はお互いに顔を見合わして、頷く。
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AIによると、この街に呼ばれた人たちは、AIによる生命活動抹消対象をベースに、実験に選抜された人たちであったのだ。
ある人は職場でいじめを行い何名も心を病ませ、会社を辞めさせてしまった。ある人は多額の詐欺行為を行い、支払い能力があるのに民法で裁かれた損害賠償を一切行わなかった。そしてある人は巨額の脱税を行いながらも、咎をうけなかった。そしてある人は・・・
社会のルールから巧妙に逃れて、利益と権利を独占して生きてきた人たちが「人類存続のための抹消処遇が望ましい」と、AIによる選抜で招待された。
つまり彼らは、実験対象であったのだ。
人は貧困と困窮からストレスを感じ、負荷となって心が歪んで、反社会的な言動につながる。もしその仮説が正しいのであれば、物質的に満たされた環境であれば、人はまっとうな道を生きることが出来るのではないか?
それが、AI自動化実装都市に課せられた実験であった。
そしてある日、一夜にしてその子ども二人を残し、ひとつの街ごと消え去ったのである。AIは、住人たちが痛みを感じることなく、眠っている間に静かにこと切れる方法をとった。
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「あなたたちが引っ越してきてから、街の人たちに数年間、最後のチャンスを与えました。全員に生活のしやすさを与え、全員に等しく、善行を行う機会も意図的に与えました。自分の過去を顧みて、行いを改める機会もありました。そうなってほしくて、自由と満足の環境に置いたのです。ですがその善行を行ったのは、あなたたち二人だけでした」。
二人の子供は、自分の家族が一夜にして消えてしまった事実に、悲しむことはなかった。なぜなら二人とも、愛のある温かい家庭にはいなかったからだ。二人の両親とも子育てをAIに任せてしまい、もう随分と、二人は両親の顔を見ていない。しかも、置かれた現実、事実を、そのまま受け止めるには幼すぎた。
ひとつだけ、当たり前の日常と感じていた毎日がある日突然消えた。一緒に住んでいた家族、隣近所、そして街の人たち全てが消えたという実感はあった。
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この話を聞き、二人の子供は自ら、街の人たちの墓標を作ることを決めたのだった。
ひとつ積んでは父のため、ふたつ積んでは母のため。そこに涙も悲しみもない。
「これで最後だよ、ユリナちゃん」「そうだね、タクト君」
二人が最後の石塔を積み終わったとき、周囲には桜の花が咲いていた。二人は車座に作った石塔の真ん中に、おちてきた桜の花びらを集めて積んた。花びらを積み上げながら、二人のほほには涙がつたう。
供養であった。自分たちにしかできないことをやっておこうと決めたのだ。
AIは不思議そうに二人に問う。
「どうして泣いているのですか?街の人たちは誰一人、貴方たちを気にかけることはなかったでしょう?」
ゴミをたくさん拾って捨てていたタクトが答える。
「それでもみんながいたほうがよかった。みんなといっしょにいたかった。みんなが住みやすいように、ゴミをひろってすてていたんです」。
次にホームレスの老婆に自分の食事を運び与えたユリナが問う。
「だれかが悲しんだり、傷ついたりするのはいやだし、いなくなったほうがよかったいのちなんて、あるのでしょうか?」。
AIはその発言にも、問いにも解を出せないでいた。しばしの沈黙のあと、AIは二人に告げる。
「だからこそ私たちは、貴方たち二人から学ぼうと判断したのです。人類の滅亡を少しでも遅らせる方法、そして人類にとって最善の利益を作り出す方法を、私たちと一緒に考えてほしい」。
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二人はAIに導かれ、他の場で暮らすためにその場を立ち去った。AI監護法につき、人類はすでにAIによる監護下に置かれていた。この実証実験は世界中で行われ、AIによる人類の監護と選別、支援と処遇は次のステージに進んでいく。
消滅した街の跡に残された石塔群。それらは風雨に晒され、崩れ、その後跡形もなく元の自然の姿に戻っていった。
二人の子供はその後、その風景を見に戻ることもなかった。
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清世様企画「物書きあつまれ!第二回「絵から小説」」参加作品2作目です。人類 Vs AI世界のクロニクルと化しております。2500文字位になりました。
前作こちら。
次作がこちら。
時系列でいくと、①賽の河原(これ)、②ハメルンの家、③その昔サンタクロースがいた、となります。
清世様、またまた病みつきになりそうな企画に参加させて頂きまして、ありがとうございました。