見出し画像

No.12 睡眠時随伴症とてんかんの鑑別に困っている人に役立つかもしれない論文

今回は、数年前の私を助けてくれた論文をご紹介します。
当時の私は、とある症例の診断に困っていました。レム睡眠行動障害疑いということで紹介されてきた人です。

確かに夜間就寝中の異常行動はあるのだけど、レム睡眠行動障害の症状としてはなんとなく違和感がある。終夜睡眠ポリグラフをとってみたら、症状が生じているのは睡眠段階N2からだった。ということはノンレムパラソムニア(ノンレム睡眠中に生じる異常行動。覚醒障害ともいう)? でもそれとしても症状が典型的ではないし、 どちらの治療にも全く反応しない…。

就寝中に起こる異常行動の鑑別として、てんかんを考えるべきというのは、睡眠医学の教科書にはだいたい書いてあることです。ですから、疑われる病気の一つとしててんかんは頭にありました。

ただ、睡眠医学に携わる多くの先生方と違って私は精神科も神経内科も専門的な勉強はしておらず、てんかんについては研修医と知識レベルがそう変わりませんでした。ついでに、睡眠専門医としても当時は今よりも未熟でした。
というわけで、困ってしまったのです。この人の病気は本当にノンレムパラソムニアやレム睡眠行動障害ではないと言い切って良いのか、てんかん疑いとして専門科へ紹介することは今の段階で妥当なのか―。

そこで色々と調べてみると、当時どこかの学会が出していたてんかん診療ガイドラインで「診断に悩む場合は専門家に紹介を」という意味のことが書いてあって、だいぶ気が楽になったことを覚えています。

さらに後押しとなってくれたのが、この論文でした(文献1)。

"Distinguishing Sleep Disorders From Seizures"
https://jamanetwork.com/journals/jamaneurology/fullarticle/791451

この論文ではパラソムニアとてんかんの鑑別を行うことを目的としてFLEP スケールというものを提案しています。FLEPは、frontal lob epilepsy and parasomnias の略です。

  • 発症年齢

  • イベントの持続時間

  • 1番で何回イベントが生じるか

  • 夜間のいつごろにイベントが生じるか

  • 前兆(アウラ)はあるか

  • イベント中に寝室の外へ出るか

等々、合計11個の項目について点数をつけ、合計得点から夜間前頭葉てんかんらしいか、パラソムニアらしいかを判別するというものです。なおパラソムニアとは、日本語では睡眠時随伴症といい、睡眠中もしくは覚醒した時に生じる異常な行動のことを指しています。

私の記憶では、問題の患者さんはぎりぎり「パラソムニアよりは夜間前頭葉てんかんらしい」というところに当てはまる合計点数でした。このお陰でだいぶ背中が押された気分になって再検査時の映像やその時の脳波画像といっしょにてんかん専門医へご紹介したところ、「てんかんと診断しました」というお返事がきてほっとしたことを覚えています。

というわけで、「目の前の患者さんがパラソムニアかてんかんか分からないけど、気軽に相談できるところに専門家がいない」という私のような睡眠の医者(…って、そんな人は滅多にいないような気がしてきましたが…)は、こういう論文に助けを求めてみても良いかも知れません。

この論文が2006年刊とちょっと古いことを気にする方もいるかもしれませんね。今回の記事を書くにあたって、より新しい類似の論文があるか見てみたところ、同じ先生がその3年後に出していた論文を発見しました(文献2)。
”NREM Arousal Parasomnias and Their Distinction from Nocturnal Frontal Lobe Epilepsy: A Video EEG Analysis.”
https://doi.org/10.1093/sleep/32.12.1637

こっちの論文には、パラソムニアとてんかんの鑑別についてもうちょっと簡略化されたフローチャートかあります。これはこれで参考になるかと思います。

より近年の研究で似たテーマなら、2020年に出ているこの論文も見つけました(文献3)。
”Commonalities and Differences in NREM Parasomnias and Sleep-Related Epilepsy: Is There a Continuum Between the Two Conditions?"
https://doi.org/10.3389/fneur.2020.600026
これは、パラソムニアと睡眠てんかんの患者さん方の終夜睡眠ポリグラフ所見を細かいところまで比較検討している研究で、「睡眠の中身も両者はだいたい似ていて、しいて言えばパラソムニアの方が総睡眠時間が短く睡眠てんかんの方が睡眠の不安定性が高いくらいの違いかな」という結論でした。そんなに似てるんだ。
これはこれで興味深いですが、現場で役立つものとしてはやはり上で紹介した2本の論文の方に軍配が上がります。

参考文献

  1. Derry CP, Davey M, Johns M, Kron K, Glencross D, Marini C, et al. Distinguishing Sleep Disorders From Seizures: Diagnosing Bumps in the Night. Arch Neurol. 2006 May 1;63(5):705.

  2. Derry CP, Harvey AS, Walker MC, Duncan JS, Berkovic SF. NREM Arousal Parasomnias and Their Distinction from Nocturnal Frontal Lobe Epilepsy: A Video EEG Analysis. Sleep. 2009 Dec;32(12):1637–44.

  3. Mutti C, Bernabè G, Barozzi N, Ciliento R, Trippi I, Pedrazzi G, et al. Commonalities and Differences in NREM Parasomnias and Sleep-Related Epilepsy: Is There a Continuum Between the Two Conditions? Front Neurol. 2020 Dec 11;11:600026.

いいなと思ったら応援しよう!