『ばよんばよんと聞こえぬ』上演台本
□ 登場人物 □
矢部 :男。シェアハウスのオーナー。28歳。
まさもと :男。元ヤンキー。
みかん :女。シェアハウスのバランサー的存在。
田口 :女。カメラをいつも携帯している。
塩田 :女。意志があまりない。
愛 :男。一人称は私。記憶力が極端にない。
小暮 :女。一人称は僕。幻聴が聞こえる。
舞台は、学生が主に住んでいるシェアハウス。
シェアハウスは2階建ての建物であり、1階には住人が集まる談話室がある。
その談話室が舞台上には出現している。
漫画や雑誌の入っている本棚、ニンテンドースイッチ、なぜか散らばった状態であるジェンガ、ソファが置かれている。
□1
深夜。ソファにまさもとが寝ている。
田口が談話室へと現れる。
おもむろにポケットから、ポラロイドカメラを取り出し、まさもとの寝姿を撮影する。
そこに矢部が現れる。
矢部「おお、」
田口「あ、こんばんは」
矢部「うん どうしたの こんな時間に」
田口「あ、眠れなくて 誰かいるかなと思って」
矢部「お そか」
矢部、談話室の中に入る
矢部「なんか田口さんと二人で喋るの入居以来初じゃない?」
田口「あっそうですね」
矢部「なんかそうだよねー」
簡単に、掃除を始める矢部。
矢部「ここはまだ慣れない?」
田口「あ、いやでも、もう2週間たったし」
矢部「もうそんなだっけ」
田口「はい」
矢部「そっかー でもまだ2週間だしね」
矢部、まさもとへ近づき
矢部「おいー 風邪引くぞ おい」
田口、矢部がまさもとを起こす姿を写真に撮る。
矢部「……写真苦手なんだよね」
田口「あ ごめんなさい」
矢部「いやいいんだけどね」
矢部、掃除に戻る。
矢部「なんか田口さんってさ 写真たくさん撮ってるよね?」
田口「あっそうですね たくさん」
矢部「なになんか写真家とか目指してるの?」
田口「あ 別にそういうわけでは」
矢部「あ そうなんだ」
田口「はい全然なんていうか趣味で」
矢部「まあそうだよね 夢とか持つだけ無駄だしね」
田口「え 無駄ですか?」
矢部「無駄だよー え 夢 無駄じゃない? ある? 夢」
田口「いやー」
矢部「だって結局さ 人間なんて飯食ってセックスしてうんこするだけの生き物だと思うんですよ僕は」
田口「あっ(返答に困った時の あっ)」
矢部「はは まーなんつーか 言ってしまえば人間って糞袋ですからね 糞袋が何かになりたいとか思うのってエゴだと思うんだよ 基本的には生きるってオナニーだからね全部」
田口「あ(返答に困った時の、あ)」
矢部「あ 引いてる? ほんとごめんね なんかー前も話したと思うんだけど俺って愛のないところで育ったから結局 そういう人間なんだよね ごめんねクソで」
田口「えっ いや矢部さん全然クソな人間じゃないです」
矢部「いやそれは 君が僕の一面しか見てないからだよ、」
田口「……え でも あ(何も言えない) ……えっ じゃあどうして矢部さんシェアハウスとかやってるんですかなんか」
矢部「あ 全然成り行きなんだよねこれが」
田口「あ 成り行き、」
矢部「暮らすだけで生きていけるんだから儲けもんだよねほんと」
田口「そうなんですか」
矢部「ここで寝るの禁止だっつってんだけどな」
矢部、まさもとを揺する。まさもとは全く起きない。
矢部「全然起きねえ」
田口「私起こしておきましょうか?」
矢部「お 悪いね」
田口「全然 まだねれないんで」
矢部「そか まあねれたら寝なね」
田口「はい」
田口「おやすみなさい」
矢部「おやすみ」
矢部、談話室から出て行き、田口とまさもとのみとなる。
田口、まさもとの写真を撮る。
田口「好き」
青ざめた顔の塩田が談話室へ入ってくる
塩田「ああたぐっちゃん ねえ」
田口「ん?」
塩田「胎盤がない」
田口「……えっ?」
塩田「なんか起きたら胎盤なくなってたの どうしよう……
田口「ん? 無くしたの?」
塩田「ううん盗まれた」
田口「えっ」
塩田「えっ盗まれたんじゃないかな わかんない どうしよう 」
田口「えーどうしちゃったんだろうね」
田口、塩田を写真に撮る。
塩田がピースをするので、田口はもう一度、塩田を撮る。
田口「部屋は探した?」
塩田「めっちゃ探した」
田口「えー」
塩田「ねえほんとたぐっちゃん起きててよかったー 私不安で」
田口「一緒探そうか?」
塩田「え(ありがとう) お願いしてもいい?」
田口「うん」
塩田「ありがとう ちょっときて」
田口「うん」
二人、談話室を出て行こうとする
田口、まさもとを気にする
田口「あっ」
塩田「なに?」
田口「んーん」
田口、塩田、部屋を出ていく
談話室には、まさもとだけが残る
□2
みかん、舞台上へと出現する。
みかん「(独白)まさもとってこうやっていつも寝てんだよ 談話室で寝ちゃいけないってルールあんのに最悪すぎだよね こういう奴がいるから秩序が乱れていくんだよ こいつはここで寝て何が悪いの別に迷惑かけてないじゃんみたいな顔してくるんだけど ルールってルールのためにあるんじゃなくて秩序のためにあるってことをまるっきりわかってやがらないんだよガチのバカだから この世はバカばっかりだよほんとバカしかいねぇよ あっこんなこと言わないけどねみんなには まあ私は優しいからこういうやつにも手を差し伸べてジェンガとか一緒にやってあげてるんだよ わたし協調性あるから まあ事を荒立ててもしょうがないですからね まあ私はそこらへんわかってるんですよちゃんと なんていうかこのシェアハウスのバランサー的な存在みたいな感じかな私は だからまさもとくんにもちゃんと優しくするよ 楽しい時間を提供してるんだよみんなに私バランサーだからね(まさもとに)ねえまさもとくんジェンガやろー」
まさもと「(起き上がる)お いいよー」
みかん「やったー」
まさもと・みかん、散らばっているジェンガを積み上げ始める
愛(男性の俳優が演じる)が入ってくる
愛「あっテンガやるんですか?」
みかん「テンガ?」
愛「え?」
みかん「ねーテンガじゃないよこれ」
愛「あれ? あっテンガ あはは テンガは違いますよね! あれなんですっけそれ名前(まさもとに)」
まさもと「(聞いていない)ん?」
愛「あっ なんですっけこれ名前(みかんに)」
みかん「(ふざけて)あのね、これはテンガじゃなくて、ちんぽこっていうんだよ」
愛「……あっそうだ、ちんぽこだ!」
みかん「きゃはははは」
愛「え?」
まさもと「いや、ジェンガ!」
みかん「(引き続き、笑っている)」
まさもと「そういうのお前やめろ」
みかん「だってー」
愛「……あっジェンガか! ちょっとちんぽことか!」
みかん「はーおもしろ」
まさもと、突然立ち上がる
みかん「ちょっとなに?」
まさもと「お前不快だわ」
みかん「は?」
まさもと「お前不快だわ!」
まさもと、談話室を出ていく
みかん「えっなにあれ? こちらこそすごく不快なんだけど」
愛「あー(愛想笑いをする)」
みかん「せっかく楽しくジェンガやってたのに」
愛「そうですよねぇ」
みかん「ねえ一緒にジェンガやろう」
愛「あっはい!」
みかん「やったー」
愛、みかんとジェンガを挟んで向き合う。楽しそう。
みかん「せーの 最初はグーじゃんけんぽい!」
みかんはグー、愛はパーで負ける
愛「じゃあみかんさん先」
みかん「ぐーぱーんち!」
みかん、ジェンガをグーで、愛に向かって倒す。
それを見て爆笑する、みかん 呆然とする愛
みかん「はーあ」
みかん、漫画を読み始める
愛「あれっ」
みかん「……」
愛「あれっジェンガ」
みかん「……」
愛「あれっジェンガ」
みかん「ん?」
愛「あれジェンガってこうですか?」
みかん「は?」
愛「あれっ」
みかん「ん? 何何何」
愛「えっジェンガってこうですか?」
みかん「ああ(呆れ)」
愛「えっ」
みかん「ジェンガはこうでしょ」
愛「あれっ」
みかん「……(漫画を読み始める)」
愛「……あーっ! ちょっとー! またまたー!」
みかん「……いやマジで(ガチトーン)」
愛「…………えっと」
みかん「お前ほんとめんどくさいー」
愛「あ、」
みかん、漫画を読み始めてしまう
愛、座っている小暮に話しかける
愛「あの、ジェンガってこうでしたっけ、」
小暮「そうだよ」
愛「え! ほんとですか?!」
小暮「うん」
愛「あーダメだな最近記憶力が、」
小暮「ずっとじゃん」
愛「え?」
小暮「愛ちゃんはずっとそうじゃん」
愛「愛ちゃん?」
小暮「愛ちゃんはずっとそうじゃん」
愛「愛ちゃんって誰ですか?」
小暮「あなたのこと」
愛「わたしですか?」
小暮「うん」
愛「わたし、愛ちゃんって名前でしたっけ?」
小暮「うん」
愛「ちゃんですか?」
小暮「愛ちゃん」
愛「あーダメだなほんと記憶力が……」
小暮「ほんとにね」
愛「えっわたし、愛ちゃんって名前なんですか?」
小暮「うん、あなたは愛ちゃんって呼ばれてるよ」
愛「えっでも、わたしジェンガついてます」
小暮「ジェンガ?」
愛「あれ? (自分の股間を触る)なんだっけこれ」
みかん「小暮くーん」
小暮「ん?」
みかん「ジェンガやろう」
小暮「いいよー」
みかん・小暮「最初はグー じゃんけんぽい!」
じゃんけんをする。小暮がパーで勝つ。小暮のパーで崩れるジェンガ
小暮「おりゃ〜 あはは」
談話室はいつもの通りらしい。
愛、カラーボックスから自分の日記を取り出して読む。
ソファの上に立って独白。
愛「(独白)6月13日 わたしはもしや世界から壮大なドッキリをかけられているのではないのだろうかと錯覚するほどみんなが言ってることやってることおかしいと思うけどみんなからしたらおかしいのはわたしらしいです 昨晩塩田さんが胎盤をなくしたらしいということを聞きました 胎盤をなくしたってどういうことですか? 胎盤というのはあの胎盤ですか? と聞いたらみかんさんに、あの この怪訝な顔をされました(みかん、怪訝な顔をする) わたしは本当に記憶力がダメらしいです なので わたしは欠かさず日記をつけているらしいです わたしはどうやら毎日こうらしく ページを遡るとほんとに毎日毎日こんな感じでした 絶望します この絶望も明日には忘れます 絶望します まともになりたいですがどうしたらまともになれるのか、まともが一体全体どういうことなのか、そもそもまともという何かなんか存在するのか 教えてくれる人は確認できる限りわたしの周りにはちょっといません 絶望します ということも明日には忘れます もう ああ 6月13日 わたしが生きてきたことを知っているのはあなた この日記だけみたい」
田口、談話室に入ってきて、愛の写真を撮る。
愛「なんですか?」
田口「あ えへへ なんか、」
愛「(名前を思い出そうとする)あ えっと…ごめんなさい 記憶が 記憶がもうわたしちょっと 名前」
田口「あ たぐち」
愛「あっごめんなさい田口さん」
田口「ううん 疲れたでしょ もう寝たほうがいいんじゃない」
愛「えー! 疲れてる風にみえますか?」
田口「君は毎日大変だから疲れるだろうよ」
愛「いや全然ですよ」
田口「はい」
田口、愛を撮った写真を渡す
愛「これは」
田口「今までの君の写真」
愛「あっ私の 私こんな顔か」
田口「私が来てからだから少ないんだけどね」
愛「あ え」
田口「右下に日付があるからそれみて日記に貼っておいたらどうかなって 思い出しやすくなるかもしれないなって思って」
愛「た あの」
田口「たぐち」
愛「田口さん ありがとうございます」
田口「大変だと思うけど正気保ってほしいな なんか 自殺とかあんまり きっと考えちゃう日もあると思うんだけど、死なないでくれたら嬉しいな みんなあなたのこと普通に好きだからさ」
愛「ああ そんな」
田口「大丈夫だからさ」
愛「……はいっ」
田口「安心して、今日はおやすみなさい」
愛「本当ありがとうございます あの このこと 日記に書いておきます」
田口「えへへ うん」
愛「(去り際に)あの、田口さんめっちゃいい人です!」
田口「(独白)田口さん 愛ちゃんのことはマジでどうでもいいんだけど このソファはまさもとくんが寝る場所だからあまりどいてほしかっただけなんだけど感謝されてしまった 私が人に優しいのはそういう卑しさがあるからなんだけどな このままだと「田口さんめっちゃいい人です!」という発言があまりにもうかばれないからごめんねというテレパシー わ〜(テレパシーを送る)送った でもまあゆっくり寝てくれよ君」
愛、去る。入れ替わりでまさもとが入ってくる。
昨晩になる。
田口「(移動しているまさもとを見ながら)きゃー、わー好きー、かっこいー、好きー、」
田口「あーでもなんか 私はまさもとくんが好きなのではなく 写真に切り取られたまさもとくんが好きなのかもしれない きゃー嘘 きゃーほんと あなたを撮っては写真を部屋に貼り、新しい写真が撮れたら古いのはビリビリに破いて燃やしている それが私のまさもとくんへの愛なのだ、写真を破いて燃やすほどの大きな愛だ だから、どうして愛ちゃんごときの名前が愛なのかマジでムカついてる どうして愛ちゃんごときの名前が愛なの? マジで、どっちかっていうと私のほうが愛ちゃんだろ絶対私が愛ちゃんだろ あんな障害者みたいなやつよりよっぽど私の方が愛に満ち満ちているだろ 田口って呼んでくるやつほんとセンス無いよな まあここに住んでる奴全員なんだけど ほんと死ねよな って感じなんだよな」
まさもと「(寝言みたいな)まさよー?」
田口「あっすき まさよって呼んでくれるんですー! わー(拍手) 本当まさもとくんはわかってるなあ たぐっちゃんとか呼んでくるやつはさらにセンス無いよな センスないやつは死んでくれよ」
.
塩田が、談話室に入ってくる。
塩田「ああたぐっちゃん ねえ」
田口「ん?」
塩田「胎盤がない」
田口「えっ?」
塩田「なんか起きたら胎盤なくなってたの どうしよう……」
田口「ん? 無くしたの?」
塩田「ううん盗まれた」
田口「えっ」
塩田「えっ盗まれたんじゃないかな わかんない どうしよう」
田口「えーどうしちゃったんだろうね」
田口、塩田を写真に撮る。
塩田がピースをするので、田口はもう一度撮らざるをえなくなる。
田口「あっ面倒くさこいつ みんなの写真を撮ってるのはまさもとくんの写真を撮る口実だということにみんな早く気づいて察して欲しいのだが」
田口、塩田の写真を撮る。
田口「部屋は探した?」
塩田「めっちゃ探した」
田口「えー」
塩田「ねえほんとたぐっちゃん起きててよかったー 私不安で」
田口「一緒探そうか?」
塩田「え(ありがとう)、お願いしてもいい?」
田口「うん」
塩田「ありがとう ちょっときて」
田口「うん」
二人、談話室を出て行こうとする
田口、まさもとを気にする
田口「あっ」
塩田「なに?」
田口「んーん」
田口、塩田、部屋を出ていく
塩田は物理的には出ていかず独白
塩田「あーあ 私 すぐものなくなっちゃうんだよう すぐものなくなっちゃう以上のアイデンティティが自分に見つからないくらいものなくなっちゃうんだよう あー 私すぐものなくちゃうんだよう 私すぐもの あ なくなっちゃうんだよう どうしよう すぐなんだよ ああ もう本当にやなんだよ でももの なくなっちゃうから あー 私は本当にそう 本当にもの あー なくなっちゃうんだよう なんでだよう なんでなんだよう いい加減ものなくさない人になりたい あ まじでこれだなあ 私 なんでこんなすぐものなくなっちゃうんだろう あー 有象無象 諸行無常 あー ものってなくなっちゃうよなあ 何がなんなんだよ ものなくなっちゃうなんて本当 私ってばなんなんだよう うう もの ものとかあんまりなくならないでほしいのになあ あー」
まさもと「(起きて)ブス!」
塩田「……?」
まさもと「ブス! おいブス!」
塩田「???(恐怖に怯える顔)」
まさもと「ブースおい ブスブスブスブスブス、ブスブスブスブスブス、(コール)ブース ブース ブース ブース ブース ブース ブスブスブスブスブスブスブスブスブスブス あっ ごめん 寝ぼけてた」
塩田「あっ寝ぼけてたのか」
まさもと「あっごめん ふあ(あくび)」
塩田「ふあ(あくびがうつる)」
まさもと「えっ? 俺なんか失礼なこと言った?」
塩田「あっうん」
まさもと「えっ」
塩田「でも大丈夫」
まさもと「えっごめんごめんごめん」
塩田「私も寝ぼけるとなんか 知らんこと言ってたりするから」
まさもと「ごめん」
塩田「いやそんな謝らないで」
まさもと「いや ごめん」
塩田「ねえ私の胎盤見た?」
まさもと「たいばん?」
塩田「うん」
まさもと「またもの無くしたの?」
塩田「そうなんだよー」
まさもと「お前いい加減学べよ」
塩田「寝るときにはあったから多分盗まれたんだよね」
まさもと「えっ盗まれたの?!」
塩田「うん 多分」
まさもと「まじか」
塩田「うん 盗まれたと思う なんか私あれだもん よく物なくすけど家でなくした時って大抵見つかるからあ 多分盗られたんだよね」
まさもと「盗られたってだってそれお前」
塩田「え なんかやばくない? ほんとやばいなと思って」
まさもと「ちょちょちょちょ 見かけたら教えるわ」
塩田「ああうんごめん」
まさもと「何がだよ いいよ」
塩田「ありがと まさもとくん」
時間軸や空間と関係なく、みかんが出てきて会話と同時に喋っている。
みかん「まさもとってこれ確信犯だから! 寝ぼけてるって言えばなんでも許されると思ってやってるから! こいつ ほんとは意識はっきりしてて、意識はっきりしてる状態でブスって言ってるのね ブスって言おうと思ってブスって言ってるのね絶対! それでストレス解消してるのそうに違いないのマジで性格悪いよね! この世は本当腐ってる男ばっかりでやになっちゃうぜ こいつ 絶対に 塩田なら大丈夫バカだしとか思ってやってるのよ ほんとふざけた女性蔑視野郎ばっかりだよまったく みかんはそういう奴らに積極的に反旗を翻していきたいよ 異論を呈していきたいよ! でも波風立てたくないから黙ってるんだよ 私は賢いけど弱虫だよ でも弱虫だから賢いんだよ 反語だよ だからしょうがないんだよしょうがないんだよ ほんと全員いやになっちゃうよ全く 本当 特にまさもとくん」
塩田、談話室を出て行く。みかんはける。
まさもと「(独白)あーまた寝ぼけてやっちったな、あー(頭をかきむしる)、気をつけろよ俺」
田口が談話室の中に入ってくる。
田口「あっ」
まさもと「珍し まさよが起きてんの」
田口「えっいつもだよ」
まさもと「あ そう?」
田口「あっなんかね、塩田ちゃんが胎盤盗まれちゃった、みたいな、」
まさもと「あ うん 聞いた」
田口「あ うん だから探してて、」
まさもと「ああ」
浅い沈黙。
田口「あっおやすみ」
まさもと「うん おやすみ」
まさもと、談話室を出ていこうとする
田口、まさもとの後ろ姿に抱きつく
まさもと「……えっ!?」
田口「(すぐ離れて)あっ間違えた」
まさもと「……」
田口「今間違えました あの、まやかし というかまぼろし です あっ何言ってんだろう ごめん すごい間違えた おやすみ、」
まさもと「なんだよばかー(おでこをつつく) おやすみ」
まさもと、談話室を出ていく。
田口「……え……すき……」
田口、しばらく照れる。
田口「塩田ちゃーん」
塩田「(部屋の外から)はいー」
田口「ちょっとここにはなかったー」
塩田「(外から)こっちもー えーどこにもなーい」
田口「どこにもない?」
塩田「(外から)なんかどこにもないんだけどー」
田口「まじかー」
塩田「(外から)えー やだあ」
田口「えーやだね」
深夜3時。談話室には誰もいなくなる。
みんなの、いびきが響く。
●3
以下の文章が、談話室の壁に投影される。
わたしも喋りたいんだけど
わたしには口がないから
プロジェクターを使って喋っているわけですが
プロジェクターで喋るのってダサいよね
口がない時点で喋るべきじゃないよね
だからさよならです
喋るのはもうこれっきりです
でも寂しくありません!
見えてないと思うけど、
私この部屋にずっといますから
私この部屋でたまに飛び跳ねてます
●4
翌朝。鳥の音、新聞を届けるバイクの音、朝の音がしている。
起き抜けの小暮が談話室のソファに座り、小説を読む。
少しすると矢部が起きてくる。
矢部「おはよう」
小暮「おはようございます」
小暮、あくび。
矢部、部屋の花瓶の水を入れ替えに行こうとする
矢部「今日は授業? バイト?」
小暮「休みです」
矢部「うえー何すんの」
小暮「あーだらだらしようかなと」
矢部「なにお前友達いないの?」
小暮「あんまですね」
矢部「友達いないとか寂しい奴だなあ」
小暮「えー何ですか 矢部さんの方がいなさそうじゃないですか」
矢部「いないけどー」
小暮「あっ」
小暮、挙動が止まる
矢部「幻聴?」
小暮「(頷く)多分」
矢部「ばよんばよんって?」
小暮「(首をブンブン縦にふる)聞こえます?」
矢部「俺は聞こえないねぇ」
小暮「あ〜幻聴です」
矢部「だから病院行った方がいいって言ってるじゃん」
小暮「そうなんですよね」
矢部、部屋から出て行く。
塩田「おはようございます〜」
小暮「おはよー」
塩田「ねー 私の胎盤みなかった?」
小暮「え? みてない」
塩田「みてないかー あー どうしてものってなくなっちゃうんだろう どうして私だけこんなめに合うのかな ものすごく探したのにな これは天罰なのかなあ」
塩田「ねむーい」
矢部が談話室に花を持って戻ってくる
矢部「まだ聞こえてる?」
小暮「あ はい あ、いや今止まりました」
矢部「ああそう お大事にね」
小暮「あ りがとうございます」
矢部、談話室を出て行く
小暮「(独白)まさもとくんが談話室で寝ていることも多いけど 大体僕が一番最初に起きてきて その後に矢部さんが花の水を入れ替えにくる 10時を過ぎた頃に最近ジェンガにハマってるみかんがきて というのがおおよその午前中 談話室と言っても全員が揃うことはあまりなくて メンバーもまちまちだったりするけど 大体お昼を過ぎたあたりで愛ちゃんがくる」
みかんが談話室にくる
●5
みかんと塩田がジェンガを始めている。(つみ立てている)。
愛「あっ ちんぽこやってるんですか?」
みかん「(吹き出しかけるも堪える)そう ちんぽこやってるー」
愛「えーいいな 私もやりたいです」
みかん「一緒にやりたい?(笑いを堪えながら)」
愛「はい」
みかん「ちんぽこ混ぜてほしい?(笑いをすごくこらえながら)」
愛「? はい ちんぽこやりたいです」
みかん「あははははは!」
愛「? え なんですか?」
みかん「ははははは、ふふふふふ、お腹、お腹よじれる! あははは」
愛「あ あの ちんぽこ」
みかん「あはははははは(笑い続ける)」
愛「え 何ですか…… え ごめんなさい……」
愛、談話室から出て行く。
愛が談話室から出て行ったのを確認して塩田もクスクス笑う。
塩田「も〜いじめない(ニヤニヤ)」
みかん「(笑いながら)あのさ」
塩田「うん(ニヤニヤ)」
みかん「(笑いながら)明日さ、ちんぽこちゃんって呼んだらさ、どんな反応するかな」
塩田「え〜やめな〜(ニヤニヤ)」
みかん「はい! とかいうかな (愛の真似をして)はい えっ あれ 僕、ちんぽこちゃんですっけ?」
塩田「あはははははは!」
みかん「あははははは (愛の真似をして)ああ ダメだほんと記憶力が……」
塩田「あっははははは」
みかん「ちんぽこちゃん(笑)」
塩田「ダメ、ツボった(笑)」
みかん「え、やろうかな」
塩田「いいんじゃない」
みかん「まじ?」
塩田「え、わかんない」
みかん「え、塩田がやってって言ったらやる」
塩田「えーちょっとなにそれー」
みかん「ふふふ え、どうする?」
塩田「えー」
みかん 「どうする?」
塩田「やっちゃー……」
みかん「やっちゃ? (う、う、う、と口パクで促す)」
塩田「う、」
みかん 「やっちゃう? あははははは」
二人、笑う
みかん「(塩田へ)あ、ねえねぇ」
塩田「ん?」
みかん「ねー! 小暮くんー!」
小暮「……なに?」
みかん「なんかさー、愛ちゃんって結局男なの? 女なの?」
小暮「え?」
みかん「なんかわかんないじゃんね、でも小暮くんって小暮、くんじゃん、なんかわかるかなーと思って」
小暮「……あのさ(立ち上がって)」
塩田「あ、小暮くんもジェンガやるー?」
小暮「いや、あの、二人ともちょっといいかな」
塩田「ん?」
みかん「(察して)……あっごめん! 私もうバイト行かなきゃ」
塩田「えっ 早くない?」
みかん「なんか、開店準備、だけど社員いなくて、みたいな 私バイトリーダーだから 早く行かなきゃなんだよね」
塩田「えー大変だね」
みかん「まあ私バイトリーダーだからね 小暮くんごめん また聞くね!」
小暮「あ、あのさ さすがに愛ちゃんかわいそうだと思う、」
みかん「……でもいじってあげない方がかわいそうじゃない?」
小暮「……え、そうかな」
みかん「え、笑ってあげた方が優しくない? と、思ってるんだよね、私は」
小暮「……」
塩田「うん 確かに」
小暮「……うーん」
みかん「ごめん! 急ぐから、またね!」
塩田「いってらっしゃいー」
みかん、談話室を出ていく。
塩田「……なんかさーみかんの前では言えないけどー私もこれはダメだろと思ってた」
小暮「え?」
塩田「愛ちゃんかわいそうだよね」
小暮「え? でもだって塩田ちゃんも一緒に笑ってたじゃん」
塩田「あ、うんまあ」
小暮「ダメと思いながら笑ってたってこと?」
塩田「うん」
小暮「じゃあ笑っちゃダメじゃない?」
塩田「……え、でもさでもさ、今ここでそれ言うの違くない? 愛ちゃんいる時とかみかんいるときに止めなきゃダメじゃない? それ言うなら」
小暮「……」
塩田「あっごめんごめん変な感じにさせちゃった 気持ちわかるから私も気をつけるこれから、ごめんね」
小暮「……あ、うん」
小暮、耳鳴りが聞こえる
小暮「あっ(膝から崩れ落ちる)」
塩田「えっなになにどうしたの、」
小暮「幻聴が、」
塩田「幻聴?」
小暮「幻聴がうるさくて、頭が痛い」
塩田「えっ大丈夫?」
小暮「大丈夫、最近多くて、」
塩田「あっそうなの?」
小暮「あっやっぱ大丈夫じゃないごめん うう……」
塩田「えっ えっ」
みかん、再び入場する
みかん「(独白)はい出ましたー小暮の幻聴〜 ちなみに私は嘘だと踏んでますー だって幻聴とかって普通にありえなくない? こいつ心配してほしいだけでしょ? こいつそういう癖あるんだよな こいつ、性別が決まってないみたいなことを前にのたまってたんだけど、そういう異端な自分に酔ってる節あるんだよな」
塩田「誰かー!」
みかん「(独白)あーはいはい、こういうのに真っ先に駆けつけるよ私は バランサーだからね あ、ちなみにバイトがあるっていうのは嘘ね 小暮くんって物事を重く捉えて問題を深刻にする節があるんだよ みかん、常日頃思うんだけど、問題を深刻にして得れるメリットって何もないからさ 適度に無視したりして 空気軽くしてあげなきゃって バランス取ってあげなきゃと思って私いつも行動に移してるんだよね」
みかん、一回はけて再び入ってくる
みかん「え!? 小暮くん大丈夫?!」
住人たち、騒ぎに気づき、次々に談話室に入ってくる。
小暮くんに心配の言葉をかけながら、一人一人独白していく。
塩田「(独白)えっ 私 どうしたらいいんだろう どうしたら えっ いいのかな えっ なんか私こういうときうまく動けないから なんかとろいし どうしようすごくパニック なんかこういうところ あんま遭遇したことないから えっ 遭遇したことないんだよなー あれかな 人生経験がないのかな私って こういうのって人生経験の差とかなのかな だとしたらものすごくしょぼい人間だな えっ最悪 こういう場面で人間性って露呈するよね 私ってダメな人間だなー 直さないとなー うん 直していこ 忘れないでいよう 向上心 えっどうしたらいいんだろう わあ」
矢部「(独白)だから病院行けってずーっと言ってたのになんで病院いかねぇんだよこいつは 完全に自業自得じゃねぇか どうして先を見据えて行動しないかな だから迷惑かけるだろ他人に というか俺に もー 幻聴って救急車呼べんのかな、てかこいつ薬やってんじゃねぇだろうな あっ薬やってたらやべーな 厄介ごとに巻き込まれるな 呼ばないほうがいいか っち ったく関わりたくねぇな」
愛「(独白)こ! こ! ああ、ごめんなさい、名前思い出せないですごめんなさい 大丈夫ですかー! 私なんなんだろうあなた誰なんだろう 大丈夫ですかー! ああ、ゆゆしきだ これとてもとてもゆゆしきだ、あああ (他の人が小暮くん!と言ってるのを聞いて)あっ小暮くんか! えっ小暮くん? この人って、くん? えー私わかんないわかんない わかんないから怖いです 怖いです!」
田口「(独白)えー 幻聴ってこんななるの? えーやばー こわー 私ならないように気をつけよ… こういう時にうまく立ち回ると、まさもとくんへのポイントアップできるんで、私頑張り時です 頑張るぞっ 小暮くん大丈夫?!」
まさもと「(独白)俺、まじ心配!」
住人の「大丈夫?」と独白の騒音の中。
小暮「(独白)音が聞こえる 何かが飛び跳ねてるみたいに ばよんばよんって音が聞こえる みんなには聞こえていないけどから幻聴ということにしてるけど絶対これは幻聴なんかじゃない ばよんばよんが聞こえるときは決まって何か違和感を感じるときだ 何かおかしいと思うときだ 何かおかしいってわかってるのに僕が何もできないときだ 僕が情けない僕を攻め立てるとき、ばよんばよんが聞こえる ばよんばよんって音が僕を責める、ばよんばよんは日に日に大きくなってく、ばよんばよんはどんどん大きくなってく、もう、本当、うるさい!」
暗転
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