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矛盾の手のひら 〜第1章:大人の定義〜

あらすじ

陽菜(ひな)は大学進学を機に、大学院生である兄・彗(けい)と同居生活を始める。幼い頃から存在していた「お仕置き」の文化は兄妹の成長とともに消えていたが、陽菜が問題行動を繰り返す中で復活することとなる−−。

晴れて私は兄と同じ東京の名門大学の大学生になることができた。優秀な兄は大学院卒業間近、論文執筆に勤しんでいるらしい。私も、お兄ちゃんみたいになりたかった。

陽菜は、大きなキャリーバッグを押しながらマンションの狭い廊下を歩いていた。目の前には兄・彗(けい)の部屋のドアがある。ついに始まる二人の共同生活。

深呼吸してノックをすると、すぐにドアが開いた。彗が無表情で立っている。

「遅かったな。」
「電車が混んでてさー!」
陽菜は明るい声で答え、重たいバッグをずるずると引きずって部屋に入る。

「……全部持ってきたのか?」
部屋の中を見回した彗が、陽菜の持つ荷物に目をやる。

「もちろん! 服も靴もコスメも、ぜーんぶ!」
陽菜は自信満々に笑うが、彗は短くため息をついた。

「ここ、そんなに広くないぞ。」
「大丈夫、大丈夫! 私、整理得意だから!」
と、適当に答えながら陽菜は荷物を部屋の隅に積み上げ始めた。


その日の夕方、引っ越し作業が終わると、二人はテーブルを挟んで座った。簡単な食事を済ませながら、静かな空気が流れる。

「大学生活、楽しみか?」
彗が切り出す。

「楽しみ! 新しい友達もたくさん作って、サークルとかも入りたいし!」
陽菜の顔は輝いていたが、彗の表情は変わらない。

「遊びすぎるなよ。特に夜の飲み会とか、トラブルが多いからな。」
彗の言葉には、冷静さとわずかな厳しさが混じっていた。

「わかってるって! 兄ちゃん、心配性だなー。」
陽菜は軽く笑って流したが、彗の視線はどこか鋭いものがあった。

その夜、陽菜はベッドに横になりながら考えていた。

「兄ちゃん、昔は何も言わなかったのに、今はすごくうるさい気がする。」

小さい頃のことを思い出す。陽菜が怒られてお仕置きを受けていた時、彗はいつも黙って遠くから見ているだけだった。その姿が寂しく感じられた記憶が蘇る。

「でも、今は……ちょっと違うよね。」
兄が何かを言ってくれる。それが、少しだけ嬉しい自分に気づいて、陽菜は小さく笑った。


翌日、彗は大学からの帰り道、正門付近で陽菜の姿を目撃した。彼女は新しい友達と笑い合いながら歩いている。

「新入生歓迎会か。」
心の中でそう呟くものの、彗は足を止めることなくマンションに帰った。彼女が楽しむことを否定するつもりはなかったが、どこか引っかかるものがあった。

家に戻ると、部屋は静まり返っている。リビングの時計は20時を指していた。

「そろそろ帰る頃か。」
彗はテーブルにノートパソコンを開き、データの整理を始める。

作業に没頭するものの、陽菜はまだ帰宅しない。

「……まだか。」
彗の視線は時計に釘付けになり、少しずつ眉間にしわが寄る。作業になんか集中できるわけもなかった。

その夜、リビングの時計が23時を過ぎても陽菜は帰宅しなかった。

帰ってきたのは0時を回った頃。

「ただいまー!」
明るい声で帰宅した陽菜を見て、彗はソファから顔を上げた。

「何時だと思ってる?」
「ごめんごめん! 友達と盛り上がっちゃって……次から気をつけるね!」

陽菜の軽い言葉に、彗は何も言わず視線を落とした。


次の日も、陽菜は門限を破り帰宅したのは0時を回ってからだった。

そして3日目。彗が朝目覚めると、陽菜の靴が玄関にないことに気づいた。

「……朝帰りか。」
冷静な表情の裏で、何かが弾けた音がした。


時を過ぎた頃、陽菜がふらふらと帰ってきた。顔は赤く、明らかに寝不足の表情。

「ただいまー……」
その声は少しだけ掠れていて、身体からはわずかにアルコールの匂いが漂っていた。

「陽菜。」
低い声が彼女を呼び止めた。

「え? あ、兄ちゃん……」
陽菜がリビングに目を向けると、ソファに座った彗が冷たい視線を向けていた。

「酒を飲んだか。」
その一言に、陽菜の顔色が一瞬で変わる。

「え、あ、ちょっとだけ! ほんの一杯だけだから!」
陽菜は必死に弁解しようとするが、彗はじっと彼女を見つめたまま動かない。

「リビングに来い。」


陽菜はリビングのソファに座らされていた。彗は静かに対面の椅子に腰を下ろし、腕を組んで彼女を見つめている。部屋には妙な静けさが漂っていた。

「陽菜。」
彗の低い声が、静寂を破る。

「……何?」
陽菜は視線を泳がせながら答えたが、その声にはどこか落ち着きがなかった。

「まず聞く。飲酒は初めてか?」

その問いに、陽菜は一瞬だけ目を見開いた。

「……うん、一回だけだよ。友達が、大学生になったら飲むのが普通って言うから……」

その言葉を聞いた彗は、無表情のまま軽く息を吐いた。

「未成年が飲酒することが、どういう意味を持つかは分かっているな?」
「……ごめんなさい。」
陽菜はしおらしく頭を下げたものの、その姿勢には少しだけ反発心が滲んでいる。

「それだけじゃない。門限を破ったのは、これで3回目だ。」
彗は淡々と続けた。

「遊ぶなとは言わない。しかし、約束を破ることは許されない。」

その言葉に、陽菜の眉がぴくりと動いた。

「でも、私だって大学生だよ? 少しぐらい自由にしたって――」

「自由と無責任は違う。」

彗の冷静な言葉が、陽菜の言い訳を封じ込める。

「お前が自由を主張するなら、まずは自分の行動に責任を持て。」

陽菜は口を閉ざしたまま、視線を床に落とした。その態度を見て、彗はゆっくりと立ち上がる。

「覚えているか? この家には昔から『お仕置き』があったことを。」

その一言に、陽菜はびくりと肩を震わせた。

「え、ちょ、待って……それは子どもの頃だけでしょ? 今さらそんなの――」
「約束を破る人間は、大人だと言えるのか?」

彗は冷静にそう言い放ち、彼女の隣に立つ。その視線は、反論を許さない厳しさに満ちていた。

「飲酒、門限破り、そして朝帰り……言い訳の余地はあるか?」

冷静に問いかける彗の声が、陽菜の心に重く響く。

「……ないです。」
陽菜はか細い声で答えたものの、その手は膝の上で小刻みに震えている。

「陽菜、これはただの失敗ではない。お前が自分の行動を見直さないと、もっと大きな問題に繋がる。」
彗の声は冷静そのものだったが、その中に厳しい決意が滲んでいた。

「待ってよ! たしかに私が悪かったけど、叩くなんておかしいでしょ!」
陽菜は声を荒げて反論するが、彗の態度は変わらない。

「叩かれるのが嫌なら、最初から約束を守ることだ。」
彗の言葉に、陽菜は言い返すことができなかった。


「ちょっと待って、兄ちゃん、本当にやる気?」
陽菜の声は震えていたが、どこかで彼女自身もこの流れを止められないことを感じていた。

「やる気かどうかではない。お前が必要としているからだ。」

彗のその言葉に、陽菜は一瞬、言葉を失った。

「……必要なんかじゃない!」
陽菜は叫ぶように言い返し、立ち上がろうとしたが、彗が静かに手を上げて制した。

「陽菜、最後に聞く。今のお前に自分の行動に責任を持つ覚悟はあるか?」

その問いに、陽菜は顔を強張らせたまま、何も答えられなかった。

「答えられないなら、俺が教える。」
彗の言葉が決定的だった。


陽菜は慌てて立ち上がり、彗から距離を取ろうとした。

「ちょっと待って! やっぱり無理だよ!わかったってば、謝るから!」
彼女が後ずさると、彗は一瞬で彼女の腕を掴んだ。その力は強すぎるわけではないが、逃げられないほどには確かだった。

「兄ちゃん、やめて!」
陽菜が必死に叫ぶも、彗は無言のまま彼女を引き寄せ、軽々と膝の上に乗せた。

「ちょっと! なにしてんの!」
陽菜は暴れようとしたが、彗の手が彼女の腰をしっかりと押さえ、身動きが取れなくなる。

「落ち着け、陽菜。」
冷静な声が彼女の鼓膜に響く。

「これはお前のためだ。」

陽菜は兄・彗の膝の上で必死に身をよじりながら逃れようとしていた。だが、彗の手は彼女の腰をしっかりと押さえつけ、動きを封じている。

「兄ちゃん、やめて! 本当に嫌だってば!」
陽菜は声を張り上げて懇願するが、彗は冷静な声で言葉を返した。

「嫌だと思うなら、どうして最初から門限を守らなかった。」

その一言に、陽菜は言葉を詰まらせる。しかし、すぐに振り返って叫んだ。

「でも、叩くなんておかしい! こんなの、意味ないでしょ!」

彗は一瞬だけ目を細めたが、冷静さを崩すことはなかった。

「意味がないと思うのは、お前がまだ自分の行動の結果を理解していないからだ。」

その言葉に、陽菜の心臓が跳ねた。

「お前が門限を破り、飲酒をして、朝帰りをする。それがどれだけ危険なことか分かっているのか?」
彗の声には、いつもの冷静さの中にほんのわずかな怒りと悲しみが滲んでいた。

「そ、それは……」
陽菜は視線を逸らした。

「お前の身体は、お前だけのものではない。」
彗は低い声で続けた。

「何かあれば、お前自身だけでなく、俺や家族も傷つく。それを防ぐのは俺の役目だ。」


彗は静かに手を振り上げ、陽菜のズボン越しに一発目を振り下ろした。

パシンッ。

軽い音がリビングに響く。その瞬間、陽菜の体がびくりと跳ねた。

「い、いたっ!」
陽菜は思わず声を上げたが、彗は無表情のまま、彼女をしっかりと押さえ込んでいる。

「これはお前の身体を守るためだ。」
彗の声が淡々と響く。

再び手が振り上げられ、ズボン越しに二発目、三発目と続けられる。

パシンッ、パシンッ。

陽菜の体がそのたびに反応し、涙が頬を伝い始めた。

「もう、痛いからやめて!」
陽菜は涙声で叫ぶが、彗は首を軽く横に振った。

「泣いても終わらない。自分が何をしたのか、本当に理解するまで。」


陽菜は彗の膝の上で必死に暴れ、何とかしてこの状況を抜け出そうとしていた。しかし、彗の手は彼女の腰をしっかりと押さえ、動きを封じ込めている。

「兄ちゃん、やめて! 本当に嫌だ!」
陽菜は涙声で叫びながら懇願するが、彗の表情は揺るがない。

「嫌だと思うなら、なぜ約束を守らなかった。」

その冷静な声に、陽菜は思わず歯を食いしばった。しかし、それでも負けじと反論を口にする。

「でも、私はもう19歳だよ! 大人なのに、叩くなんておかしい!」

彗はその言葉に一瞬だけ目を細めたが、すぐに冷静な声で答えた。

「大人かどうかは、年齢ではなく行動で決まる。約束を守れない大人は、大人とは言えない。」

その言葉が陽菜の胸に重く響く。

「お前が自分を大人だと言うなら、その責任を行動で示せ。」
彗は静かに言葉を続けた。

「できないのなら、子どもと同じように扱われる。それがこの家のルールだ。」


彗の手が再び陽菜の腰を押さえ、静かに宣言した。

「次はズボンを下ろす。」

「えっ!? ちょっと待って、そんなの絶対おかしい!」
陽菜は慌てて身をよじり、必死に抵抗する。しかし、彗の手はびくともしない。

「おかしいと思うなら、次からは約束を守ればいい。それだけの話だ。」

陽菜の声は震え、涙が溢れ出した。

「お願いだからやめて……!」
懇願する彼女の声にもかかわらず、彗は冷静に手を動かし、ズボンのウエスト部分を少しずつ下ろしていく。

「兄ちゃん、本当にやめてよ! もう、謝るから!」
陽菜が必死に叫ぶが、彗は動きを止めることなく、ズボンを彼女の膝の位置まで下ろした。

「次は直接だ。軽率な行動の重さを覚えろ。」

彗の手が振り上げられ、薄い布越しに叩かれる音が響く。

パシンッ。

陽菜の体が大きく跳ねる。直接的な感覚に、彼女は声を上げた。

「痛いっ! もうやめて!」

彗は手を止めることなく、二発目、三発目を続けた。

パシンッ、パシンッ。

「陽菜、自分の身体を粗末にする行為がどれだけ危険か理解しているのか?」

「わかってる! もう、わかったから!」
陽菜は泣き叫びながら、必死に謝罪の言葉を口にする。


彗は叩く手を止め、彼女の肩を軽く押さえながら静かに尋ねた。

「何をわかった?」

陽菜は涙を拭いながら、震える声で答えた。

「もう、門限も破らないし……お酒も飲まない……本当に、しないから……」

その言葉を聞いて、彗は短く息を吐き、陽菜を膝から下ろした。


陽菜は床に座り込み、膝を抱えながら泣き続けていた。

「これで終わりだ。ただし、次があれば、同じことが繰り返されると思え。」
彗は静かに言い残し、リビングを後にした。


リビングに一人残された陽菜は、涙で濡れた顔を拭いながら呟いた。

「本当に……最低……」

しかし、心のどこかで兄の言葉が響き、彼女自身が何を間違えたのか、少しずつ考え始めていた。