聖霊が思い出させてくれますように
物心ついたときから、空虚な感じがなくならない。
何をしても空しく、夢中になれない。年を重ねたから余計なのだろうか、とも思う。現実というイリュージョンの中ではそれはしょうがないことなのだろうか。それでも、いくつかの本の中に、空虚さを埋めてくれる本がある。わたしは宗教的ではなく、スピリチュアリティの中に生きたいと願っている。
サターンリターンの時に、いくつかの体験を経て、ちょうど第何次かのヨガブームで内側の奥行きと穏やかな心待ちとホーリーな体験にすっかり嵌ってしまった。そこから幼少期に好きだったことが押し寄せてきた。とても楽しく、難しい時間だった。その時間は短かった。なぜなら生活ができないからだ。空虚さはまた現れ、買い物をしたり、周りを気にかけ、また、同じことをしている。そしてあきらめている。ああ、そのあきらめを昇華して進化させたい。
すでに生きてきた時間が長く、最近は残り少ないというのがひしひしと感じている。自分が行うことが無駄なように思えて、なにもしないほうがいい気もする。
今のこの状態が、自由意志とわたしの課題の結果の現れなのだろう。課題の達成率は何%だろうか。今回は、さぼっていてもいい回だろうか。