Takaaki Izumi 孤独と寂寞を紡ぐポスト・クラシカル:sprayer Interview
静謐で寂寞としたポスト・クラシカルな楽曲で、国内外のリスナーの心を揺さぶる音楽家・Takaaki Izumi。2月16日に配信開始した最新シングル「Shade」は、ハコノトリコをゲストボーカルに迎えた同名義で初の歌モノ楽曲となっており、フラジャイルながらも心地良い孤高の音楽性にさらなる奥行きを加えている。アンビエントの文脈に身体性を持たせるトラックメイカー・bunchoとしての活動のほか、自身の水彩画でアートワークも手がけるなど、多彩に活躍する彼のルーツや制作の裏側を聞いた。
時代を越えて残る音楽を
ーIzumiさんが初めて興味を持った音楽について教えてください。
姉が軽音楽部だったので、家にギターがあったんです。なので、高校1年生の時にこれを使って軽音楽部に入ろうと思って。当時は、Hi-STANDARDをはじめとするPIZZA OF DEATH RECORDSのバンドやELLEGARDENといったパンクやメロコアをコピーしてました。
ーそれからロック以外の音楽に踏み込んだきっかけは?
それまではエレクトロな音楽のことを全然知らなかったんですけど、James Blakeのアルバムを初めて聴いたらめちゃくちゃ良くて。彼がすべてベッドルームで作品を完成させたということで、宅録に興味を持つようになりました。
あとは、Owenやシカゴ音響派のアーティストも好きだったんですけど、あの界隈のミュージシャンも自宅のガレージで制作をしたりしていて。同じようにPC上で音楽を完成させる方法を勉強するうちに、BOOM BOOM SATELLITESや、電子音を取り入れだした時期のCopelandにも影響を受けました。
ー近年はアンビエントや室内楽的なサウンドへの傾倒が見受けられますが、特に影響を受けたアーティストは?
一番はOlafur Arnaldsさんですかね。アイスランドの作曲家なんですけど、すごく良くて……彼の曲を聴いて、長い時代を越えて残っていくのは、音楽の源流に近いクラシカルなものなんじゃないかと思ったんです。飾り気がない、作曲能力をシンプルに試されるもの。その経験はほかの名義での活動にも絶対役立つと思ったので、やってみたいなと。
ー確かに、ピアノとストリングスで成り立ってる音楽は何百年も前からあって、逆に言えば何百年後にも聴かれてるかもしれないですもんね。
そうですね、残っててほしいな。今の社会の消費速度では厳しいかもしれないですけど、もしかしたら未来に誰かが演奏してるかも。
ーほかのポスト・クラシカルなアーティストと比べて、自身の楽曲にはどのような特徴があると思いますか?
湿っぽいけど、疲れないで長く聴けるって周りからよく言われますね。ジメジメした人間なので、どうしても暗い部分が表れちゃう。でも、明るく爽快で気持ちの良い曲を書ける人はたくさんいらっしゃるので、僕は僕の得意な分野でやっていくのが良いかなと思ってます。
ー今までの作品の中で、活動のターニングポイントとなったリリースはありますか?
2020年6月にリリースしたアルバム『Afterimage』の、ユニット・Calm Cinemaでともに活動していたRistさんと共作した「Film」が、Spotify公式プレイリスト『静寂と黄昏』に取り上げられて。続く2021年10月にリリースしたアルバム『Life』の「Innocence」「Drifter」はすごく再生してもらえましたね。
ー制作時から手応えのある楽曲だったのでしょうか?
「Innocence」は、それこそOlafur Arnaldsさんのような、当時目指していた音像に近いものを作れたかなと思います。BPMフリーの楽曲で、フィーリングをどうやって音源に落とし込むかをトライしていた時期で。それが上手くハマった曲でした。「Drifter」は最後までアルバムに入れようか迷ってた曲で……やったことのないやり方をしようという意識が強すぎて、自分のカラーが薄くなってしまったんですけど。それが伸びるのか、という思いは正直ありました。
ーサブスクでヒットするためには、やはりプレイリストの影響を無視できないんだなと感じますね。
そうですね。アルバムしか出してないアーティストからするといやらしく感じますけど(笑)。どうしても、「全部聴いてくれよ!」って思っちゃう。僕はアルバムという形態が好きですし、なくなってほしくないですね。
楽曲制作は自分とのセッション
ー楽曲制作はどのように進めていますか?
それが、あまり話せることがなくてですね。結構、無意識なんですよ。書いた覚えがない曲とかもあって。「こんなのいつ書いた?」みたいな。ちょっと怖いんですけど(笑)。自分と自分でずっとセッションしてるみたいなことなんだと思います。
ーということは、制作は即興に近い?
そうですね。コード進行がこう、メロディがこう、と組み立ててるわけじゃなくて、今鳴ってる音に対してどういう響きを当てるかアプローチしていくみたいな。
ーそもそも、ピアノなどは生演奏で録音しているということなのでしょうか?
打ち込みだと時間がかかるし面倒なので、電子ピアノで演奏をMIDI録音してます。
ーそこに、ポストプロダクションとしてストリングスなどを加えていくと。
はい。最近はハードウェアを買えるようになったので、そこからアイデアを得ることも増えました。
ー静謐な旋律はもちろんのこと、丁寧な空間処理にもこだわりを感じます。
リバーブが大好きなので、めちゃくちゃこだわってますね。活動開始当初はAbletonの純正のリバーブを使ってました。いまはWavesのTrueVerbっていうプラグインをセンドリターンで使って、なおかつイメージャーで広げて……みたいなことをしています。天井の高い部屋をイメージしながら音を作ってますね。
ーホワイトノイズや環境音も効果的に用いられていますよね。
環境音を入れることについては結構シビアに判断していて。生活音や人の声が入ると、なんでも良く聴こえちゃう可能性があるっていうか(笑)。音楽との距離感が近くなるんですよね。なので、崇高なものではなく身近に感じられる音楽を鳴らしたいっていうときに使っています。
ー特に、2020年10月にリリースされたシングル「Calm」での生活音は印象的です。
結構、世の中が荒れていた時期に作った曲なんですよ。だから、平和への漠然とした大きい気持ちがあって、「みんなが隣の人に優しくできたら幸せになれるのに」という感情を表現するのに、この音が必要かなと。
ー確かに、2020年にこの楽曲が生まれたことを思うと、人肌を感じるサウンドにも特別な意味が感じられますね。そういった時事や社会、アクチュアルな話題から着想を得ることは多いのでしょうか?
なるべくないようにしてます。今は戦争が色んなところで起こっているけど、「俺は反戦だぜ」という曲は書かないかなと。でも、隣にいる人を思いやることができればいいよね、ということは伝えられれば。いきなり知らない人から説教垂れられても「何言ってんだこいつ?」と思われるだろうし、まずは身近なことから表現したいです。
ートラックメイカー・bunchoとしても活動されていますが、名義を分けた理由は?
そもそも、昔は"(null_)という名義で、アンビエントやドローン、ビートレスな楽曲などを制作してライブもやっていました。ただ、ジャンル的にもライブでは全然ウケないんですけど、それを「俺の曲が良くないからだ」と思ってたんですよ(笑)。じゃあ作曲の力をもっと上げようということで作り始めたのがTakaaki Izumi名義の楽曲で。それを3年ぐらい続けたあと、身体性のある楽曲もまた作り始めたんですけど、だんだんクラシカルなものとの方向性が乖離してきたので、これは二つに分けて活動した方が良いなと思って、現在の形になりました。
ー二つの名義で、楽曲制作のプロセスは異なりますか?
根本的にはあんまり変わらないです。bunchoでもセッションみたいな感じで、コードから決めて、気持ち良いループやリズムを作るのがメインの方法です。
ー使用しているソフトやハードの違いは?
それも実はないんですよね。経済的には助かってます(笑)
ーアートワークもご自身が水彩画で手がけられていますが、絵は昔から描いてましたか?
絵自体は子どものころから好きだったんですけど、抽象画を描くようになったのはここ5、6年くらいですね。
ー楽曲やアルバムのイメージに合わせて描きおろしているのでしょうか?
はい。基本的には、楽曲が出来てから新しく描いてます。デザインもイラストも、結局は自分で全部やっちゃった方が満足度の高いものが出来上がりますね。曲よりもさらに無意識に制作してたりするんですけど。
閉塞感を音と言葉で紡ぐ最新楽曲「Shade」
ーsprayerから配信された最新楽曲「Shade」は、ハコノトリコさんが参加したTakaaki Izumi名義では初の歌モノ楽曲です。制作のきっかけは何だったのでしょう?
最近、ビートボクサーのSiMAくんと共作をするようになって、その中で、色んな人と関わりを意識するようになって。次のリリースでは、そういった方々と一緒に作品を作りたいと思ったんです。その第1弾が「Shade」で。ハコノトリコさんとは以前、一緒にバンドをやっていた時期があったんですよ。それはすぐに解散しちゃったんですけど、頼むなら彼女に歌ってほしいなと思っていたので。
ー歌メロや歌詞は二人の共作なのでしょうか?
メロディは少し変えてもらったりしましたけど、基本的には向こうにお任せしています。でも、楽曲のテーマは共有してましたね。こういう世界観でお願いします、とお伝えして。
ーなるほど。そのテーマとは?
父親を亡くして、僕は転職をしたけど職場となかなか合わなくて、とか、いろいろなことが重なって閉塞感を感じていた時期だったので、寂莫や孤独がテーマになっています。
ーそういったネガティブな感情が、ある意味解決されないまま終わる楽曲ではありますよね。
現実ってなかなかハッピーエンドにならないじゃないですか。報われるものとも限らない。それに、個人的には落ち込んでいるときに優しい言葉は要らなくて、放っておいてほしいタイプなんです。一回落ちるところまで落ちて、そのあと自分でまた上るから、そっとしておいてくれって。そういう性格が楽曲にも表れているかもしれないです。
次作は「外に気持ちが向いたアルバム」に
ー先ほど、様々なアーティストとのコラボレーションについてもお話いただきましたが、今後はどのような作品の制作を予定していますか?
今年中にはアルバムを完成させたいと思っています。自分だけで完結している楽曲のストックは結構あるので、あとは他のアーティストとの楽曲を何曲か。歌モノもあと2曲くらいは収録したいですね。これまでの作品はすごく内省的だったけれど、次作は外に気持ちが向いたアルバムになると思います。
ーこれまでも舞台や映像作品の音楽を手がけた経験があるIzumiさんですが、他分野への楽曲提供についてはいかがですか?
ゲーム音楽はやってみたいですね。ドラゴンクエストⅢの「おおぞらをとぶ」という曲がめちゃくちゃ好きで、ゲームボーイカラーでプレイしてた当時もすごく聴き応えを感じていたんですよ。あの曲が僕の何かを歪めたと思います(笑)。もちろん映画音楽もやってみたい。高木正勝さんの楽曲がめちゃくちゃ好きなんですけど、あれぐらい映像を引き立てられる劇伴を作れたら気持ち良いだろうなと。
Text:サイトウマサヒロ(@masasa1to)
Edit:sprayer note編集部
Profile:Takaaki Izumi
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