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全20曲・60分超の濃密な1stアルバム『人間とは』リリース 私は浮かびながら沈む:sprayer Interview

2023年12月に活動を終了したバンド・Develop One's Facultiesのyuyaが2024年5月に始動させたソロプロジェクト、私は浮かびながら沈む。文字通りたった一人でステージに上る彼は、オーケストレーションからエレクトロまで、変幻自在の多国籍サウンドで唯一無二の個性を放つ。全20曲・60分超の濃密な1stアルバム『人間とは』では、欲望と葛藤が渦巻く人間模様をあらゆる合奏形態から解き放たれた音像に落とし込み、混沌を混沌のままに描き切った。

今回はワンマンツアー『art is beautiful』の真っ最中であるyuyaにインタビュー。このあまりにも特異なプロジェクトの全貌と、『人間とは』での試みについて聞いた。


一人でもバンドに負けないためのサウンドスケープ

-Develop One's Faculties(以下DOF)の解散後、バンドではなくソロプロジェクトを始動させた理由について教えてください。

DOFが終わった後に色々考えたんですけれど、やっぱり俺はバンドが大好きだなっていう気持ちが強くて。だからこそ、もし次にバンドをやるならDOFよりカッコいいバンドじゃないと俺も嫌だし、ファンも納得いかないと思ったんです。良い巡り合いがあったらまたバンドをやりたいけど、それまでは今の自分がやりたい表現を100%出せる環境下でどこまでできるかっていう勝負も楽しいんじゃないかと。頑なに「バンドは嫌だ!」なんてことはなく、むしろ早くバンドをやりたいっていう気持ちは日々募ってますね。

-では、私は浮かびながら沈むは始動時からDOFと一味違う表現を目指していたんですか?

バンドはメンバーの鳴らす音を主軸に考えるのに対して、ソロでやるならステージに立つのも一人の方が面白いなとは思ってて。悔しいけど、どうしても人数が多い方が迫力が出るじゃないですか。俺が生演奏じゃないのにバンドっぽい音を鳴らしたって、次に本物のバンドが演奏したら勝てるわけないと思うんですよ。それでもバンドに迫るためにどうするかを試行錯誤した結果、バンドでは鳴らせない音を核にすれば、違う目線で見てもらえて、結果的に対等に戦えるんじゃないかと。

その中でオリエンタルな民族楽器やパーカッションに辿り着き、そこに上手くマッチするのはアコースティックギターやチェロ、バイオリンだった。だからこの音でやっていこうと決めて、今の形に落ち着きました。

-ソロプロジェクトといっても、フロントマンだけが正式メンバーで他はサポートというだけで実質バンドだ、ということもよくあるじゃないですか。私は浮かびながら沈むは文字通りのソロプロジェクトであるというのが面白いですよね。

そうですね。ライブハウスで「え、一人?」って思うであろう初見の人に、「同じ音楽だから、同じ目線で見てくれよ!」を、言葉じゃなくて音で伝えたいですから。

-やりたい音を実現させるためのプロジェクトというよりは、先にあった「ソロでやる」という指針に基づいた音を追求した結果なんですね。パーカッションやピアノも、私は浮かびながら沈むのために始めたんだとか。

そうですね。それまではほとんど触ってなかったので血眼になって練習してて気付いたのは練習っていうよりも楽器にどう寄り添うかだなと思いました。パーカッションは、「お前はこういう風に鳴りたいのか」「俺はこういうのを鳴らしたかったんだ」っていう会話ができちゃえば、指がどんどん動くようになったんですよ。何かを習ってステップアップしていくというよりも、楽器と触れ合うように。

-先ほどお話いただいた通り、楽曲のアレンジがいわゆるロックバンドのそれとは全然違うじゃないですか。アコースティックな音色を多用したり、トライバルなビートを駆使したり。その影響源や参照元はあるんですか?

一切ないです。昔、初めて人に頼まれて楽曲を作る仕事をしたときに、リファレンスをもらってビックリしたんですよ。そういうのもあるんだなって。それまで音楽ってみんな自分たちのオリジナルのカッコいいを追求しているもんだと思っとったんです。だから、カラクリを知っちゃって正直ショックでした(笑)

-なるほど。そういう意味では、私は浮かびながら沈むのサウンドはカラクリがよくわからないんですよ。

ただその時に降ってきたカッコいい音をどこまで具現化できるかという戦いですね。

-たとえば映画だったりマンガだったり、音楽以外の創作がインスピレーション源になることはありますか?

絵画が大好きなんですよ。最近気付いたんですけど、絵画は音が鳴らないのに感動できるから惹かれるんだと思います。そこからインスピレーションを受けて曲を作っても、何のパクリにもならないし。

-最新アルバム『人間とは』では、前半の「ステータス」「ぼやきごと」などの楽曲が、前述したオリエンタルなムードが色濃く出ている楽曲ですよね。正直、聴いててライブハウスの光景がパッと浮かぶような曲ではないと思います。

めっちゃ嬉しいです! そりゃライブハウスに置いてない楽器で構築してるからそうなるとは思うんですよ。ただ、実際に演奏するときには思いっきりお客さんに声を出してもらうようにしてて。その声が混ざった時に初めて完成する楽曲たちなんですよね。CDだけだとロックに感じなくても、ライブを観たら誰もが「ロックだった!」って言うはずです。結局、最終的にはロックに落とし込んだアウトプットにしたいんですよね。

-ライブハウスの外から持ってきた曲をライブハウスの中で鳴らす、みたいなイメージ?

そうですそうです。

-一方で、「logic」「downer」のようなエレクトロな楽曲もレパートリーにあるのが興味深いです。

DJのスタンスで考えるとしたら、基本的にステージ上に一人でいても違和感が生まれないと思って、そういう意味では俺が一人でステージで鳴らしても違和感のない音だなと思って。元々EDMとかのカルチャーは大好きだったので、ただ鳴らすだけではなくて、せっかくなのでGlitchをはじめパフォーマンスの技をリアルタイムで取り入れたプレイもやってます。

-サウンドに適合してボーカルもラップ的なアプローチも取っていますよね。

兄や姉の影響もあって、HIPHOPは昔から聴いてましたね。10代の頃は、KICK THE CAN CREW、キングギドラ、RIP SLYMEとか。

-そういったサウンドやボーカルアプローチの実験性に驚かされつつも、歌メロのキャッチーさが芯にあるのが印象的です。

DOFの時から、メロディと歌詞を作るのは基本的に一番最後なんですよ。オケが出来たら、マイクを持ってその場のインスピレーションで出たメロディを録音するんです。それがそのまま8割は採用されて、2割は直す感じで。時間をかけて作り上げるっていうよりも直感重視ですね。自分でオケを全部作ってるからこそ、直感で降りてきたものが一番刺さるんじゃないかと思ってます。

-yuyaさんがかつてXに投稿していた『私を構成する9枚』を拝見したんですけれど、RADWINPSや米津玄師の作品を挙げていたのが印象的で。つまり、私は浮かびながら沈むのキャッチーさには、J-POPやJ-ROCKからの影響が寄与してるんじゃないかなって。

ああ、確かに。僕、昔はJ-POPやJ-ROCKが大嫌いだったんですよ。元々はヘヴィメタル一筋で、「外タレのメタルバンド以外は音楽じゃねぇ」みたいな(笑)。歪んでるギターと速いドラムがないと音楽じゃないと思ってたんです。でも、いざ自分がギターを持って歌を歌うようになってから、角度を変えて聴いてみたら「なんて素晴らしい音楽なんだ!」って。大人になってから大好きになりました。

-『人間とは』リリース後のリスナーの反応を調べてみたら、「ヴィジュアル系版の米津玄師」って表現してる方もいらっしゃいました。

俺もそれ見ました(笑)。意識したわけではないですけど、そう表現していただけるのは光栄です。

-余談ですけれど、僕もSaosinやProtest The Heroが大好きです。

最高ですね。とにかくメタルとエモ・スクリーモばかり聴いてて。人生で初めてLinkin Parkを聴いた時には稲妻が落ちましたし、Slipknotの1枚目はいま聴いても「ウオー!」ってなりますね。

-私は浮かびながら沈むの楽曲にダイレクトな影響が表れているわけではないものの、サビで突き抜けるような楽曲構成は当時のエモ・スクリーモと通ずるものがあるかもしれませんね。

そうですね。コード感とかもエモっぽい響きがあるかもしれないです。いま話してて気付かされましたね。

-そう考えると、yuyaさんが受けた影響はヴィジュアル系シーン以外からのものも多いですね。ヴィジュアル系にはどのような親しみを抱いているのでしょうか?

バンドを始めるきっかけがDIR EN GREYだったんですよ。14歳くらいの頃、友達がDVDを貸してくれて。でも、正直子どもからしたらわけわかんないじゃないですか。自分を殴って口から血を吐くのとか。バイオレンスでしかないし怖いし、すぐにDVDを返したんです。でも、なぜかまた観たいと思って、もう一度貸してもらって、そしたら「めっちゃカッコよくね?」に変わって。

DIR EN GREYがいなかったら、ステージに立つ道を選んでなかったと思います。だから、それだけ大きな影響を与えてくれたアーティストがいるシーンで、俺も名を挙げたい。そして、同じように俺に憧れてヴィジュアル系を目指すアーティストが出てきたらそれほど嬉しいことはない。本当にそれだけのことなんです。正直、特別ヴィジュアル系に詳しいわけでもなくDIR EN GREYがヴィジュアル系だったから、俺もヴィジュアル系をやりたいと思って今もその気持ちです。

-ある意味でトラウマになるような表現に惹きつけられたということですよね。yuyaさんも、そういった聴き手にインパクトを与えるような表現を志向しているのでしょうか?

この活動では自分が感じたものを嘘偽りなく全部伝えたいと思ってるので、もし俺がバイオレンスなことを考えてしまっていたらそうなるかもしれないです。できるだけプラスのエネルギーを与えられるような、幸せな曲をいっぱい作りたいですけどね。

-ところで、私は浮かびながら沈むというプロジェクト名はインパクトがありますが、どのような思いで名付けたんですか?

人ってみんな、浮かびながら沈んでると思うんですよ。一番わかりやすいたとえで言えば、怒ったりする時もあれば、笑う時もある。そういう感情だけじゃなくて、様々な面で人間は浮かびながら沈んでる。その「浮かびながら沈む」という言葉の意味を色んな人に理解してもらえる日が来れば嬉しいなと思って付けた、大切な名前です。

-現在はepiphanyというクリエイティブチームで活動をされているそうですが、どのような組織なんですか?

俺のほかに、映像担当、デザイン担当、カメラマンがいます。いま手がけているアーティストは俺だけですけれど、今後は他のアーティストもフックアップして、レコーディングから映像制作まで全部やれたらいいなと思って立ち上げました。epiphanyのメンバーとともに成り上がっていきたいなと思ってます。

「ミュージシャンの物価を上げたい」

-ここからは、改めて1stアルバム『人間とは』について聞かせてください。緻密に作り込まれた作品という印象を受けましたが、どのようなコンセプトで制作を始めたのでしょうか?

20曲入りで60分ジャストの、「音楽砂時計」を作りたかったんです。俺、砂時計がめっちゃ好きで。制作するときに、1時間の砂時計を画面の前にひっくり返すんですよ。砂が落ちてく一方なんで、「やべえ!」つってやる気になるし、全部落ちたら休憩しようっていう許しを自分に与えられるし。だから、音楽で一時間ちょうどを計れるアルバムにしようと思って。ただ、作っている内に60分を超えちゃって(笑)。さすがに尺を削るのは無理だから、砂時計は諦めました。

-20曲入りというボリューム感は、短い楽曲や短い作品が好まれる時代の流れに逆らうような濃密さです。

20曲にした一番の理由は、アルバムの値段を上げるためなんです。いま物価がめっちゃ上がっとる中で、ミュージシャンはずっとアルバム一枚3000円くらいで作る。かかる時間も注ぐ熱量もずっと変わらんのに、値段を上げられないのが気に食わないんですよ。だから、20曲入れたら、4400円でもとりあえず文句言われねえだろと。まだ売れてない俺がやってもしょうがないのかもしれんけど、売れてない内からやらんと意味ないなと思って。この値段設定が普通になったら、アーティストはみんな助かるはず。金が欲しいわけじゃなくて、ミュージシャンの価値を上げたいんです。

-確かに、どんな熱量の作品でも基本的に値段が一緒というのは音楽作品の不思議な性質ですよね。『人間とは』に4,400円という値段が付けられているのは、それだけの価値があるアルバムだという自信のようにも感じました。

ありがたいことに、高いっていう感想は一回も聞いてないです。めっちゃ嬉しいですね。

-20曲の重みがありつつ、聴き通しやすい曲順も絶妙です。

疲れないで聴けるように、曲順はもちろんですけれど曲間の秒数にはめちゃくちゃこだわりましたね。ミックス・マスタリングまで自分でやってるから、最後の仕上げまでできるのが強みなんですよ。一枚のアルバムとして通して聴くことをイメージして作ってます。

-収録曲「有名税」はMVも公開されているリード曲的なポジションの一曲ですが、なぜこの曲をプッシュしようと思ったのですか?

いまを生きる上で一番残酷だと思うことをMVにしようと思ったんです。たとえば芸能人になりたいとか、野球選手になりたいとか、そういう夢を叶えたとしても嬉しくないことの方が多いんじゃないかって考えてて。夢のために一生懸命努力して、いざ辿り着いたらそこは地獄でしたって、なんだそれって。そういう気持ちを今の時代なら伝えられると思ったので、MVを作ってリード曲にしました。

-先ほどトラックが完成してからメロと歌詞を作るというお話がありましたけれど、そういった楽曲のテーマは音に導かれる形で生まれるんですか?

あー、フィーリングなので考えたことなかったですけれど、もしかしたら「この音にはこの内容が」っていうのは無意識に考えてるのかもしれないですね。

-その点では、「橋から見えた奇跡」も面白いです。他の楽曲よりもファンシーなサウンドで、歌詞もストーリーを感じさせるというか。

でも、この曲だけは歌詞先行ですね。昔、荒川に架る橋を渡ってたら、みんなが車を停めて外に出て、携帯を空に向けてムービーを撮ってたんですよ。それで道路が塞がれてて。「俺、早く帰りたいのに」と思いながら俺も空を見てみたら、UFOがおったんすよ。

-え!?

で、俺も動画撮ってDOFのメンバーに送って。なんか嬉しい気持ちになったんですよね。その後に調べたら、それは赤羽のUFOおじさんっていう人が飛ばしてたんです。テレビとかでも取り上げられてたんですけど、そのおじさんがインタビューで語ってた言葉がめちゃくちゃぶっ刺さっちゃって。「俺がUFOを飛ばして、それを遠くの誰かが見たら、そいつの中でそのUFOは本物になる。UFOを見た時の喜びは真実だと思う。」って。クソカッコいいな! と思って、そこから「橋から見えた奇跡」を作りました。

-タイトルの『人間とは』という問いに、明確な答えはあえて出していないような印象を受けました。

全曲「人間」が一番のテーマになっていて、今まで34年間生きてきて感じた『人間とは』のまとめを20曲で表しました。ただ、俺もまだ生きてる途中だし、人間もまだ途中だし、答えを出すにはまだ早いから、あくまで現時点の途中報告です。次は、60歳くらいになった時にまた『人間とは』を出せたら良いですね。

-単なる人間賛歌にはなっていないところが良いなと思いまして。20曲で様々な人間模様が描かれることで、混沌とした人間のリアルな有様を感じられました。

制作してる時に自分が色々なことに追われているから、出てくる音や言葉も必然的にそういうエネルギーが強い作品になったのかなと。俺は器用な人間じゃないから、その時の感情をバッと出すことしかできないんですよ。たとえば今が冬なのに春をテーマにしたアルバムを作ることは不可能なんです。

-「art」「is beautiful」という二曲で締めくくられるのも示唆的な構成です。人間の在り方は掴みかねる中で、人間が作る芸術の美しさだけは確かだと。

芸術っていうもの自体には何の罪もないし、この先も永遠に素晴らしいものだと俺は思っているので。アルバムの値段の話にも繋がりますけれど、芸術の価値というものがちゃんと評価されるようになるといいなと思ってます。


目標はO-EASTワンマン

-現在はワンマンツアー『art is beautiful』の最中ですね(※取材は名古屋公演終了後に実施)。現時点での感触はいかがですか?

最初は大大大大大赤字でやべぇと思ってたんですけど、一生懸命やることやって頑張って、名古屋の二日間は黒字にできまして。俺が一人で名古屋に行って、身銭を切らずにライブをできるってことが何よりも嬉しいですね。おかげさまで。ここからはどうなるかわからんけど、全公演そのレベルまで持っていけるように頑張ります。

-各地の2日目にそれぞれ異なるゲストミュージシャンを迎えているのは面白い試みですね。

全国ツアーって、福岡と札幌は2デイズだけど名阪は一日だけっていうパターンがオーソドックスなんですよね。でも、別に全部二日やればいいやんと思って、勢いでハコを押さえちゃったんです。それから、各地の二日目に現地のミュージシャンに力を貸してもらえば面白くなるかもと思って。

名古屋の二日目は、ファンの方はもちろん俺にとってもどうなるかわからない一日だったんです。前日に一回スタジオに入っただけで、ほぼぶっつけの状態。でも、俺の目に見えないところで時間をかけて準備をしてくれてたおかげで、何年かやってるバンドなんじゃねえかっていうくらい良いライブができたんですよ。マジで奇跡的っていうか、ビックリしました。めっちゃ良いライブでした。最初は不安でしたけど、今はもう楽しみでしかないですね。

-最後に、私は浮かびながら沈むとしての目標を教えてください。

DOFのワンマンでの最大キャパはO-EASTで、ソールドさせることができなかったんですよ。なので、私は浮かびながら沈むではO-EASTを一人で埋めたいです。日本武道館や東京ドームを目標に掲げるよりも、一歩一歩、確実に着実に。

-日頃のライブとは異なるセットで演奏してみたいというビジョンはありますか?

うわ、その質問めっちゃ嬉しい! 『人間とは』で鳴ってる楽器……バイオリン、ビオラ、チェロとかを、同期を使わず生でホールで再現できたら、嬉しくて泣いちゃうと思いますね。

Text:サイトウマサヒロ(@masasa1to
Edit:sprayer note編集部


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