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Sigma-T チルポップ・ラッパーがベッドルームから描く生活感とファンタジー:sprayer interview

夜、眠る前につける誰にも見せない日記帳のように。あるいは、布団の中で考えては翌朝には忘れている深い思索のように。「ベッドが似合うチルポップ」を掲げ2019年から活動してきたラッパー/トラックメイカー、Sigma-Tの表現には、現実と幻想、生活とファンタジーがポップなバランスで共存している。2023年に大阪から東京へと拠点を移してからは、よりフロアライクなサウンドにも対応しながら、その想像の可能性を拡張させてきた。彼の創作の原点、そして、昨年11月にリリースされ、sprayerが開催した15秒楽曲コンテスト『ICHIGOICHIE -SEED-』にて見事最優秀賞に輝いた楽曲「全ての悩める人たちへ」や1月24日にリリースされたばかりの最新シングル「Fragrance (Cosmos)」に表れた変化などについて、話を聞いた。


ルーツはディズニー、日本舞踊、セカオワ

ーSigma-Tさんが最初に興味を持った音楽は何でしたか?

ディズニーの音楽だと思います。生まれたのが千葉だったので、家族でよくディズニーランドに行ってて。それと、直接音楽の趣味に繋がっているかはわからないですけど、日本舞踊が家業の家で育ったので、朝起きたら三味線の音が聴こえてくるみたいな環境だったのもルーツに関わってるかなと。

ーそこからいわゆるポップスを聴くようになったのはいつごろですか?

小学校の頃から、買ってもらったiPod nanoにひたすら家にあるCDを取り込んで、ど真ん中のJ-POPを聴いてました。それから、中1くらいの時に友達の紹介でSEKAI NO OWARIを知って、どんどん惹きつけられていって。ディズニーに触れていたのもあって、あのファンタジー感やストリングスのサウンドを受け入れやすかったのかなと。幼少期のルーツとJ-POPが結び付いたのがSEKAI NO OWARIでした。

ー自身で楽曲を制作したり、演奏したりしてみようと思ったきっかけは?

中学生の時、SEKAI NO OWARIのフリーライブを観に行ったんですけど、サウンドチェックでギターを弾いてるスタッフの方がカッコよくて。当時は音楽の知識もなかったので、バンドのフロントに立ってる人じゃないとギターを弾けないんだと思ってたんですよ。でもそれを見て、僕もギターを触ってみたいなと思ったんです。で、親戚からギターを借りて弾き始めて、高校ではバスケ部と掛け持ちで軽音部に入ってました。

ー出発点はやっぱりバンドだったんですね。そこから現在のラッパーという形態を取るようになったのはなぜでしょう?

大学でもバンドを組みたかったんですけど、あまり友達がいなくて(笑)。周りが新入生歓迎会とか行きまくってる中その波に乗れず、気付いたら軽音サークルもメンバーが固まってて、「やべぇ、ミスった!」と。ちょうどその頃、フリースタイルラップが流行り始めていたので、まずは一人でもできるラップを始めてみようと思ったんです。駅前でやってるサイファーに足を運んだり、MCバトルにも出場したり。次第に楽曲を作ってみたくなって、Type Beatを使って遊びから制作を始めるようになりました。

ーリスナーとしてHIPHOPのシーンに飛び込んだというよりは、1人で音楽を表現できる形を探したら自然とそうなったというか。

そうですね。リスナーとしても、最初はハードコアなラッパーだったり、USのオールドスクールなものも好きで聴いてたんですけど、やっぱりJ-POPがルーツにあることもあって、より聴きやすいラップが好きになって。唾奇やPUNPEEの楽曲には特に影響を受けてます。

ー現在はトラックメイクやDJとしての活動、さらにInstagramでは楽器の演奏動画もアップしていますが、一方でラッパーという肩書きにはこだわりがあるのでしょうか?

「ラッパーなの? シンガーなの?」とよく言われるんですけど、曲を作る時には基本的に意図してなくてもラップの要素が加わるので、あくまで僕はラッパーなのかなと。でもそこに強いこだわりがあるわけではなくて、リスナーの捉え方次第で良いと思ってます。

ーちなみに、日本舞踊は今もご自身で続けてらっしゃるんですよね?

はい、今も稽古してます。実は、ライブを観た友達や映像を観た母親に「重心が低い」って言われるんですよ。日本舞踊って、めっちゃ重心下げて、腰を入れるんで。音楽性はともかく、所作とか身のこなしは若干日本舞踊っぽいのかな(笑)

ー2019年の初リリース以来、自身にとってターニングポイントだったと感じる作品やライブはありますか?

2020年3月のシングル「LOADING」は、初めて「ちゃんとした形で曲をアウトプットしないと」と思ってリリースした曲ですね。MVを作ったりだとか、インスタで広告を打ってみたりだとか、人に届くように工夫し始めたのはそこからでした。自己満足ではありつつも、もうちょっと聴いてもらいたいなって。

ーなるほど。

ライブに関しては、特定のステージというわけではないんですけれど、2022年ぐらいから東京のクラブでライブをする機会が増えて。クラブってやっぱりライブハウスやカフェなんかとはまた違う独特な雰囲気があるじゃないですか。そういうガヤガヤした環境の中でどういうパフォーマンスをしたら印象を残せるか、その頃のライブでは色々と考えていた記憶があります。

ーそういったクラブでのライブ経験が、制作に影響を与えたことも?

めちゃくちゃありました。それまでは家で聴くことをイメージした曲を作ってたんですけど、ライブでそれをやり続けるとこっちもしんどいというか、空気がすごい重くなってくる。なので、ちょっとクラブノリな曲とか、電子音を交えつつ可愛さもある、みたいな曲が増えましたね。『ICHIGOICHIE』で最優秀賞をいただいた「全ての悩める人たちへ」も、まさにライブでプレイするために作った曲でした。

ー2023年には大阪から東京に拠点を移していますね。それはやはり、クラブシーンが盛んだから?

そうですね。東京は毎週どこかでイベントがやってるし、平日もいろんな現場があって、凄いなと感じてます。リスナーとして音楽をクラブに聴きに行きやすくなったのも大きいですね。何かにつけて企画が多いし、音楽をやってる人がアウトプットできる環境が多いと思います。

愛すべき空間を音楽で提供したい

ー「ベッドが似合うチルポップ」というコンセプトを活動初期から掲げてらっしゃいますが、そのアイデアに至った経緯を聞かせてください。

音楽活動は、「曲だけを聴いてほしい」「アーティストとしての自分を見てほしい」っていうよりは、「音楽が鳴ってる空間を好きになってほしい」という思いでやっていて。本当にディズニーランドみたいな存在になりたいんですよ。大人から子どもまで、家族でもカップルでも友達同士でも楽しめて、毎日行かなくてもいいけど、やっぱり生活の中に必要なもの。そういう空間を音楽で提供したいんです。なので、曲やアーティスト像よりもコンセプトにフォーカスするようになったんだと思います。

ー現実からのちょっとした逃げ場というか。

そうですね。小さい頃からアトラクションとか遊園地を作るのが夢だったので、それを一番再現しやすいのは、音楽を使ってライブをすることかなと思って。そういう考えのもと、「ベッドが似合うチルポップ」をコンセプトにしました。

ー「ベッドルームポップ」という概念自体は既に存在していますけれど、Sigma-Tさんの「ベッドが似合うチルポップ」は、サウンドや制作プロセスのみならず、楽曲のテーマや歌詞にも大きく関与しているように感じます。

確かに歌詞も、「ベッドが似合うチルポップ」を意識して書いてますね。現実と幻想を行き来するようなイメージを持って制作しています。

ーたとえば一日の終わりに日記をつけているようだったり、あるいは布団の中で一人で考え事をしてる内容だったり、という意味でもやはり「ベッドが似合う」歌詞だなと。実際には、歌詞はどのような時に思い付くのでしょう?

運転中とか、外を歩いてるときが多いですね。内容は基本的に全部、部屋の中で完結するストーリーだったりするんですけど。机に向かうとあまり思い浮かばないタイプで……。

応援ソングとしての強度を高めた「全ての悩める人たちへ」

ー先ほどもお話に出た、昨年11月リリースの楽曲「全ての悩める人たちへ」についてお伺いさせてください。本楽曲は、15秒楽曲コンテスト『ICHIGOICHIE -SEED-』にて見事最優秀賞に輝き、『sprayer』公式プロモーション動画のBGMとして、渋谷スクランブル交差点に面したグリコビジョンにて放映されました。Sigma-Tさんも実際に街頭で映像をご覧になられていましたが、率直な感想はいかがでしたか?

あんまり自分のこととして受け入れられないっていうか、「本当に流れるんだ」って思いました。フワフワした感じで。

ープロデュースはNerubeatsさんが担当しています。他にも数多くの楽曲でタッグを組んでいますが、その出会いのきっかけは?

「LOADING」をリリースする前、半年くらいはカナダに留学してる時期があったんですけど、その時に「こういう曲を作りたい!」っていうアイデアが浮かんできて。頭の中にあるサウンドを作れて、なおかつまだ有名なラッパーとコラボしてないトラックメーカーを探して、SoundCloudで見つかったのがNeruさんでした。初めて対面で会ったのはそれから1年後くらいだったんですけど、それまでに3、4曲くらい一緒に作って。

ーシンパシーを感じる部分があったんですね。

Neruさんは、表に立って何かをする方ではないけど、芯に秘めてるものがあって。たとえるなら、文化祭を取り仕切るタイプではないけど、聞かれたら絶対面白いアイデアを返せるような人ですね。常に、世の中に対して色んな角度からの考えを持ってて。喋ってても芸人さんのラジオみたいに、尖ったことや核心を突いたことを言ってくる。サウンドはもちろん、そういった人間性も含めて大好きです。音楽で困ったことがあったら、Neruさんと制作してる楽曲に関すること以外でも一度彼に相談させてもらうことは多いですね。

ー楽曲に話を戻すと、「全ての悩める人たちへ」は歌詞とサウンドがリンクしている点が巧みだなと思っていて。日常の悩みを綴ったバースが、EDMテイストにビルドアップされていって、ドロップで花開くという形で、楽曲展開とストーリーがピッタリハマっていますよね。こういった仕掛けは、どういった思いで制作されたんでしょう。

最初は、全体を通して4つ打ちが続く楽曲だったんですよ。ただ、先ほども話した通りクラブで聴いた時により楽しめる楽曲にしたかったし、メッセージ性のある曲だから強くリスナーの背中を押せるようなサウンドにもしたかった。ドロップ部分が加わることで、応援ソングとしての強度も高まったと思います。

遊びから生まれた新曲「Fragrance (Cosmos)」

ー1月24日にリリースされる新曲「Fragrance (Cosmos)」ですが、こちらはどのような楽曲になっていますか?

怠惰な生活を送っている人物が主人公なんですけど、自分自身のことも結構盛り込んでいて。2022年くらいの僕は、やらないといけないことややりたいことがあるのにそれをどんどん後回しにしたり、何かに取り組む姿勢になってもすぐ携帯を触ってSNSを見ちゃったり、みたいなことがよくあって。先ほどお話しした通り、いつも生活と幻想を往復するような曲を制作していたんですけど、最近の楽曲はその幻想の要素が強まっていたので、一度生々しさに寄せた楽曲を作ってみようという思いで、自分の生活のことを歌詞に詰め込みました。

ー「全ての悩める人たちへ」に続いて、リスナーの背中を押す曲でもあるのでしょうか?

背中を押すというよりは、共感してもらいたい、寄り添いたいという思いが強いです。

ー「全ての悩める人たちへ」から、リスナー側を向いた曲が続いています。

活動当初は自分のことを知ってほしいという気持ちも強かったんですけど、周りのアーティストやラッパーと話していくうちに、自分のことを伝えるだけじゃなく自分の曲で誰かの心を動かしたい、誰かの人生を変えたいという思いが、栄養みたいに体に吸収されていって。それが、リスナーを意識した楽曲作りに繋がってるのかなと思いますね。

ー今回の楽曲では、ビートメイクはどのように進めましたか?

この曲は、個人的な趣味で韓国のアーティスト・CIKIが参加したuncoolclub「Luvproof (Feat. CIKI)」をビートジャックしたフリースタイルが元になってまして。遊びでやってみたら思ったより現実味のある歌詞が書けたので、せっかくだからリリースしたいなと。なので、Neruさんにリミックスしてもらうようなイメージで制作しました。

ーK-POP、K-HIPHOPからの影響は、Sigma-TさんとNerubeatsさんの共通項となっているのでしょうか?

どちらかというと、僕よりNeruさんの方がずっと昔から韓国の音楽に詳しくて。Neruさんに色々教えてもらったりして、よく聴くようになりましたね。

ー大胆なビートスイッチ的展開がユニークですが、どちらから生まれたアイデアなのでしょうか?

以前、展開を急に変えるビートを作ってNeruさんに送ったことがあったんですよ。DJが生で違う曲に切り替えるようなノリで。もしかしたら、Neruさんの中でそのエッセンスも使っていただいたのかなと思います。

ーこの曲もある意味ではクラブなどの現場で得たフィーリングが活きているんですね。

ライブで「LOADING」を歌う時、たまに曲の途中でNujabesのビートを織り交ぜることがあるんですけど、その辺りもNeruさんが汲んでくれたのかなと。ライブから吸収した要素が、最終的にこの曲に行き着きました。

ー「全ての悩める人たちへ」「Fragrance (Cosmos)」の2曲で、Sigma-Tさんの現在のモードがリスナーにも伝わっているのではないかと思います。

ライブで遊園地を作りたい

ー2024年は今後どのような活動を予定していますか?

制作面では、生バンドっぽいサウンドの曲をいっぱい作ってます。生感のあるサウンドがトレンドだと思いますし、昨年末からキーボードとベースを迎えたセットでライブをやってて、今後ももっとライブの幅を広げていきたいので。クラブももちろん好きですけど、野外フェスやアパレルブランドが主催するようなイベントにも出たい。あとは、2年前くらいから海外の方とコラボしてみたいという思いがあるので、今年はそこに本腰を入れて取り組みたいですね。それと、自宅にサポートメンバーを呼んでライブセッションをする動画を撮影したいなと思っています。

ー最後に、『ICHIGOICHIE -SEED-』最優秀賞受賞時のメールインタビューでも語っていた「ライブで遊園地を作りたい」という目標について詳しく教えてください。

やっぱりずっと変わらない目標で。例えば色んなフードの出店があったり、謎解きを楽しむことができたり、移動式遊園地のアトラクションがあったり。あるいは、一昔前でいうVRみたいな、展覧会でしか触れられない最新技術を楽しめたりとか。そういうテーマパークにあるコンテンツのひとつとしてライブがあるみたいなイメージで、セットも凝って作ったりするのが夢ですね。

ーいわば、自分でディズニーランドを作っちゃうという。

そうですね。「あのライブ、人生で一回は行ってみた方がいいよ。曲知らなくても楽しいから」って言われるようなライブをやりたいです。

Text:サイトウマサヒロ(@masasa1to
Edit:sprayer note編集部


Profile:Sigma-T

「ベッドが似合うチルポップ」をコンセプトに東京を中心に活動するラッパー/トラックメイカー。生活の一部を切り取ったようなポップだがどこか寂しい世界観と、メロディが特徴的。  2021年1月には自主制作したミニアルバム「LATESHOW」の全国流通を行う。また、自主企画となる、ミニアルバムのリリースイベント「NIGHT THEATER」では、チケットはSOLDOUTとなる。 翌年2022年11月には恵比寿BATICAで「NIGHT THEATER」を開催。2023年からは、大阪から東京に拠点を移し活動を始める。

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