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【思考】選手の引退に思うこと

またひとり、
自分の好きなチームの選手が引退してしまった。
プロスポーツ選手にとって現役引退はいつかくるものと分かっているが、
もうピッチに立つ姿が見られないのかと思うと寂しくなる。

私はスポーツが好きで、
特にサッカーについては鹿島アントラーズを幼少期からずっと応援しており、
チーム練習を見に茨城まで連れて行ってもらったことが何度もあった。

特に好きなのは、相馬選手と本山選手だ。
相馬選手については、サイドバックとしてピッチを駆け上がる姿が好きで、ゴールと直結するセンタリングが上がった時は気持ちがいいし、
直接的にはゴールに結びつかなくても、その動きが相手を惹きつけてチャンスを生むということを教えてくれた。
サッカーを好きになるキッカケを作ってくれた人である。

本山選手については、練習後もゴミ拾いをして帰るという柔和な人柄なのに、勝負事には泥臭い感じがして好きだ。
「こんなに細いのに大丈夫だろうか」という眼差しで見ていたが、体格のいい相手の間をひょいひょい通り抜けてドリブルしていく姿に惹きつけられた。
シドニー五輪での活躍は今でも忘れられない。

1.選手を引退するということ​

選手を引退するということは、
それまで積み上げてきたキャリアに一区切りつけるということだ。
自分の知っている選手が引退するのを見ると、「自分もそういう年齢になったんだな」としみじみ思う。
そして、今まで積み上げてきたものを見直して再構成すべき年齢なのかなと思う。

自分にも後輩がたくさんできてきて、
若手から中堅と言われるような立場になった。
ただし先輩として何か指導できることがあるかと言ったら、これと言って思い浮かばない、自信はない。

そういう意味で、引退セレモニーで内田選手が言った言葉は「先輩としてできることは何か」を問われているような気がしてドキッとした。

「鹿島アントラーズというチームは数多くのタイトルを獲った裏で、多くの先輩方が選手生命を削りながら、勝つために日々努力をしてきた姿を僕は見てきました。僕はその姿を今の後輩に見せることができない、日々練習していく中で、身体が戻らないことを実感し、このような気持ちを抱えながら鹿島でプレーすることは違うんじゃないかと、サッカー選手として終わったんだなと、考えるようになりました」(by内田篤人選手)

そうだよなと。
自分たち中堅は若手よりも高い給料をもらっていふのだから、背中を見て学んでもらえるような先輩でなければならないんだよなと思った。

2.成長し続けるために

背中を見て学んでもらえるような先輩になるためには、どんな時も学び続けなければならないと私は思う。
サラリーマンに引退はないが、
引退と隣り合わせのスポーツ選手なんかと同じように、常に高いパフォーマンスを見せ続ける気概がないといけないと思う。

今年はこういう状況下だからできないことも多いが、逆にできることも多くなったと感じている。
特に、研修会などに参加できる日が多くなった。
今まで「遠いから」「時間が合わないから」と言って躊躇してきたことができるようになった。
これが今後も続けられたらと思う。

最後に、内田選手がインタビューで言っていた「大きな壁」になれるよう、
私も職場でも日々邁進していきたいし、
晩年になったらこういう風にいい残せるような人になりたいと思う。

「この話を聞いているプロサッカー選手を目指す子どもたち、サッカー小僧の皆さん、鹿嶋は少し田舎ですが、サッカーに集中できる環境、レベルの高さ、そして今在籍している選手が君たちの大きな壁となり、ライバルとなり、偉大な先輩として迎え入れてくれるはずです。」内田篤人選手