見つめる鍋は煮えない
こんにちは。目線を合わせて挨拶したら、彼はうつむいてしまった。シャイボーイ。新しくクラブにやってきた少年。サッカーはすごかった。それは誰が見ても「あ、この子は上手だね」と分かるほどに上手だった。こりゃすごい。期待に胸が膨らんだ。
待望の試合。どんなプレーをするのだろうと注目した。しかしその日は練習で見せるようなプレーは鳴りをひそめた。そしてそれは続いた。練習では素晴らしく、ついついこっちの期待は膨らんでしまい、試合になると目立たなかった。そんなことが何試合か続いた。
ある日の試合、コーチ以外の雑務に追われてドタバタしながら試合を迎えた。なんだ、なんかすごい選手が1人いるぞ。彼の飛び抜けた才能のことをすっかり忘れていた。その日彼は蝶のようにピッチを舞い、見ている人を惹きつけた。
ようやく試合に慣れてきたのかな、と最初は思っていた。だから次の試合に私は同じ過ちをした。その日、彼は羽ばたかなかった。なるほど。コーチの強烈な期待ビームを浴びて、敏感な才能は表に出ることをためらった。そう理解するのが一番自然だった。
観察者効果。見ている時と見ていない時で、実験の結果が違うという量子力学の世界。人間も細かく見れば分子と原子。そういうことなのか。
この手の話は結構多い。もう一人。遊び大好き少年。彼は友達とのおしゃべりに花が咲きすぎて、サッカーに集中できないことがちょこちょこあった。そんな息子を心配したお母さんは、サッカーの練習を毎回見に来るようになった。話しを聞いてみると、お母さんは息子がレギュラーになれなくて、みんなから馬鹿にされたりしないだろうかと、心配しているようだった。
「子どもが楽しくサッカーをやってくれればそれでいい。そうお母さんが思えるようになった時に、レギューラになっているかもしれませんよ」そんな感じのことを伝えた。お母さんはこちらの意図を理解してくれたのか、次の練習から見に来なくなった。あとは、だいたい皆さんのご想像通り。彼は次第にサッカーに集中するようになり、レギュラーになった。そして地域の選抜チームにも選ばれるようになった。
だからお母さん、子供との距離感が大事ですよ。なんてわかった風に話す。すると、「コーチは子供がいないからそんなことが言えるんですよ」と返されたりする。「子供がいないから言ってるんですよ」ってあの時は強気に返したりしてたけど、お母さん、その気持ち今になってよくわかります。今こうしてせっせと紡いだ文章はまるで我が子のように可愛く思え、その結果を毎日ジロジロと見つめずにはいられないわけですから。レビュー数は、スキは、って。結局のところ私も同類なんです。だから本当に子供ができた時、この文章を読め、と誰か私に教えて欲しいのです。
そんなにジロジロ見ないでください、恥ずかしいです。
と才能が言っております。