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イライラな気持ちよ、サヨウナラ!

ふと、私って本当に「本」が好きなのだなぁ、と思った。

本といっても、電子書籍ではなく紙媒体の方。
電子書籍は、収納に場所をとらないという、とてつもなく素晴らしい利点があるが、私にとっては、それが味気ない。

私にとっての本の魅力は、紙の質感、フォント、行間がかもしだす「間」というか「空気」、装丁であり、リアルな質感として「触れる」ことのできない電子書籍は苦手である。そもそも、画面をしばらく見ていると、目や肩、背中なんかが痛くなってきて、それも困る。
そんなわけで、紙媒体の本がたくさん並んでいる本屋さんに行くことは私にとって癒しであり、趣味でもある。

好きなジャンルは、以前はミステリーとかサスペンスが中心だったのだけれど、最近は子供の影響でエッセーや児童書も含めて色々なジャンルを読むようになった。
そもそも、本好きをいっそう意識するきっかけになったのは、子供の塾の国語の問題に、大人が読む小説やエッセーがよく出てきたことだ。小川洋子さんや阿川佐和子さん、石原慎太郎さんなんかの文章がでてきたときには驚いた。ときには、一緒に問題と向き合っていて、その作品世界の切なさや悲しさ、親の深い愛情、なんかに涙したこともあったりした。最近の小学生は、こんなにレベルの高い文章を読んだりするのか、なんてびっくりするのだけれど、そもそも作品世界を味わうために抜粋された文章であり、問題読解のために設問が用意されているのだから、私が思うところとは別のものとしてそれらの問題は存在している。
という感じで、子供の国語の勉強を手伝うようになってから、本に対する愛情がいっそう増していった感じだ。

そうはいっても、ゆっくり本屋さんに行ったり、ゆっくり読書を楽しんだり、という時間は年々少なくなってきている気がする。
日常に追われている。
といえばそうなのだけれど、世の中の多くの人は、最近は大人だけでなく子供でさえ、たくさんの「しなければいけないこと」を抱えている。
自分の子供のころと比べてみても、現代の大人も子供も、とにかく忙しそうだ。世の中全体が、どこかせかせかしていて、少しもゆったりしていない。コロナ禍でもあり、戦争もおきている、という現状を考えると仕方のないことなのかもしれないけれど、この閉塞感と不安感は、これから先、当分は消えないだろうと思う。
とはいえ、嘆いてばかりもいられない。
これから先の不安定な時代に、自分の頭で考え、自分の足で歩いていくために、いまの自分の生活や暮らし方なんかを考えるようになった。

手始めに、私自身のせかせかした生活を見直すことにした。
家事や仕事、子育てなんかの「しなければいけないこと」が多すぎる。
と、つい先日までは思っていた。
でも、ふと、本質は違っていることに気づいた。
もちろん、毎日、しなければいけないことはたくさんあるし、私だけでなく世の多くの人々が、自分たちの目の前の課題をクリアするために一生懸命取り組んでいる。
私もその一人である。
けれど、取り組んでいる、という意識が強すぎて、しなければいけないこと、をクリアするために一日を使い果たし、しかも、分刻みのスケジュールに追われて、必要以上に自分自身を追い立てている、というのが現状であり、私の余裕のない生活の原因であることに思い当った。
つまりは、せかせかの生活、そしてイライラの原因を作っていたのは、自分自身だったのである。

しなければいけないこと、の優先順位をまずはつけて、仮にそれが全部終わらなくても、きっと、どうにも困る事態にはめったにならないと思う。
というか、そういう困った事態になる仕事こそ、真っ先に終わらしてしまう。それ以外は、多少、クリアできなくても、まあよしとしよう、という気持ちで、自分自身を追い立てないように注意していこう。

なんて感じで、今日、noteをはじめてみた。

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